憎しみ
リディアの戦い続けるという決意は揺らいでいない。
だが、ノルデン城での光景は頭から離れなかった。
何かを話しかけられても、生返事をすることが多くなった。
そんなリディアを見かねて、ガロが声をかけた。
「嬢ちゃん、ちょっと村にでも行ってきちゃどうだい?」
ゼノもそれに続く。
「そう言えば、ガルドとマリィの結婚式の日取りも決まったかもしれない。一度様子を見に行くといい」
リディア自身もこのままでは周りに迷惑をかけてしまう、と思ったので、その申し出をありがたく受けることにした。
***
リディアがルナに乗って村に向かうと、ガルドがとぼとぼと歩いているのが見えた。
リディアはそこに着き、ルナから降りながら声をかける。
「ガルドさん、どうしたの?元気ないじゃない」
「ああ、リディアちゃん。いや、ここ2週間ほどマリィの奴が会ってくれないんだよ」
「また何か怒らせるようなことやったの?」
「いや、それはいつものことなんだけど、会ってくれないって言うのは初めてでさあ」
確かにマリィとガルドは喧嘩ばかりしていたが、2人はお互いを想い合っている。
特になれそめ話をしている時のマリィを見ていると、本当にガルドが好きなんだなと伝わってきたものだ。
例え喧嘩をしてガルドに怒っても、会わないとなるとマリィ自身も辛いだろう。
「とにかく私もマリィの家について行ってあげるわ。ここに来たのも二人の進展が気になったからだし」
そう言いながらリディアは歩き出した。
自然に笑顔になっている自分に気づき、リディアは「やっぱりここはいいな。ここに来ると本当の自分に戻れる気がする」と思った。
そうして、リディアはマリィの家で訪問を告げる。
「マリィ、リディアちゃんが来てくれたよ」
中にはステラもいるようだ。
扉が開いて、マリィの両親が中に招き入れてくれる。
「ガルドは少し待っててね」
そう言い置いてリディアが中に入る。
中には、目を真っ赤に腫らしたマリィがいた。
「マリィ、一体どうした……」
そこで、リディアの脚が止まる。
泣き腫らした目でリディアを見つめるマリィ。
そして——大きく膨れ上がったお腹。
それは、明らかに妊娠した女性のお腹だった。
リディアの息が荒くなる。
マリィがガルドと想いを交わしたのは、つい2~3か月前のことだ。
マリィは、その前に体を交わすような娘ではない。
そのお腹は、大体妊娠6か月くらいの大きさだ。
6か月前……それは、国境戦の時……
ヴァルハルゼン軍がミルファーレ村に略奪、そして乱暴を……。
「マリィ、いつまでもそうしちゃいられないんだよ」
「でも……、手術が……」
「馬鹿なこと言うんじゃないの!ガルド、入って来な!」
リディアには、何もできなかった。
ただ立ちすくんで、荒い呼吸をするので精一杯だった。
ガルドが入ってくる。そのお腹を見て息をのむ。
「……ごめんなさい!ごめんなさい!」
マリィが泣き叫ぶ。くずおれながら、マリィは「ごめんなさい……」と言い続ける。
マリィの嗚咽が止まらない。
リディアは、息をするのも忘れていた。
だが、ガルドは動いた。今にも壊れてしまいそうなマリィを、優しく抱きしめた。
いつも憎まれ口ばかり叩いているガルドが、小鳥も寄り添うような優しい声で言った。
「マリィ、俺はお前の全部を愛してると言っただろう」
マリィの嗚咽が、小さくなる。
「俺は、お前の血肉まで愛してる。お前のお腹の中にいる存在も、お前の一部だ。だから、俺は愛してる。お前の子は、俺の子だ」
ガルドは、一つ一つ確かめるようにゆっくり言葉を紡いだ。そして
「マリィ、結婚しよう」
確かな決意を込めて、ガルドはその言葉を口にした。
「……ガルド……」
マリィは、ガルドの胸に顔をうずめた。さっきまでとは違う涙がその目から溢れた。
「だから言ったじゃないか、ガルドなら大丈夫だって」
ステラが言った。
「この子ったら、堕胎して綺麗な体になる、なんて言ってたんだよ」
その言葉を聞いた時、ガルドは厳しい顔で、それでも優しい声でマリィを叱った。
「マリィ、お前はずっと俺と一緒にいるんだ。勝手なことはもう許さない。自分を大事にしてくれ」
この時代の堕胎手術は、5割以上が命を落とすといわれるほど危険度が高かった。
マリィを愛しているガルドが怒るのも当然だろう。
「それにしても『お前の全部を愛してる』だって?二人きりだと随分恥ずかしいこと言ってるんだねえ」
とステラがからかう。そこには、和やかな空気が流れていた。
リディアも、心から良かったと思った。マリィとガルドを笑顔で祝福した。
だが、貼り付いたような笑顔の下には冷たい陰が芽吹いていた。
家を出て、リディアは夜風に当たった。
胸の奥に、冷たい炎が灯っていた。
リディアは、無表情で暗い感情のこもった声を漏らす。
「ヴァルハルゼン……!」
お読みいただきありがとうございます!
今回の話、決して托卵を推奨するものではありません。
浮気しておいて「愛する女の子供なんだから育てなさいよ」なんて言う図々しい人は嫌いです。
完全なる被害者であり、相手の特定も不可能であり(特定できてもそいつと結婚なんてあり得ませんが)、堕胎手術がとても危険(今も危険ですし気楽に堕胎しろということではありませんが)という背景での物語です。




