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私は貴方に恋をし続けている  作者: 青木りよこ
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二回目

シャンへの二回目の呼び出しは四年後、私は中学三年生になっていた。


「楓ちゃん、これどういう状況?この子らは誰?」


九月の中旬私はシャンを呼び出していた。

場所は私が通う中学校の屋上。


「メガネの子が佐久間君。後の四人は佐久間君をいじめてる同級生」


突如表れた背の高いイケメン闖入者にこの場にいる私以外がみんな驚いている。

シャンの右手には光り輝く漆黒の鎌。


「えーっとー。ようわからんけど、楓ちゃんがいじめられてるわけやないんやね?」


「うん」


「そうなんや」


「佐久間君が死んじゃうかもしれないから助けてほしくて」


「ほうか、まあええけど」


いじめっ子たちが口々に何か言っているが、少しも私の鼓膜を震わさない。

シャンの声しか聞こえない。

屋上で私達二人きりみたい。

恐怖の対象だった彼等がシャンの登場でただの背景へと化す。

もう何も怖くはない。


「一人で解決できないから呼んだの」


「うん、せやろね。楓ちゃん勇気あるなぁ」


「シャン助けて」


「もちろんや。任せとき」


シャンはいじめっ子達に近づいていく。


「ああ、もうやめときぃ。自分ら中学生にもなってみっともないで。もう今日限り辞めるっていうんなら俺も鬼やないさかいな、何回かひっぱたくくらいで許したるよ」


一番背が高く体格のいいいじめっ子の一人がシャンに向かってくる、手にはカッターナイフが握られている。

いじめっ子はシャンが鎌を釣り竿のように振り上げると、屋上の手すりに吊るされた。


「はい、ひとりー」


髪が長めのいじめっ子が何か叫んだ。

その子も吊るされた。


「はい、ふたりー」


シャンは佐久間君を押さえつけている二人へ距離を詰める。


「ひどいなぁ。どんだけ殴ったらこうなるねん。可哀想に。人間のすることじゃないわなぁ。たった十五年生きただけで何でこんな残酷になれるんよ」


残された二人のいじめっ子が要領を得ないことを言っている。

シャンは鎌を振り上げ二人を同時に吊るし、手すりに飛び乗り、しゃがんで下を見た。


「助けて欲しいぃ?」


四人は助けを求める。


「聞こえへんなぁ。ホンマに助けて欲しいんか?」


四人は絶叫する。


「助けへんよ。お前らは佐久間君泣いても殴るのやめんかったやろ?じゃあ何で助けてもらえる思うん?都合よすぎやろ。恥を知れやボケが」


四人はもう助けても言えなくなる。

悲鳴だけがこだまするが、誰も来ないところをみると誰にも聞こえていないのかもしれない。


「たった十五年しか生きてへんのに、なんでこんな歪んでしまうかねぇ。悲しいわぁ」


これは嘘だと思った。

シャンはちっとも悲しんでいない。

それくらいわかる。


「謝っても許されへんことってあるんよ。わかるぅ?人なんか殴っちゃいかんって教えてもらわへんかったん?」


いじめっ子達はもう叫んだりしない。

ただ全員泣きじゃくっている。


「あー。腹立つわぁ。せっかく楓ちゃんに会えたのに、こんなしょうもない連中も一緒やなんて、最悪や。そもそも楓ちゃんに嫌なもん見せおってからに、それだけでも許せへんなぁ。どないしよ」


いじめっ子の一人が落ちたのでシャンは鎌で釣り上げ、床にたたきつける。

手すりから降り、残り三人を同時に釣り上げ床にたたきつけると青空をバックに笑みを浮かべる。

その笑い方が好き、大好き。

もっと見たい。

何でそんなにかっこいいの、漆黒の闇の王子様。


「楓ちゃん。佐久間君連れて帰ってくれる?」


「え」


「俺楓ちゃんに嫌なもん見せたないんよ。これからえぐいことするさかい、な?」


「うん。わかった。行こう、佐久間君」


私はぺたりと座ったままだった佐久間君を起こす。

メガネがゆがんでいる。

顔がとても痛々しい。


「シャン、まだ帰らないよね?」


「うん。お家へ行くから待っとき」


「うん。待ってるね」


「気ぃ付けて帰り」


「うん」


「楓ちゃん。大丈夫やから」


「うん」


佐久間君は屋上から出た階段を下りていくと尾形さんと言った。

風が吹いたらかき消されてしまいそうなほどか細い声だった。


「あの人何なの?」


「死神」


「嘘でしょ?」


「嘘じゃないよ」


「じゃああの人が死神だとして、何で死神と知り合いなの?」


「小さい頃落し物拾ってあげたの」


「落し物…」


「ごめん。これ以上は話せない」


これ以上は何も知らない。

わかっているのは死神ってこと、シャンという名前だこと、姿がずっと変わらないこと、親がいないこと、私とはもう一回しか会えないこと、もう一回、たった一回。

何で関西弁なのかすら知らない。

どこで習ったの?

誰に習ったの?

今までにも鎌を落としたことがあったの?

何も知らない。

私が彼を世界一かっこいいって思ってることしか。

もう一回しか会えないのが寂しくてたまらないってことしか。

知らない、知らない、何も知らない。


「尾形さん、僕のことどうして助けてくれたの?去年は違うクラスだったし、一回も話したことなかったと思うんだけど」


「どうしてって佐久間君このままじゃ死んじゃうかもって思ったから。死ぬことなんかないと思った。あんなつまんない人達のせいで佐久間君が死ぬの勿体ないなって」


ありがとうと消え入るような声で佐久間君は言った。

お家まで送って行こうかと言ったけど、佐久間君にはいいと言われたので、校門で別れた。


家に帰ると叔母さんが来ていて祖母と三人で夕飯を食べに行くことになってしまった。

焼肉はとても美味しかったけれど部屋で待っててくれるであろうシャンのところへ私は一刻も早く帰りたかった。

家に帰り歯磨きをして自分の部屋に行くとシャンがベッドに座っていて、私に手を振った。

私の机にはシャンの鎌が立てかけてある。

まるで私の日常の一部であるかのように。

彼の帰る場所であるかのように。


「かーえーでちゃーん」


「シャン、待たせてごめんね」


「ええよー。おかえりー」


「大丈夫?」


「俺は大丈夫に決まってるやん」


「ごめんね、呼び出して。でもシャン以外助けてくれるような人思いつかなかったんだよ。先生達何にもしてくれないんだもん。役に立たないアンケート取っただけ。超常現象に頼るしかないでしょ」


「人間頼りにならんなぁ」


「うん。ホントそれ」


「でももう大丈夫やで。もう佐久間君はいじめられへんよ。体の痛みももう消える。楓ちゃんが気にすることないわ。怖かったやろ?嫌なもんいっぱい見たなぁ。でも忘れい」


「うん」


「楓ちゃんは優しなぁ」


「優しくなんかないよ。もっと早く助けてあげれば良かった」


「そんなん楓ちゃんが気にすることないよ。悪いのはあいつらやねん。このことに関して楓ちゃんが気に病むことなんか一つもないよ」


「今日はありがとうね。シャンすっごくかっこよかった」


「ホンマー?嬉しわぁ」


「ホントだよ。シャンよりかっこいい人なんていないよ」


「人ちゃうけどねー」


「ホントだ」


「良かった。怖いとこ見せたから嫌われてしもたらどないしよ思た」


「怖くなんかなかったよ。頼りになるなって思ってた」


「ホンマにぃ?ドン引きしてへん?」


「してないよ。何回も巻き戻して見たいくらいかっこよかったよ」


「おおきにー」


「シャンかっこいいからずっと見てても飽きないよ」


「ほうか、楓ちゃん背伸びたな」


「うん」


「今ならクラスでも高い方ちゃう?」


「真ん中くらい」


「ほうか。髪ずっと長いんやね」


「うん」


「すっかりお姉さんになってしもたなぁ」


「シャンは変わらないね」


「当たり前や。俺人ちゃうもん。ずっとこの姿やで」


「かっこいいからいいじゃない」


「ありがとう。そやね」


「お風呂入ってくるけどまだ帰らないよね?」


「ごめん。今日はもう行かんとあかんねん」


「なんで?」


「仕事忙しねん。ごめんな」


「そうなんだ。明日来れない?学校休みなの」


「ごめん。仕事やねん。こう見ても死神って忙しいんよ。人いっぱい死ぬさかい」


「そう…」


「ホンマごめんな。でももう一回会えるさかい。堪忍な」


「もう一回しか会えないよ」


「うん。せやね」


「もっと会いたいよ」


「ごめん。そういうわけにはいかんねん。聞き分けてぇや楓ちゃん」


「うん…」


「でも楓ちゃんが人を助けてあげたい思て俺のこと呼んでくれたん嬉しかったわ。楓ちゃんは偉いな」


「偉くないよ…」


「ごめん。もう行かな。楓ちゃん、元気でな。今年は受験?」


「うん」


「がんばりぃや」


「うん」


「ほな行くな、楓ちゃん。困ったことあったら俺のこと呼ぶんやで」


「うん」


「じゃあ行くわ」


シャンは鎌を手にし私に笑いかけると跡形もなく消え失せ、私は泣いた。

涙が止まらなかった。

ベッドの掛布団をめくり、シャンが昔とってくれたクマのぬいぐるみを抱きしめ私はずっと泣き続けた。


月曜日学校に行くと佐久間君の眼鏡と顔からあの卑劣な暴力の痕跡を見出すことはできなかった。

あの四人の席には誰も座っていない。

友達に聞くとあの四人は三年生になってから一度も学校へ来ていないという。

屈託なく前の席の子と話す佐久間君は恐らく何も覚えていないだろう。

最初からなかったことになったのだから。


この日から私はあと一回をどうやって使おうか悩み続けることになる。

大好きな彼に会える最後のたった一回を。





























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