夏は水着の季節
「あつー……」
扇風機の前でアイスを食べていても、そう言いたくなるくらいには暑い。いや、暑すぎる。こんなに暑いと遊びに行く気力もなくなるなぁなんて、思っていたら扉がスパーンッ! と勢いよく開いた。驚いて後ろを振り返ると、同居中の彼女が後ろに立っていた。彼女は私と目が合うといいことを思いついたと言わんばかりの顔で、口を開いた。
「プール行こう!」
「え~……? 暑いからパース」
「だったら海でもいいから~」
「どっちも変わらないでしょ」
「そんなことないよ! プールの方がまだ涼しいし! 多分!」
「変わらないと思うんだけどねぇ……。というか、どれだけ行きたいの。もしかして、私の水着が見たいだけだったりしない?」
って冗談めかして言えば、彼女は当然のように「そうだよっ」と返してきて、こっちが照れてしまう。まさか本当にそうだったとは思わなかったし、というか素直過ぎるし。や、素直なのはよーく知ってるんだけど。
「あ、照れてる! かわい~」
「可愛くないっ」
恥ずかしくなってアイスをガリッと噛む。なんだか、さっきより甘さが増してるような気がしてくる。気のせいなんだろうけど。
「……それで、いつ行くの」
「えっ! 行ってくれるのっ? やった~!」
ぱっと表情を明るくさせて、ウキウキな様子の彼女に、微笑ましくなってくる。こういう所が可愛いんだよねぇ。なんて思ってる横で、彼女が「スケジュール帳取って来る!」と言ってパタパタ離れて行った。急がなくてもまだ時間はあるのに、どれだけ楽しみなんだか。
程なくして戻ってきた彼女と一緒に、この日はバイトだとか、この日は用事があるだとか、色々話しながらプールに行く予定を決めた。こうして話していると、なんだかんだ楽しみになってくる。
「あ、そうだ。水着買いに行く日も決めないとねっ。カワイーの選んであげるからね!」
「えっ? や、別に自分で選ぶから……」
「だーめっ! 私が選びたいの!」
「えぇ……? うーん……もう、しょうがないなぁ」
「やった! あ、もちろん私の水着は貴女が選んでね」
「えっ?」
水着を選んでもらうことを渋々了承したら、無茶ぶりが飛んできた。選んでもらうことは百歩譲っていいとしても、選ぶのは難易度が高すぎる。付き合いもかなり長いから、好みとかはもちろん知ってる。でもそれはそれ、これはこれだ。好みを知ってるからといって、好きなものが選べるとは限らない。
「すごく悩んだ顔してる~」
彼女がニコニコしながら私の顔を覗き込んで、続ける。
「そんなに悩まなくていいよ~。貴女が似合うと思って選んでくれるものが、一番嬉しいんだから!」
そう言って花の咲いたような笑顔を浮かべる。簡単に言ってくれるなぁ、もう。
「似合うものって言うのも結構難しいんだけど」
「え~? そんなことないと思うけどなぁ。売り場行ったらいっぱい展示してあるから、想像もつきやすいだろうし」
「そう言われるとそう、なのかなぁ……?」
「そうそう! だからかるーい気持ちで選んでほしいな!」
「もーう……わかったよ」
仕方がないとばかりにため息交じりにそう言うと、彼女は「やった」と随分と嬉しそうにしていた。まぁ、嬉しそうにしてくれるのも、楽しみにしてくれるのも微笑ましいからいいけど、なんだかハードルが上がったような気もしなくもない。
そしてその後は、買い物の日を決めて日常に戻って行った。彼女はるんるんと楽しそうにしながら。
あっという間に水着を買いに行く日。相も変わらず暑くて、出来れば外に出たくないと思うような気温だった。だけど彼女がここ数日、ずっと楽しみにしていたから、まぁデートみたいなものだしいいかと思いながら出かける準備をして、馴染みのショッピングモールへと向かった。
「お~! やっぱりいっぱいあるね!」
「本当にねぇ……。というか、水着ってこんなに種類あったんだ……」
「昔からあったけど、最近また増えたかも? 流行も毎年変わるしね」
「それもそっか」
「よーし! それじゃあ当初の予定通り、互いの水着選び合おっか。十五分後にオススメの水着持って試着室前ね!」
「わかったよ。それじゃあ後でね」
「またあとでねー!」
そう言って私達は水着の特設売り場でわかれた。さて、どんな水着を選ぼうか。十五分なんて長いようで、あっという間に過ぎるんだから、ひとまず色々見ていかないと。
かわいい系の水着は当然似合う。でも少し落ち着いた、大人っぽい水着も見てみたい。色はやっぱりピンクか、パステルカラーだろうか。うーん、絶対似合う、可愛い。
あれもよさそう、これも似合いそうだと悩んでいたらもう集合の時間になっていた。厳選に厳選を重ねた一着の水着を持って、試着室前へと向かった。
「お待たせ」
「あ、きたきた~。いいのあった?」
「もちろん」
「さっすが~! じゃあどんなの選んだか見せ合っちゃお。せーのっ」
彼女がそう言うと、私達は互いに選んだ水着を見せ合った。彼女が選んだのはパーカーや短パンのついた黒いビキニだった。ちょっとセクシーすぎない? 対して私が選んだのは淡い水色を基調としており、可愛いフリルのついたオフショルダーと下はスカートを模した水着だ。
「わ、かわい~! さすが、私の好みわかってるね!」
「まぁね。そっちは……ちょっとセクシーすぎない?」
「そんなことないよ! 短パンとこのラッシュガードで、かなりかっこよく見えるはずだしっ」
「そう、なのかなぁ……?」
「気になるなら試着してみよ! そのための試着室前集合だからねっ」
そう言って彼女は私を試着室へと押し込む。まぁ、着てみたら印象変わるかも知れないしいいか。そう思いながら試着してみると、確かにセクシーさはほとんどなかった。さすがのセンスだ。
「試着出来たよ」
「おぉっ! やっぱりかっこいいね~、思った通り!」
「ありがと。でも、この前は可愛いの選ぶって言ってなかった?」
「言ったけど~色々見てたら、やっぱりかっこいい方が似合うだろうなぁって思って……」
そう言いながら照れる彼女が、すごく可愛い。外で試着中じゃなかったら、抱きしめてたかも知れない。
「可愛いこと言っちゃって」
「もう、次は私が試着するから交代っ。着替えてきてっ」
と、試着室のカーテンを閉められる。照れさせられるのに弱くて可愛いなぁと思いながら着替える。めくれたりしてないことを鏡でしっかり確認してから試着室を出て、彼女と交代した。そして数分くらいで試着室のカーテンが開いた。
「どう? どう?」
「うん、似合ってるね。すごく可愛い」
「へへ~、私って水色も結構似合うんだね~」
「淡い色だからね。パステルカラーならなんでも似合うと思うよ」
「そっかぁ。じゃあ今度からはもっと色んなカラーのもの買っちゃおうかな」
「いいと思うよ。水着は、それで決まりってことでいい?」
「もっちろん! 着替えて来るからちょっと待ってて!」
返事する間もなく勢いよく試着室のカーテンが閉められる。よっぽど気に入ってくれたらしくて、すごく嬉しくなる。自分が選んだものを気に入ってもらえるって、やっぱりいいものだなって思う。
ほどなくして試着室から出てきた彼女と一緒にレジに行って、互いが選んだ水着を購入した。並んでる間からずっとうきうきしていた彼女は、帰ってからもずっとるんるんだった。
「喜びすぎじゃない?」
「だって貴女が選んでくれたし、すごく可愛かったんだもん!」
「もう……喜んでくれるのは嬉しいけどね」
微笑ましく思っていると、彼女が腕に抱きついて来た。
「プール行くの、もっと楽しみになっちゃうよ!」
「ただでさえ楽しみにしてたのにねぇ」
「楽しみすぎて、前日とかに疲れちゃうかも」
「そうはならないでよ? せっかく選んだ水着、ちゃんとプールで見せてほしいんだから」
「私も見たいから、疲れないようにがんばるよ」
「そうしちゃって」
そのまま互いにプールが楽しみだの、ウォータースライダーは絶対乗りたいだの少し話して、いい時間になったからご飯の準備のため、彼女に腕を離してもらった。ご飯楽しみにしてるね、って声を後ろに聞きながら、軽く手を振る事で返事をした。
食事を作りながら、プールに持っていく荷物どうしようかななんて考えていた。思っていた以上に、私もプールに行くのを楽しみにしているのかも知れないなんて思って、思わず笑いがこぼれた。
早くその日になってくれたらいいな。