陰
リディアが夜風に当たっていると、家からマリィが出てきた。
「リディア、もうしばらく村にいられない?明後日、みんなでお祝いしようって。こんなお腹だからささやかにだけどさ。リディアにも出席して欲しいなって」
リディアは、困ったような笑顔でそれを断った。
「ごめんなさい。今回はあまりゆっくりしていられないんだ。……それに、しばらく来られないと思う。だから、お腹の子を大事にしてね」
「そっかあ、残念だなあ。帰ってくるのは子供が生まれた後になりそうなの?それじゃあ、帰ったらすぐに私の子供を抱いてあげてね!」
屈託ない笑顔のマリィから、リディアは目を逸らした。
戦いの中で生きる自分に、そんな資格があるだろうか。
マリィが泣き叫ぶ「ごめんなさい!」の声が耳から離れない。
どうしてマリィが謝らなくてはいけないのか。
マリィは、何も悪くなんかない。
……私は、これからマリィのような人を生み出してしまうのかもしれない。
戦いの中で生きる私は、マリィを蹂躙する側なんだ。
そう思うと、リディアは心から笑えなかった。
もう、この村に来る資格はないのではないか、と思ってしまった。
リディアは、みなに別れを告げて前線のノルデン城に戻る。
ルナの背中で、リディアは涙をこらえながら「今まで、ありがとう」と呟いた。
***
硬い顔で戻ったリディアを、みなが気遣った。
「もう少しゆっくりしてきても良かったのに」
「こっちはそれほど忙しくなんかないんですぜ?」
いつもリディアにいて欲しいと思っているヴォルドまでが
「マクレイン様、何かあったんですか?」
と早く帰ってきたことを心配した。
「何でもありません。大丈夫です」
とリディアはまだ硬い顔で言った。
それから心配をかけてしまったことを悟り、意識して笑顔を作った。
「ガルドとマリィの結婚が決まったのよ」
少し不自然さを感じながら、ゼノとガロの旧知の二人なのでおめでたいことを喜んだ。
ヴォルドもそれに乗っておいた。
それからすぐに、リディアは再び顔を引き締めた。
「数日内に援軍が来るのでしたわね?」
王都でエリザベートが頑張ってくれている。
兵糧や武具は頻繁に送られてくるし、さらに兵も整えてくれたようだ。
話によると二万を超える軍勢を送ってくれるらしい。
「援軍が着いたら、兵を三手に分けることを提案します」
「うむ、四万に近い軍を一塊にしておくのは確かに効率が悪い」
「ゼノとヴォルド様は西の街道を、ガロ様は東の街道を、私は中央を進みましょう」
「なぜリディアが中央を?一番抵抗が激しく危ないところだが」
「軍を三つに分けるのですから、連携が大事になります。ルナに乗ればすぐにどちらの軍にも行くことができますから、私が中央を進むのが理にかなっていると思います」
それは確かにその通りだ。しかし……
「わかった。リディア、危ない時はすぐに連絡してくれ。絶対にだ」
ゼノはこうして納得してくれたが、ガロとヴォルドも黙っていなかった。
「嬢ちゃんは一人にならない方がいいと思うぜ」
「マクレイン様、ご一緒させてくださいませ」
しかし、リディアはびしっと言い切った。
「ヴォルド様はゼノと息がぴったりですから、一緒の軍にいた方が力を発揮できるでしょう。ガロ様も一軍を動かせるお方。私は兵を臨機応変に動かすことはできませんが、作戦は立てられるはずです。戦況を一番理解しているこの三人が別々に動くのが効率的だと思います」
リディアは全体的な作戦を立てるのには長けているが、戦場において敵の動きに合わせて陣を動かすことには慣れていない。
それを行う補佐がいれば、確かにリディアも一軍の将として戦えるだろう。
「なら、リディアの兵を動かすのは俺の部下に任せてくれ」
「いえ、援軍を率いてきてくださる方にお願いしたいと思っています」
「……嬢ちゃん、もしかして嬢ちゃんのことを知らない人ばかりで自分の軍を編成するつもりかい?」
「……私のわがままを、どうかお許しください」
戦の効率や連携を言い訳にしていたが、リディアの心の中にある一番大きな想いは、自分に優しくしてくれる人を遠ざけたい、というものだった。
自分には優しくされる資格がない。
いや、優しくされると心が痛むと言った方がいいだろうか。
耳にこびりついているマリィの「ごめんなさい!」は、リディアを責めるような響きに変わっていく。
村に行く資格がないのと同様、ゼノやガロやヴォルドと笑い合う資格もないように思えた。
それに、リディアは自分の中に芽吹いた冷たい陰を恐れていた。
もしかすると自分は鬼になってしまうかもしれない。
そんな姿を、ガロに、ヴォルドに……ゼノに見られたくなかった。




