笑わぬ瞳
王都からの援軍が到着した。
率いているのはダリオ・デイルマン男爵。
三十そこそこの実直そうな男だ。
「ゼノ、お願いしますわ」
「う、うむ」
大まかな作戦は立てられても、臨機応変な用兵には自信がない。リディアは、その弱点を補ってくれる将を求めていた。。
援軍の中にそういう人材がいないかを見定めて欲しい、とゼノに頼んでいたのである。
今まで一緒に戦ってきた将兵を連れずに中央を行く、というリディアの案に、ゼノは不安を感じていた。
だが、リディアは頑として聞かない。
だから、ゼノが折れるしかなかった。
ゼノは、ダリオ男爵を自室に呼んだ。
そこで軍略や用兵の話をし、さらにはチェスのようなゲームをして男爵の力を見極める。
そのうえで、ゼノは決断を下した。
「あなたには、リディアの下についてもらいたい。作戦はリディアに任せてもらいたいが、用兵はあなたが担当することになると思う」
「私でよろしければ」
ダリオ男爵は、素直にうなずいた。
王都を出発する時にエリザベートがリディアのことを褒めちぎっていたので、女の下につくということにあまり抵抗がなかった。
伯爵であるリディアの実家の方が爵位が高いというのもある。
とにかく、この男なら大丈夫だろうとゼノは思った。
ダリオ男爵が初めてリディアに会った時、「庇護するべき存在なのでは」という感情が真っ先に浮かんだ。
到底戦の世界で生きていくような人間には見えなかったのだ。
リディアの「よろしくお願いいたします」という声も弱々しく聞こえた。
軍人としての礼を返しながら、男爵は「本当にこの娘が作戦を?」と訝しんだ。
しかし、既にヴァルハルゼン国内に侵攻し、二つの城を落としている。
それが真の実力なのか、ゼノやガロなどの周りの力なのか、これからそれが試される。
軍の編成が終わり、三日後に出発と決まった。
ガロは、現在の兵一万五千を率いる。
ゼノは騎士団二千と援軍から八千の合わせて一万。
リディアは援軍の一万二千。
リディアの軍は、見知った者のいない新しい顔ぶればかりだった。
ゼノとガロとヴォルドは、ずっとリディアの心配をしていた。
「本当に大丈夫か?」
「嬢ちゃん、何かあったらすぐに連絡を寄越すんですぜ」
「マクレイン様、いつでも私を呼んでくださいませ」
その様子を見ていると、余計にダリオ男爵は「私が守らなくては」という気持ちが強くなった。
***
そうして、出発の日がやってきた。
ダリオ男爵は、リディアに「どうします?」と聞いた。
リディアは
「グスタフ子爵に会いに行きましょう」
と答える。
軍を出発させる前に、リディアたちはヴァルハルゼンの領主に降伏勧告を行っていた。
忠義に厚いハルトヴィン侯爵がいる時はなかなか応じる領主がいなかったが、侯爵亡き今多少は応じる者も出てきている。
その一人が、グスタフ・リントハルト子爵だ。
45歳前後の現実主義者で、強者に媚び弱者に傲慢という噂がある。
降伏した者に会い、今後のことについて話しておくことは当然必要なことだ。
リディアの判断は妥当と言っていい。
リディアは粛々と軍を進め、グスタフ子爵の領地に着いた。
そこで、子爵を呼び出す。
子爵はリディアの前にひざまずき、
「勧告に応じ、降伏いたす」
と言った。その表情の奥に、かすかなあざけりが見えた。
「女ではないか。なぜ儂がこんな小娘にひざまずかねばならんのだ」
グスタフは、そう思っていた。
そんなグスタフに、リディアが声をかける。
「血を流さずに済んで何よりです。平和な世を共に作り上げていきましょう」
その声はとても穏やかで、本心から平和を望んでいることが伝わってくる。
しかし、その目は笑ってはいなかった。
「グスタフ子爵には我が軍への帯同を命じます。兵一千を率いてご助力ください」
「承知いたしました」
こうして、グスタフ子爵は去った。
ダリオ男爵が、リディアに話しかける。
「あの者を信じてもよろしいのですか?私には心から降伏したようには思えませんが」
「そのようなことを言うものではありません。最初から疑っていたのでは、グスタフ子爵も居心地が良くないでしょう。それがかえって反発を招くことにもなりかねません」
そう言うリディアの目は、相変わらず笑ってはいなかった。
お読みいただきありがとうございます!
最終章…かな?特に章分けしているわけではありませんが。
このまま最後まで突っ走っていきますので、応援していただけると嬉しいです。
年内には完結する…と思います。




