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異世界偉人伝 〜伝説の救世主、その正体は定時で帰りたいだけの三十代社畜でした〜  作者: ぱっちー
第2章:魔王城攻略? 違う、ただの「本社への立ち入り監査」だ。
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第10話【決戦】対話を諦めた絶対悪! 降臨した大魔王の正体は「究極のサイコパス・ブラック社長」だった!!

歴史学の大教室。


いよいよ前期のカリキュラム最大の山場である「魔王討伐」の授業ということもあり、教壇に立つ熱血教師のボルテージは、教室の窓ガラスを震わせるほどの最高潮に達していた。


「さぁ、皆さん! 四天王という巨大な壁を乗り越え、ついにカイト様一行は魔王城の最深部……暗黒の瘴気が渦巻く『玉座の間』へとその足を踏み入れます! そこで待ち受けていたのは、この世界すべてを黒く染め上げようとした絶対悪……大魔王ゼノスです!」


 先生が黒板に『大魔王ゼノス』と、血のように赤いチョークで力強く書き殴った。


「教科書の最終ページを開いてください! そこに描かれているのが、すべての元凶にして、魔族すらも恐怖で支配した闇の帝王の姿です!」


 俺を含め、教室中の生徒たちが一斉に教科書のページをめくる。


 そこには、漆黒の玉座にふんぞり返る、豪奢なマントを羽織った魔王の姿があった。彼の周囲には底知れぬ暗黒のオーラが漂い、足元には力尽きた無数の魔族たちが、まるで魂を吸い取られたかのように干からびて倒れている。


「記録によれば、大魔王ゼノスは自らの強大な魔力と永遠の命を維持するため、配下である魔族たちの『生命力ソウル』を日常的に啜っていたと言われています! 逆らう者は一瞬にして灰にされ、従う者もまた、死ぬまで魔力を搾取され続ける……。まさに、血も涙もない究極の暴君でした!」


 教室中から「ひどすぎる」「味方すら餌にするなんて……」と、魔王の残虐性に戦慄する声が漏れ聞こえてくる。


 ――しかし。


 俺だけは、最後列の席で一人、別の意味で顔面を蒼白にしていた。


(……味方から生命力を日常的に搾取して、逆らう者は即座に消される。これ、ファンタジーの魔王の皮を被ってるけど、実態は完全に『従業員を使い潰して私腹を肥やす、サイコパスのワンマンブラック社長』だろ……!)


 俺は周囲の感動的な空気を無視し、机の下で分厚い教科書の陰に隠すようにして、例の『真っ黒な手記』のページを震える手でめくった。


 魔王城という名の巨大なブラック企業に対する、カイトのおじさんの無慈悲な「業務改善コンサルティング」の記録。その最終ページに記されていた大魔王の実態は、現代社会において最も関わってはいけない「純度100%の邪悪」だった。



『〇月〇日。魔王城の最上階、社長室(玉座の間)にて、ゼノス代表取締役社長(以下、魔王)と対峙した。


 広大な社長室の床には、過労とストレスで倒れた末端の社員ゴブリンやオークたちが何人も転がっていたが、魔王は彼らを跨ぎ越えながら、最高級のワインを片手に高笑いしていた。


 彼は、自社の利益率が異常に高い理由を自慢げに語り始めた。その手法とは「基本給を最低賃金以下に設定し、残業代は一切払わず、何かと理由をつけてペナルティ(減給)を科し、浮いた人件費をすべて自分の役員報酬と経費(遊び代)に回す」という、古典的かつ最も悪質な労働基準法違反のフルコースだった』


生命力ソウルを啜るって、ただの『違法なサービス残業の強要と給与のピンハネ』じゃねぇか!!!!)


 俺は声を出さずに天を仰いだ。


 干からびて倒れていた魔族たちは、魔力を吸い取られたのではない。


月400時間労働とパワハラによって完全に鬱になり、文字通り「すり減って」倒れていたのだ。


『さらに彼は、僕らが部屋に入ってきたのを見るなり、倒れている社員たちを足で蹴り飛ばしながらこう言い放った。


「見ろよこの無能どもを。俺様がわざわざ『働かせてやってる』っていうのに、たかだか三日徹夜したくらいで倒れやがって。替えの歯車(代わりの人材)なんて魔界にいくらでもいるんだ。使えなくなったら捨てる、それが経営の基本だろう?」』


(出たああああ! ブラック企業経営者のテンプレ台詞「代わりはいくらでもいる」「働かせてやってる」だあああ!!)


 俺は重厚なオーク材の机を、胃を押さえながらバンバンと叩きたくなる衝動を必死に抑え込んだ。


 これまでの四天王(アグニ、シヴァ、シルフィード、ガイア)も、それぞれに会社組織特有の問題を抱えていたが、彼ら自身もまた「この狂った環境(会社)」の被害者や、システムが生み出した歪みの一部であった。


 だが、このゼノス社長だけは違う。彼がこの地獄の労働環境を「意図的」に作り出し、社員の人生を貪り食っているすべての元凶トップなのだ。


「さぁ、皆さん!」


 現実の教室で、先生がビシッと黒板の魔王を指差した。


「これまで、いかなる強敵に対しても『対話』と『大いなる慈悲』をもって接してきたカイト様でしたが、この絶対悪を前にして、初めてその歩みを止めました!


 魔王ゼノスは、カイト様に向けて『精神を破壊する呪いの言葉マインド・ブレイク』を放ちました! それは、聞いた者の自尊心を完全に打ち砕き、『自分は価値のないゴミだ』と思い込ませて永遠の奴隷へと堕とす、恐るべき洗脳魔法です!」


(精神を破壊する呪いの言葉!? ブラック社長の洗脳魔法って、絶対アレだろ……!)


 俺は冷や汗で滑る指で、急いで手記の次のページをめくった。


そこには、魔王が放った恐るべき「洗脳魔法」の正体が、生々しいまでの現代語で記録されていた。


『魔王ゼノスは、倒れた社員たちや僕に向かって、狂気に満ちた目で暴言を吐き捨てた。


「お前らみたいな無能、うちの会社じゃなかったらどこも雇ってくれねぇよ! 社会の底辺の自覚を持て! 俺がお前らに『働く場所(生きる意味)』を与えてやってるんだ! 感謝の気持ちが足りねぇんだよ! 死ぬ気で俺の期待に応えろ!!」


 ……典型的な、恐怖と自己否定を植え付けることで社員を依存させる『ガスライティング(心理的虐待)』である』


(洗脳魔法の正体、ただの『モラハラとパワハラの合わせガスライティング』じゃねぇか!!!!)


 俺は完全に顔を覆った。


 「お前は他では通用しない」と思い込ませて転職の気力を奪い、安い給料で死ぬまで飼い殺す。


ブラック企業が新入社員を洗脳する常套手段である。これをファンタジー世界で「精神を破壊する呪い」として伝承に残した歴史家は、ある意味で非常に正しい表現をしたと言える。


「しかし! カイト様の強靭な魂は、その呪いの言葉を完全に跳ね除けました!」


 教壇の上で、先生が天を仰ぎ、感動に震える声で叫んだ。


「カイト様は悟ったのです! この魔王には、対話は通じない。慈悲を与える価値もない。世界を救うためには、この絶対悪を『物理的』に完全に消し去るしかないのだと!


 そしてカイト様は、これまで一度も鞘から抜くことのなかった、神々より授かりし伝説の武器……『光の聖剣エクスカリバー』を、ついにその手にしたのです!!」


(……ちょっと待って。対話を諦めたコンサルタントが抜いた「伝説の武器」? 業務改善でどうにもならないサイコパス社長を、物理的(法的に)に消し去るための究極の手段って、まさか……!!)


 俺の心臓が、嫌な予感で早鐘のように打ち始めた。


 これまでは「DX化」や「オンライン会議」「就業規則の徹底」といった平和的(?)なビジネスツールで敵を退けてきたカイトのおじさん。


しかし、相手が法律をガン無視するサイコパス社長となれば、コンサルティングなど無意味だ。


 ならば、彼が抜いた「光の聖剣」とは一体何なのか。


「皆様、想像してみてください!」


 現実の教室で、先生が両手を天高く掲げ、まるで神話のクライマックスを語り継ぐ吟遊詩人のように、劇的なトーンで語り始めた。


「絶望の闇に覆われた玉座の間。しかし、カイト様が腰の鞘から『光の聖剣エクスカリバー』を引き抜いた瞬間、その刀身から放たれたまばゆい神の光が、空間を満たしていた暗黒の瘴気を一瞬にして吹き飛ばしたのです! その光はあまりにも強烈で、闇に生きる大魔王ゼノスは思わず目を焼き切られそうになり、玉座から転げ落ちて悲鳴を上げたと伝えられています!」


(聖剣の放つ強烈な光!? 暗黒の瘴気を吹き飛ばす神の輝きって、まさか……!)


 俺は心の中のツッコミを置き去りにして、手記の記述に食らいついた。


 カイトのおじさんが、法律が一切通じないサイコパス社長に対して抜いた「究極の物理的手段」。


その正体は、全ブラック企業経営者がこの世で最も恐れる「国家権力という名の絶対の刃」だった。


『僕は、傍に置いていたチタン製のアタッシュケースのロックを解除し、中から分厚い書類の束を引き抜いて、ゼノス社長の目の前に叩きつけた。


「……東京地方裁判所より発付された『強制捜査令状(ガサ入れの切符)』、ならびに国税庁への『脱税および業務上横領の告発状』だ」


 僕がそう宣言した瞬間、社長室の扉を蹴り破って、後ろに控えていた労働基準監督署の特別司法警察職員たちと、マルサ(国税局査察部)の捜査員たちが一斉になだれ込んできた。彼らは「動くな! 証拠隠滅を禁ずる!」と叫びながら、社長室の書類や金庫に向かって次々と証拠保全のフラッシュを焚いた』


(神の光の正体、捜査員たちのカメラのフラッシュだああああああ!! 暗黒の瘴気(隠蔽工作)が、国家権力の強制捜査(ガサ入れ)によって完全に吹き飛ばされてる!!)


 俺は声なき悲鳴を上げながら、机の下でガクガクと震えていた。


 歴史に残る英雄の「聖剣」。


その実態は、裁判所が発行した『令状』という名の、いかなる企業防壁をも物理的に切り裂く紙の束だった。


対話を諦めたというのは、つまり「行政指導のフェーズは終わった。ここからは刑事事件として立件する」という冷酷な意思表示に他ならない。


『ゼノス社長は、突然なだれ込んできた捜査員たちのフラッシュの光に目を眩ませながら、「な、なんだお前ら!? 誰の許可を得て俺の城に踏み込んでいる!!」と玉座から転げ落ちて悲鳴を上げた。


 僕は彼を見下ろし、冷徹に事実を告げた。


「許可なら、あなたの部下たちからたっぷりと貰っているよ。氷将シヴァ部長からは『社長の裏帳簿データ』を。狂風の将シルフィードからは『違法な接待の領収書』を。そして、昨日クビになったばかりの大地の将ガイア元専務からは、あなたがタックスヘイブン(租税回避地)に隠し持っている『ペーパーカンパニーの口座情報』をね」』


(四天王たち、全員が内部告発者(司法取引)に寝返ってたあああああ!!)


 俺は重厚なオーク材の机に額を擦り付けた。


 カイトのおじさんは、これまでの階層で四天王を「浄化」してきたのではない。


彼らをブラック企業の共犯者から「重要参考人」へとジョブチェンジさせ、社長の首を取るための完璧なエビデンス(証拠)を集めさせていたのだ。


ガイア専務に至っては、クビにされた腹いせで社長の隠し口座をルンルン気分で売り飛ばしている。なんという見事な寝返りコンボだ。


「さぁ! 聖剣の光によって自らの罪を暴き立てられた魔王ゼノスですが、彼もただ黙ってやられるような男ではありません!」


 教壇の上で、先生が黒板を激しく叩く。チョークの粉が、教室の空気に白く舞った。


「魔王は即座に『三枚の絶対魔力障壁』を展開しました! これは、いかなる神の力であっても物理的に干渉することができない、絶対不可侵のバリアです! そして魔王はその障壁の内側で、世界を滅ぼすための『破滅の呪文』の詠唱を急いだのです!」


(絶対不可侵のバリア!? 強制捜査に入られた社長が張るバリアって、まさか……!)


『ゼノス社長は青ざめた顔で立ち上がると、「ふざけるな! 俺個人の資産と、会社の資産は別だ! 法人という『壁』がある以上、お前らごときが俺の個人口座には絶対に手出しできねぇんだよ!」と喚き散らした。さらに彼は、机の上のシュレッダーに重要書類を突っ込もうとしながら、「今すぐ顧問弁護士を呼べ! 奴らを不法侵入で訴えてやる!」と叫んだ』


(バリアの正体、ただの『法人格という法的な壁』と『顧問弁護士の盾』じゃねぇか!!!!)


 有限責任という資本主義のルールの壁に守られながら、必死に証拠隠滅シュレッダーを図るサイコパス社長。これを「世界を滅ぼす破滅の呪文」と表現した歴史の伝承は、あまりにも的確すぎた。


「しかし皆様! カイト様の持つ聖剣は、ただの剣ではありません! その真の力は、『概念すらも切り裂く』ことにあったのです!」 


 先生の熱弁は、いよいよ魔王との決戦の中盤戦へと差し掛かろうとしていた。


「カイト様は聖剣を大きく振りかぶり、『裁きの三連撃オムニスラッシュ』を放ちました! 第一の撃が障壁をヒビ割れさせ、第二の撃が障壁を粉砕し、そして第三の撃が……魔王の魔力の源である『漆黒の宝物庫』を完全に消滅させたのです!」 


(概念を切り裂く三連撃!? 法人格の壁をぶち抜くためのコンサルの攻撃って、絶対にアレしかないだろ……!!)


 俺は顔面を痙攣させながら、急いで手記の次のページをめくった。


 カイトのおじさんが放った「裁きの三連撃」の正体。それは、悪質な経営者が最後にすがる「法人格」という絶対の盾を、法的に完全に無効化する恐るべき一撃だった。


『シュレッダーを回し続けるゼノス社長に対し、僕は聖剣(令状の束)の中から一枚の書類を突きつけた。


「第一の撃だ。あなたの悪質な私物化とペーパーカンパニーの濫用により、裁判所は『法人格否認の法理』を適用した。つまり、会社とあなた個人の財産を同一とみなし、そのバリアは法的に無効化された」


「な、なんだと!?」


「第二の撃。あなたの顧問弁護士だが、先ほど弁護士会に『懲戒請求』を出してきた。彼も裏帳簿の作成に加担していた証拠がシヴァ部長から上がっているからね。今頃、彼の事務所にも特捜部がガサ入れに入っているはずだ」』


(バリア(法人格)も盾(弁護士)も、一瞬にしてへし折られたあああああ!!)


『そして第三の撃。僕は国税局の査察官に向かって頷いた。

「マルサの皆さん、どうぞ」

 査察官たちは無慈悲な声で宣告した。

「ゼノス社長、国税通則法に基づき、あなたの国内外の全銀行口座、不動産、および魔石ファンドの資産を、この瞬間をもってすべて『凍結(差し押さえ)』しました」


 ゼノス社長の魔力の源――すなわち彼が貯め込んでいた莫大な不正蓄財(宝物庫)は、国家権力によって完全にロックされ、電子の海へと消滅したのである』


(オムニスラッシュの正体、『法人格否認』『弁護士の懲戒』『全資産の差し押さえ』の超絶リーガル・コンボじゃねぇか!!!!)


 俺はもう、声を出さずに机に突っ伏した。


 なんという容赦のない波状攻撃。


魔力を吸い取り、部下を使い潰してきた大魔王の力は、カイトのおじさんが振り下ろした「法律と権力」という圧倒的な暴力の前に、文字通り塵と化してしまったのだ。


「すべての障壁を破壊され、力の源である宝物庫すらも失った大魔王ゼノス! しかし、絶対悪である彼は、いまだ降伏の意志を見せません!」


 先生が黒板の端から端まで歩きながら、クライマックスへの緊張感を煽るように声を低くした。


「追い詰められた大魔王は、自らの肉体を器とし、禁断の秘術『魔神化』を果たしたのです! その身体はドス黒く膨れ上がり、理性を失った巨大な化け物へと姿を変えました! さぁ、すべてを失い、ただ破壊だけを求める暴走状態となった魔王に対し、カイト様はどのようにして止めを刺すのか!」


 俺の胃袋は、資産を凍結されてヤケクソになったブラック社長が、最後に引き起こす「暴走状態(魔神化)」の正体を想像し、すでに破裂寸前の悲鳴を上げていた。


「皆様、ご注目ください!」


 現実の教室で、先生が両腕を大きく広げ、まるで世界の終わりと始まりを告げる預言者のような声音で語り始めた。


「すべてを失い、理性を手放した大魔王ゼノスは、その身に余る巨大な闇の魔力を暴走させ、『魔神』へと姿を変えました! その身体はドス黒く膨れ上がり、眼球は血のように赤く染まり、口からは呪詛の咆哮を撒き散らしながら、玉座の間のすべてを破壊し始めたのです! それはまさに、知性を失った純粋な破壊衝動の塊でした!」


(魔神化!? 資産を凍結された社長が理性を失って巨大化するって、一体どういう状況だ……!?)


 俺は冷や汗を流しながら、手記の最終ページを食い入るように見つめた。


 すべてを失ったブラック社長の「魔神化」。その正体は、現代社会において最も見苦しく、かつ最も警察沙汰になりやすい「あるあるな末路」だった。


『全資産を凍結されたと知った瞬間、ゼノス社長の顔面はドス黒い赤紫色に染まり、首の血管がブチ切れるほどの悲鳴を上げた。


「ふざけるな! ふざけるなぁぁぁっ!! 俺の、俺の会社だぞ!! 俺の金だぞ!! 貴様らなんかに渡してたまるかぁぁぁ!!」


 彼は完全に理性を失い、社長室の隅に置いてあった純金製のゴルフクラブ(※経費で購入)を引っ掴むと、猛烈な勢いでオフィスの中央にあるメインサーバー群に向かって、狂ったようにクラブを振り下ろし始めたのだ』


(魔神化の正体、ただの『ブチギレたおっさんの物理的な証拠隠滅(サーバー破壊)』じゃねぇか!!!!)


 俺は心の中で絶叫した。


 ドス黒く膨れ上がったのは「顔面の血圧」であり、赤く染まった眼球は「ガチギレした充血」。


呪詛の咆哮とは「ヤケクソの叫び声」である。


 法的に完全に詰んだ経営者が、最後に物理的な暴力に訴えてハードディスクを破壊しようとする。知性を失った破壊衝動の塊という歴史の記述は、一ミリの狂いもなく「ゴルフクラブで暴れるおっさん」の姿を正確に表していた。


「さぁ! 暴れ狂う魔神に対し、カイト様はついに最後の決断を下します!」


 教壇の上で、先生が黒板の「大魔王ゼノス」の文字を、力強くチョークでバツ印に打ち消した。


「カイト様は、天高く聖剣を掲げ、神の裁きである『絶対封印のアブソリュート・ジェイル』を詠唱しました! 天から降り注いだ無数の光の鎖が、魔神の四肢を縛り上げ、冷たい牢獄の底へと永遠に封じ込めたのです! ここに、長きにわたる人間と魔族の戦いは、完全なる終結を迎えました!」


(絶対封印の鎖!? ゴルフクラブで暴れる社長を封印する光の鎖って、まさか……!!)


『ガシャン、と。社長室に冷たい金属音が響き渡った。

「あだっ!? 痛ぇ! 何しやがる離せ!!」


 サーバーを叩き壊そうとしたゼノス社長は、背後に回っていた屈強な特別司法警察職員によって、一瞬にして床にマウントポジションで押さえ込まれていた。


そして彼の手首には、銀色に光る『手錠』がガチャリと冷たく嵌められた。


「ゼノス社長。証拠隠滅、公務執行妨害、ならびに労働基準法違反の疑いで……『現行犯逮捕』だ」』


(絶対封印の鎖の正体、警察の『手錠(銀色の腕輪)』だあああああ!!!! 永遠の牢獄って、ただの『拘置所(ブタ箱)』じゃねぇか!!!!)


 俺は机に突っ伏し、声の出ない笑いと絶望の狭間で全身を震わせた。


 神の裁き。


それは、暴走する経営者を一瞬にして無力化する「国家権力による現行犯逮捕」という名の、最も確実で物理的な封印魔法だった。


 どれほどの権力を持とうが、どれほど社員を恐怖で支配しようが、一線を越えたブラック社長の末路は、パトカーの後部座席である。 


「大魔王が封印された瞬間、魔王城を覆っていた暗黒の雲が晴れ渡りました!」


 先生の言葉に合わせて、教室中から割れんばかりの拍手が巻き起こる。


「城に囚われていた魔族たちは、呪縛から解放された喜びに涙を流し、カイト様を『真の解放者』として称えました! そして魔王城は、カイト様の手によって再建され、魔族と人間が共に笑い合える『光の城』へと生まれ変わったのです! なんという大団円! これぞ、歴史に輝く英雄カイト様の最大の功績です!」


(光の城に生まれ変わったって、それ絶対に『破産手続き後のM&A(企業買収)』だろ……) 


 俺は薄れゆく意識の中で、手記の最後の一文に目を落とした。


『その後、ゼノス前社長が逮捕された魔王軍(株式会社魔王)は、僕のコンサルティング法人がスポンサーとなって全株式を1ゴールドで買収(M&A)した。


 未払い残業代はすべて新会社から精算し、完全週休二日制、フレックスタイム制、およびリモートワークを導入した『超ホワイト企業』として組織を再編。


 かつて死んだ魚のような目をしていた魔族たちは、今では「カイト社長、一生ついていきます!」と満面の笑みで働き、会社の業績はV字回復を果たしている。めでたし、めでたしだ』


(カイトのおじさんが、新社長(新しい魔王)として君臨して終わってるじゃねぇか!!!!)


 歴史に残る英雄の「魔王討伐」。


 その真の結末は、コンプライアンス違反で自滅したブラック企業をタダ同然で買い叩き、ホワイト企業に作り変えて自らの傘下に収めるという、コンサルタントとして最もエグい「究極の企業買収劇(乗っ取り)」だったのだ。


 キーンコーンカーンコーン、と。


 本日の授業の終わりを告げる鐘の音が、大教室に鳴り響いた。


「さぁ、魔王城攻略に関する講義はここまでです! 魔王を打ち倒し、世界に平和をもたらしたカイト様。しかし! 歴史が示す通り、英雄の戦いはこれでは終わりません!」


 先生が、教壇の上の資料をバサッとまとめながら、生徒たちに向かって熱く呼びかける。


「次回の授業からは、新たな歴史のページを開きます! 魔王という外敵が消滅した後、カイト様の前に立ちはだかったのは、なんと人々を導くはずの『神聖教会』と、絶対神である『女神』そのものでした!


 なぜ英雄は、自らが信仰すべき神にすら刃を向けたのか!? 次回の授業も、絶対に見逃さないように!」


 教室中が「ええっ!? 教会と戦うの!?」「展開熱すぎるだろ!」と大いに湧き上がる中、俺はそっと真っ黒な手記を閉じた。


 ……魔王という「民間企業のブラック社長」を片付けたカイトのおじさんが、次にメスを入れる相手。


それは「神聖教会」という名の巨大な宗教法人。


 税金も払わず、信者からのお布施(寄付金)で私腹を肥やす、アンタッチャブルな巨大組織。


(……次回、間違いなく『宗教法人の非課税特権』と『悪質なマネーロンダリング』に、マルサのメスを入れる話じゃねぇか……!)


 ファンタジー世界における最強のブラック企業(魔王軍)は、現代ビジネスの叡智によって見事に論破され、消滅した。 


 しかし、異世界の「社会の闇」は、まだまだ底知れない。


 俺は胃薬のボトルの残量を確認しながら、次なる「聖なる脱税調査」の始まりに備え、深く、深くため息をついた。

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