第8章 月の影
【第8章 月の影】ーーーーーーーーーーーーーーー
玲奈の端末に浮かぶ名前──怜司。
確かに二年前、火星開拓基地の崩壊で死亡したはずの兄だった。
だが暗号通信の署名は間違いなく本人のもの。
『玲奈、まだ俺を信じられるか』
文字の羅列に、玲奈の心臓は大きく跳ねた。
「どうした?」
海斗が背後から声をかける。戦闘の余韻がまだ残るブリッジで、玲奈は慌てて端末を閉じた。
「……なんでもない」
無意識に嘘をついていた。
彼に真実を話せば、兄が敵か味方か、即座に判断を迫られる。
その恐怖が、玲奈の口を閉ざさせた。
やがて、プレアデス艦隊は月軌道へと進路を変える。
シア司令官は簡潔に告げた。
「偵察の結果、月面地下クレーターに強大なエネルギー反応を確認。第二の星核である可能性が高い」
その言葉に、ブリッジの空気が凍りついた。
人類の故郷・月に異星の遺産が眠っている──それは同時に、地球そのものが戦場になることを意味していた。
月面降下作戦の準備中、玲奈は再び通信を受け取る。
映像が映し出された瞬間、彼女は息を呑んだ。
そこにいたのは、確かに兄・怜司だった。
だが、その瞳はかつての優しさを失い、冷たい光を宿していた。
「玲奈……驚いたか?」
「兄さん……生きてたの……?」
怜司は静かに頷き、そして続けた。
「俺はマルドゥークに拾われた。いや……彼らの真実に触れた、と言うべきか」
「真実……?」
玲奈の問いに、怜司はゆっくりと告げる。
「プレアデスも、マルドゥークも──どちらも同じ《起源種》から分かたれた存在だ。
そして地球人もまた、その流れを受け継ぐ第三の子孫だ」
玲奈は言葉を失った。
兄の声は確信に満ちていたが、その裏にどこか哀しみが滲んでいる。
「三つの星核を手にした者こそが、次の宇宙を導く。
玲奈、お前もこちらへ来い。プレアデスの言葉に騙されるな」
通信が途絶えた後、玲奈は震える手を握りしめた。
兄は生きていた。だが、その存在は敵として立ちはだかる。
「玲奈?」
背後から声をかけたのはミラだった。
冷たい瞳の奥に、わずかな柔らかさが覗く。
「何か隠しているな」
玲奈は答えられなかった。
──海斗のために、地球のために、兄を裏切らなければならないのか。
その苦悩が胸を締めつけた。
やがて、月面降下が開始される。
漆黒の宇宙に浮かぶ白い大地。その地下深くに、第二の星核が眠っている。
だが、降下艇の窓から玲奈が見た光景は、想像を超えていた。
月面全体に広がる巨大なクレーターが、まるで都市遺跡のように整然とした構造を描いていたのだ。
その中心に、青白く脈打つ光。
確かにそこに──第二の星核が存在していた。
そしてその周囲には、すでに待ち構えるマルドゥークの艦影。
その先頭に立つ指揮官の姿は、玲奈にとってあまりにも残酷だった。
「兄さん……!」
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