#12
普段なら恥ずかしくて言えないことも、英語だとさらっと言えるから不思議だ。もしかしたら彼もそれを分かっていたのかもしれない。
「それ、誰の言葉でしたっけ」
影山は首を傾げる。
「Anonymous(作者不明)」
「そうか……」
彼は腑に落ちた様子で頷き、突然先程の言葉をメモに書き出した。
「こうしないと忘れそうです。なんせ毎日、大事なことも端から消えていくので」
部屋のボールペンを使い、とても丁寧な字で綴っていく。こういうマメなところも彼の魅力なのだと、今さら気付いた。影山は書いたメモを切り取り、自分の胸ポケットに入れる。
「これを品場さんだと思って頑張ります」
「あ、あぁ……」
気持ちは嬉しいけど、不安だ。シャツに入れたことすら忘れて一緒に洗濯しそう……。
まぁ、その時はもう一度教えればいいか。
二人でコーヒーを啜る。その間にも陽射しが強まり、部屋が鮮やかになっていった。
「こんなに調子の良い……いや、気持ちの良い朝は数年ぶりです。昨日の朝まではあんなに最悪だったのに」
窓際に寄りかかったまま、影山はガラスをノックした。
「一日欠勤しただけでこんなに気分が良くなるなら、やっぱりもっと早くに身を引くべきだったんですよね。失敗を恐れないで……と言うのはその通りだと思うんですけど、……失敗しちゃったなぁ……」
手を握ったり開いたり、彼は可笑しそうに笑う。
確かに、一昨日よりもずっと顔色が良い。隔離された世界から連れ出すだけで変わるなんて思わなかった。自分に勇気と覚悟があれば、もっと早くに救えたかもしれないのに。
……そんな後悔を見越していたのか、影山はゆっくりこちらへ歩いてきた。
「品場さん。全部俺が招いて、それで跳ね返ってきたことですから、この後自分を責めたりしないでくださいね」
「……ああ。分かった」
「じゃあ、約束しましょう。俺もさっきの言葉を胸に刻みますから。……また逢う日まで」
影山は小指を差し出した。懐かしい契りに思わず笑いが零れる。品場も小指を差し出し、頷いた。
約束しよう。
いつかまた、彼と同じ朝を迎えられるまで。
チェックアウトの時間が迫っている。しかし品場はフロントで宿泊の延長を申し込んでいた。スタッフに御礼を伝えてから、ロビーに居る影山の元へ向かう。
「部屋が空いてるからもう一泊して良いってさ」
「良かった。じゃあ品場さんはゆっくりしてください」




