第04話 格ゲー厨の恩恵
あの決闘の後、オレはアリーシャお嬢様に連れられて医務室へとやって来た。
身体の状態はHP5が示すように、そこそこ瀕死の重傷だったらしく、それにも関わらず普通に歩いて来たオレを見たお医者さんには大層驚かれた。
だって仕方無いだろ……いくら酷い火傷を負っていたとしても、格ゲーのキャラがHP残量によって体調が変化するなんてありえないし、最悪HPゲージが1ドットでも残っていれば全力で動ける仕様なんだから。
そんな訳で、オレの身体はHPが0になるまで必殺技が放てるくらい元気が保てる仕様になってるみたいだし、それどころか残りHPが少なくなればなるほど筋力などのステータスがアップする事実が、今回の一件で判ったのは僥倖だった。
「ねぇ、ちゃんと聞いてるの?」
「え、あ、はいはい。ちゃんと聞こえてます」
気がつけばお医者さんと看護婦さんたちが部屋居なくなっており、目の前には心配そうな表情でヤヤオコ顔のアリーシャお嬢様がベッドの前にある椅子に座っていた。
「あの時、タツヤが代理人になってくれた事には感謝してるんだけど、余り無茶はしないでちょうだい。確かに貴方のお父様は名のある傭兵だったけど、貴方はそうじゃないでしょ?」
確かにそうだった。元の記憶を思い返してみると以前のオレは普通の学生で、学園の武術の授業で剣の腕は下から数えた方が早かった。
それなのにアリーシャお嬢様の為に文字通り生命を張った異世界のタツヤくん(2P)には本当に頭が下がる思いがするよな。
「それで、さっきの決闘の事なんだけど……最後に何をしたの?」
「何って、アレですよアレ。必死に抵抗していたら、たまたま相手にいいのが入っちゃったと言うか……?」
「なんで疑問形なの?」
「な、なんででしょう?」
「ほら、今も疑問形」
まだ状況が良く理解出来ていない今の時点で、いくらお世話になってる家のお嬢様とは言えオレの正体とか、この異世界へやって来た経緯を話すべきで無い事くらいは弁えている。
だって元の世界では普通の高校生だったし、それにこっちの異世界で生きていた2Pタツヤ記憶と経験を合算すれば十分に大人の年齢に届いてる計算だ。
「あれだけの大怪我をして、頭も強く打ってたんだから今日はここに泊まりなさい。明日の朝もう一度お医者様の診断を受けて、大丈夫だと言って頂けたら屋敷に戻って来なさい。いいわね?」
そう言ってアリーシャお嬢様が病室を去って行くのを見送ってから、ようやくオレはそれまで腰掛けていたベッドの上に横になる。
「知らない天井だ」
これは別に狙って言ったのでは無くて、本当にそんな言葉が自然に口から出てきた。
向こうの世界でこういった『異世界モノ』は沢山読んだけど、まさか本当に異世界へやって来るなんて(願いはしたが)思ってもみなかった。
オレの記憶が正しいのなら今のオレは異世界からの転移者で、こっちの剣と魔法の異世界にただ一人だけ皆と異なった能力を持ってやって来たはずだが、こっちの世界のオレはとても弱かったらしい。
でも自分の好きな女性を守る為に、自分の生命を賭けられるくらい勇敢なヤツだったのは好感が持てるな。
正直な感想を言えば、オレの知らないうちに見知らぬ誰かが亡くなっていて、その身体を乗っ取ったと言うよりは、どちらも正しく自分の認識があってゲームの残機が1つ減ったような感覚に近いような……? こんな事を言ってはいるが、実はオレ自身もまだ良く判っていない。
でもこの異世界のオレも確かにオレの中に居て、決して消えて無くなった訳ではないから今はそれだけで十分だろう。
オレはこれからの事を考えた。
気がつけば異世界へ転生しており、こちらのタツヤ(2P)の記憶を辿ってみるとアリーシャお嬢様を始め旦那様や家令のセイバス、それにメイド長のアンナや庭師のゾワン。それと料理長のチェーンの事を忘れたら、もうご飯を作って貰えなくなるな。
他にも騎士のハルトとかサムライのイリア、その他にも大勢の知人が居る辺境伯爵様のお屋敷には優しい思い出がいっぱいあった。
異世界のオレはこれまで、この国を守って亡くなった父のおかげで特に目をかけて大切に育てて貰った恩があった。それで自分の生命を掛ける事によって、今回の決闘にまで発展した求婚騒動の幕引きを試みたのだろう。
まさか本当に死んでしまうなんて本人も思わなかったのだろうけど、運悪く失った生命を依り代として異世界からもう一人のオレを召喚する結果となった。
こっちの異世界に居たタツヤ(2P)の記憶は一通り受け継いだはずなんだけど、どうも死が迫った瞬間の辺りだけはどうしても思い出す事が出来ない。
もしかしたら、とても嫌な記憶だから彼が涅槃まで持って行ってくれたのかもだけど……。
だから後の事は、このオレに任せてゆっくりしていてくれ。
目を閉じてこれまでの事を思い出すと同時に、これから何をすべきか考えが纏まって来る。オレから見て2P側のタツヤくんが望んだのはアリーシャお嬢様の幸せ。そして、お世話になったエストラーデ辺境伯爵家の繁栄だ。実に解りやすい。
まだオレの能力について検証は全く進んでいないが、今のオレは決して弱くはないはず。だって異世界転生者だし……。
それは先ほどの決闘からある程度の予測が成り立つが、あのリアンのヘタレ野郎はあれでも軍閥公爵の子息だと言う話だし、それなら幼少の頃から優秀な師範に恵まれて鍛えられているにも関わらず、オレの目にはヤツの動きが止まって見えた。
それはまるでオレが360FPSで動いてるにも関わらず、対戦相手がネット回線のラグとか、PCの処理能力不足によって30FPSくらいで動いてる様な変な感じがした。
なので明日退院したら、これらの仮説も踏まえて色々と検証を進めなければいけないな。
あと、『道端闘士』のバージョンが1のままだと必殺技のタイミングがシビアなので、ボーナスポイントを使ってスキルツリーを進化させて、バージョンを【2nd】以降にしておきたい。
でもどうせ【2nd】以降にするなら【2ndG】以降まで進めておかないと、推しキャラであるタカシの技が強化されないから注意が必要だな。
それに【2ndGターボ】ならシリーズ屈指の動作速度にオレの脳も慣れているので、こっちの異世界でもゲームと同じ感覚で戦えると思う。
ただ、この頃のバージョンには【超必殺技】が実装されていなかったから、この辺りのキャラで身体を慣らしてからスキルツリーを進化させれば何とかなると思う。
将来的に可能であれば『アイゼンファウスト』とか『レジェンドオブウルフ』のスキル派生をさせたり、よりリアルな3D格闘を極めるなら『電脳格闘』シリーズまでスキルツリーを進化されれば、より強力で実践的な技も使えるようになると思う。
尤も、普通に相手を倒すだけなら、スキが大きい【超必殺技】なんて必要無いかも知れないが、そこはそれ『漢のロマン』と言うヤツで、必要は無くても使ってみたいと考えるのは格ゲー厨ならみんな同じ気持ちじゃないかな。
ただリアルに生命を賭けた闘いなら、通常の必殺技を混じえたコンボ技の方が相手を確殺出来ると思うし、マイキャラとして使い慣れたタカシの基本技であるキャンセル【覇道拳】や鳥籠ハメからの【翔龍拳】による撃墜コンボの他に、相手の起き上がりに背中を狙ってケツ落しアッパーキャンセル【翔龍拳】の動作確認もしておきたいところだ。
早く朝にならないかな……。
オレはニューゲームの稼働前夜のように眠れない夜を過ごした。と言っても、気がつけば知らないうちに寝ていたんだけどな。そして一晩寝ればあら不思議……HPゲージが満タンになって色もグリーン表示に戻っていた。
もしかしてこの異世界でのオレは、寝るだけでどんなケガも治ってしまうスキルを持ってるのかも知れない。それどころか一度負けただけでは死なない身体になってる可能性すらある。
朝になって看護婦さんが配膳してくれた朝食を食べてから、そのまま病室で大人しく待っていると昨日のお医者様が朝の回診にやって来てくれた。
昨夜まで全身打撲と切傷だらけの上に重度の火傷まで負っていたオレの身体だが、たった一晩で全てキレイに治っていたのに、医者の先生はそれほど驚かなかった。
何故なら、こっちの異世界にはヒーリングポーションや治癒魔法なんかがあるから、オレみたいなケースはさして珍しくないんだってさ。恐るべき世界感だな。
そしてお嬢様が置いて行ってくれた、執事みたいな上等な服に着替えてから街へと繰り出した。
直ぐに屋敷まで戻っても良かったんだけど、今のオレはこの世界で格ゲースキルがちゃんと動作するのか、そしてそれがこの異世界の強者ども相手にどれほど通用するのかなど、色々と確かめておかなければいけなかったので、ちょっとだけ寄り道する事に決めた。




