第06話 貴族ご令嬢と筋肉に関する考察について
冒険者ギルドを出てゾフィーお姉ちゃんと話しながら歩いていたら、彼女が途中で用事を思い出したと言うのでそこで別れた。
そして大通りの交差点を曲がって暫く進んで行くと、通りの遥か向こうにお世話になってる辺境伯爵様の王都屋敷が見えてきた。
こっちの異世界のタツヤくん(2P)には見慣れた光景だと思うが、現代世界からやって来たオレにとっては初めて見る街並みに興味が尽きない。
それと辺境伯爵様の王都でのお屋敷は白亜の石造建築3階建てで大きく感じるけど、この辺りにある他の貴族屋敷も大体同じくらいの規模の建物が並んでいるので王都の風景に馴染んでいた。
「やっと帰ってきたわね!」
お屋敷の門の前には守衛のおっちゃんの他にも、何故かアリーシャお嬢様が両腕を組んで立っていたんだけど、彼女の右足のヒールがカツカツと耳障りなラップ音を石畳に響かせているのは、決して音楽のビートを刻んでいるのではないことくらいは陰キャオレでも判る。
「た、ただいま戻りました」
「遅いっ!」
「す、すみません」
オレは何も悪くないのに、オレの中にインストールされたタツヤくん(2P)の記憶にオレの人格が引っ張られてしまい、謝るつもりなんて無かったのに何故か自分の口から勝手に謝罪の言葉が出てきてしまう。
おかしい。これはおかしい。元の世界からやって来たオレは、こんなに気弱な性格じゃなかったはずだ。
でも今さら語尾を強く言い直しても、気弱なヘタレが虚勢を張ってるみたいに見られたら、そっちの方が情けない感じがするからもうこのままでいいや。
「タツヤ、お腹は空いてない? 貴方が帰って来るからロゼッタが朝食を準備してくれているから、ちゃんと食べておきなさい。いいわね?」
「はい、ありがとうございます」
今日の門番のおっちゃんは確かジムさんだっけ? 彼からも『お帰り』と優しい言葉を掛けてくれた事から、タツヤ(2P)が衛士の人たちからも仲良くして貰っていたのが判る。
お屋敷の玄関を入って正面の廊下を真っ直ぐ進めば突き当りの右側に少し大きな扉があり、その中は長テーブルといくつもの椅子が並んだ食房になっていて、屋敷の使用人たちは皆ここで食事を取る事になっていた。
ここには配膳の用意をしてくれたロゼッタさんや料理人のチェーンさんたちが居たので「ただいま」の挨拶をしてから「いただきます」と言って朝食を食べようとしたら、みんなから「『いただきます』って何のこと?」と聞かれたので適当に誤魔化しておいた。
出された朝食を黙って食べていると、周りのみんなが『決闘で殺されかけたせいでオレの性格が変わってしまった』みたいな感じでヒソヒソと話し合っていたけど、話の大枠は合っていたので敢えて口を挟むような事はしなかった。
こっちの異世界に居たタツヤ(2P)は自己主張など余りしない性格だったみたいだからな。
食事が終わると、今度はアリーシャお嬢様のお部屋へ呼び出された。まぁ、オレが帰って来るのを門でずっと待ってたくらいだから、何かお話があるとは思っていたんだよね。
それとこっちの異世界のタツヤ(2P)は子供の頃から彼女の家来みたいな感じだったから、今のオレもその『設定』を継続した方が何かと面倒が少ないと格ゲー厨の本能がそう言ってる。
アリーシャお嬢様のお部屋は屋敷の3階にある南向きの部屋で、少し広めのテラスには十分な日当たりが確保できており、天気が良い日にはここでお茶会なんかも催されるから、そんな時は執事の恰好をさせられて、お嬢様のお友達である他家のご令嬢たちを持て成す事も多かった。
ノックを3回すると室内から返事があり、扉を明けて中へ入る。
室内には窓側にあるテーブルセットの椅子に座り、朝からのんk──優雅にお茶を飲まれているお嬢様と、その直ぐ側にはお気に入りの侍女であるロゼッタさんが給仕を務めていた。
「タツヤ、待ってたわ。昨日の決闘の事で話があるからこっちへ来て」
オレはお嬢様の言う通り彼女の向かい側の席へ座ると、侍女のロゼッタさんがオレの紅茶を準備するためお辞儀をしてから部屋を出て行くのを見送った。
貴族家の未婚のご令嬢が傭兵の息子と二人きりで密室に籠もるなんて、他家ではありえない状況だと異世界人のオレでも判る事だけど、こっちの世界のタツヤ(2P)とは幼なじみだった事もあり、15歳になった今でも以前と同じように接してくれている。
オレが子供の頃なんて、早くからゲームと出会ってしまった環境のせい……いや、おかげかな? そのおかげで専ら2D女子との交友イベントは増えて行ったが、世に言うところの3D女子たちと触れ合うような機会は……ちょっと記憶に無いな。
こっちの世界のタツヤ(2P)に対して『リア充爆発しる!』なんて思わなくは無いが、もう既に彼は故人(でいいのか?)であり、オレの精神の暗黒面に今も存在する憤懣を彼に向けるべきではないだろう。
そしてお嬢様の話では────。
王都にある王立学園は、貴族の子息令嬢に必要な礼儀と教養それ以外に騎士として必要な戦闘技術や技能を研鑽させるべく設立された王立学校だが、国内から様々な身分を持つ優秀な生徒を集めて教育が施されている。
そう言えば聞こえは良いが、貴族以外の身分から学園へ通うためには相応の寄付金の他に高額な授業料も必要で、悪い言い方をすれば豪商どもから毟り取った金で貧乏貴族の子供たちを養ってると陰で囁かれていたりする。
そんな運営方針なので『学園内で身分は関係無い』と公言されてはいるが、それが元でトラブルが絶えなかったのか、そうと明言される事はないが学部やクラスによって貴族の家格や財務状況、それ以外にも国内での発言力や派閥の影響なども考慮した細かいクラス編成がなされている。
この編成作業に関わった教師たちは特に胃などの消化器官に過度のストレスを抱え込んでしまうらしく、毎年のように休職者が出ているのが現状らしい。
そして生前のタツヤ(2P)はアリーシャお嬢様と一緒に王都の公立学園へ通ってはいたのだが、傭兵の息子で相続権のない伯爵様の養子であるオレは、貴族クラスとしては最底辺の男爵や騎士爵家の子息令嬢たちと同じクラスで、お嬢様は伯爵や子爵等の家格を持つ子息令嬢が集う中位貴族のクラスに所属していた。
しかし、本来であれば王族や公爵と侯爵などの上位クラスに居るはずだったフォルティス公爵家の『クズ男』ことリアンだが、入学してからこれまでずっと取り巻きたちを使って問題を起こして来た事が原因で、上位貴族クラスから中位貴族クラスへ落とされた過去を持っていた。
学園教師のヤツらめ……お前らのせいでお嬢様は言いがかりを付けられるし、オレも殺されかけた。それと実際に2Pのタツヤは亡くなってる。なので先日の決闘から、オレとクズリオン及び奴の実家であるフォルティス公爵家は仇敵の間柄となった。
そもそもお嬢様へ決闘を申し込んで来た理由が、リオンの妹の……誰だっけ? ま、誰でもいいから話を先に進めると、その妹がお嬢様からイジメられたのが理由だと声高に叫んでいた記憶があるんだけど、クズ兄はともかくアイツの妹は上位貴族のクラスにまだ居るから、冷静になって考えればアリーシャお嬢様との接点なんて微塵も無いと皆も気づくべきだろう。
でもそれくらいなら、いくら脳みそまで筋肉で出来てるようなお嬢様でも反論出来る程度の事なのに、なんで決闘を受けて立つ事になってしまったのだろうか?
もしかしてお嬢様はこれまで散々嫌がらせをされてきたのが原因で、これまでの恨みを晴らしてやろうと常々考えており、敢えて決闘を受けて1対1でボコボコにしてやるか、アワヨクバそこで亡き者にするつもりだったのでは?
……との憶測が立つが、そもそも論として女子生徒は代理人を立てると学園規則に書いてあるから、それを知らないはずは無いのだが、もしかしてカっときて頭に血が上ってしまい、思考より先に手が出そうになっていたと考えれば諸々の答えが合う。
ヤバイ。これはヤバイぞ。はっきり言ってこれは事案だ。いや事件か? 何がヤバイって、この国の歴としたお貴族様である辺境伯爵家ご令嬢の精神レベルが、元居た世界のヤーさんレベルだった件だ。
これはアリーシャお嬢様だけでなく、この国の貴族家のご令嬢全てに当てはまる常識なのだろうか? オレは必死にタツヤ(2P)の記憶をスキャンするが、性善説が服を来て歩いていたような彼の記憶からは、オレの危惧を否定してくれるような情報は何一つ記録されてはいなかった。
「──それでこれからは同じクラスメイトとして一緒に過ごせるようになるのよ。素敵でしょ?」
オレが脳内で冷や汗をかいてる状況にも関わらず、目の前のヤクザ的な思考を持つ見た目だけは極上に良いお嬢様の話は続く。
あと何でオレとお嬢様が同じクラスになるのか詳しい経緯を聞き逃してしまったが、サクッと要約すると、曲がりなりにも上位貴族サマに勝ってしまった(判定では引き分けだった)オレを、貴族から貴族とは認められていない下位貴族クラスに置いたままでは、軍閥貴族であるフォルティス公爵家の家名に傷がつくからだそうだ。なんだそりゃ。
建国当時から国家として『強き者』を優遇する風潮が強い、このオーガスタ王国ならではの事情だろう。
あと本当の意味で貴族ではないオレを、中級とは言え正当な貴族クラスへと移籍する事を決闘の褒賞として与え、オレと言うかエストラーデ辺境伯爵家から抗議の声が上がらないようにする為の措置だと思うのは考えすぎか。
でもヤツラは気づいているか? 決闘とは身分の上下に関わりなく誰もが自分の名誉を守るために行えるとなってはいるが、実際には同格の家か自分より身分が下の者に対して行われるので、オレの所属が上がって中位クラスへ在籍する事になれば、今度はオレからリアンへ直接決闘を申し込む事が可能となるのだが。
もしかして今回の特例措置はオレにリアンと再戦させて、あ奴を亡き者にせよとの上からのご意向なのかも知れないが、安直に表立った行動すればどうなるのかを先の決闘から学んだオレに死角など存在しない。
これらの情報を正しく理解した結果、もしかしたらオレは今回の決闘の代理人にならなくても良かったのではないかと結論付けたが……ただ何と言うか、そこらへんの事情とか空気をちゃんと読めなかったタツヤ(2P)が、お嬢様の意向に気づかずKYな行動を起こして今回の決闘騒ぎとなった可能性が高い。
まさかお嬢様も、普段から気弱なタツヤ(2P)が、頼んでもいないのに自分の決闘の代理人として声を上げるなんて、思ってなかったみたいだからな。
だけど今回のタツヤ(2P)の行動が殊のほか嬉しかったのか、お嬢様が喜んでいたのでオレも嬉しい。彼女には言えないが、実はもう亡くなってしまった彼には、自分の判断が間違っていなかったと教えてあげたかった。
きっとタツヤ(2P)なら、見た目に反して武闘派どころかヤクザと思考レベルが同じお嬢様の本性を知ったらガクブルしそうな気がするけど、ゲームの美少女が大好きなオレからしてみれば、スタイル抜群で顔も良くオレに好意を抱いてさえくれるなら、ぶっちゃけ性格がヤーさんだろうが蛮族だろうが、その辺りは余り気にならないんだよな。
逆に彼女の見た目と中身のギャップに萌えを感じてしまうのは、オレの精神が暗黒面に属しているからだと思う。
可愛くて、エロくて、性格が恐暴だなんてモロにどストライクなんだけど、こんなオレはこれからどうしたらいいと思う?
でも彼女の好みは『気弱で上品なタツヤくん(2P)』なので、いきなり元世界のオレ丸出しな行動は控えておいて、当面の間は元のままの陰キャを演じる事にしよう。
そして少しずつ成長して行く過程でオレの成分を増やして行けばいいかな。




