#15
「……」
影山は深呼吸した。
記憶を辿る。
あの夜の過ち……は……。
『雲井さん。できればそれ、部屋でしてね』
精神病院から転居してきた雲井という男は、特に性欲が強く、施設の外でも中でも問題行動が目立った。入所初日から共用トイレで自慰をしてるところを目撃した。自分や男性職員はともかく、女性の職員や入所者になにかされたら厄介だな、と苦々しく思った。
だが少しして、彼が異性ではなく同性相手に性的興奮を覚える人間だと気付いた。
政府お抱えの対策室で勤務していた頃は、こんな重度の患者を相手にしたことはなかった。自立を目指し、働くか働かざるか悩む者ばかり扱っていた。
けれど施設に送られてくる者で、そんな軽いステージの患者はいない。自分の身だしなみを整えることはおろか、外へ抜け出せば警察の世話になる者ばかり。恐ろしいスピードで精神状態が悪化していった。
だがもう自分が行ける場所は限られている。メンタルケアを徹底しながら、施設勤務を続けた。
そして雲井の暴走は目を瞑ることができないレベルに達していた。
何とかしないといけない。皆の為に、彼自身の為に。
医療機関と相談し、彼のストレスや心理状態を把握し、打開策を探した。
人の命は尊く、楽しく生きる権利がある。自分の仕事は彼らをサポートすること。
決して自己満足な治療法やプランを実施してはいけない。それを頭に叩き込み、誠意を持って職務を全うする。
それが一番重要だ。でも実際は、どんなにやっても一ヶ月や二ヶ月じゃ何も変わらない。むしろ悪化することの方が圧倒的に多い。
継続こそが大事……とか、それは重々承知してる。
雲井の性欲を抑える為にできることは全部やった。昔と同じように、自分の身体だって差し出そう。俺ならできる。というか俺にしかできない。大丈夫、大丈夫……。
俺と気持ちいいことをしましょう。
そう言うと、彼は嬉しそうに襲いかかってきた。飢えた犬に肉を与えてやったような気分で天井を見上げた。
身体を重ねる度に雲井は大人しくなった。ある種、これが最大の安定剤だ。したい奴は犬みたいに腰を振らせておけばいい。自分はただ下に寝転がって動きに合わせてれば万事解決だ。
厄介な患者はこのやり方で押さえ込んでいこう。
だってすごく気持ちいい。気持ち悪い。いやだ、もっと。
暗いトイレで泣き叫んだ時、誰かの影が見えた。
あ。と思った時には、雲井の頭に木棒がめり込んでいた。




