落城
ノルデン城を包囲してから2か月が過ぎた。
しかし、城には落ちる気配がない。
攻撃を仕掛けてみても、非常に頑強な抵抗が返ってくる。
それなら兵糧が十分なのか。
いや、そんなことはない。
攻撃を仕掛けた時に抵抗してくる敵兵は、目が落ちくぼみ頬はこけて確かに飢えているはずなのだ。
それなのに、城を落とすことができない。
降伏勧告にも耳を貸さず、抵抗を続けている。
あの兵士の顔を見ると、場内はかなり悲惨な状況になっているはずだ。
それでも、こちらの攻撃はいつも跳ね返される。
城内では、領主のハルトヴィン侯爵らしき将の声が聞こえる。
「こんなところで負けるわけにはいかんぞ!屈するな!抵抗せよ!」
侯爵もろくに食べていないはずなのに、腹の底から絞り出すような声が響く。
その声を聞くと、兵士たちはまるで魔法にかかったように動きが精彩を放つのだ。
その光景を見ていたリディアは、恐怖を感じた。
幽鬼のようになりながらも戦い続ける姿は、何かに取り付かれているかのようだ。
「なぜ……あんなになってまで戦い続けるのでしょう」
「忠誠心の厚い男の下に忠誠心の厚い兵が集まったのだろう」
この城に籠っているのは寄せ集めの兵ではなくハルトヴィン侯爵の配下の兵だ。
主の教育が行き渡っているのか、一人たりとも降伏をしようとしない。
「でも……どうやって。人は食べなければ動けないはず」
「ネズミや虫、草の根や木の皮まで食べ尽くしているのだろう」
ゼノは、さらなる悲劇を脳裏に描いていた。
だが、それはリディアに言えることではなかった。
城内に入ればいやでも目に入るかもしれないが、できればそんなことは起こっていて欲しくなかった。
そして、ハルトヴィン侯爵を救おうとする周辺領主からの襲撃も続いた。
それはどんどん兵も少なくなり、運んでいる兵糧もわずかなものになっていった。
それでも周辺領主は、諦めることなく攻めかかろうとしてきた。
その執念が、かえって悲壮さを際立たせた。
それから7日もすると、攻めかかった時に抵抗する兵の数が減っていった。
動けないのか……餓死してしまったのか。
「どうして!どうして降伏をしないのです!」
リディアは、叫ばずにはいられなかった。
「強過ぎる忠誠心っては、時に悲劇を呼ぶのさ」
ガロが皮肉気に吐き捨てる。
「グラウベルトに、そこまでする価値があるのでしょうか」
「代々仕えてきた貴族ってのは、個人的な好悪だけじゃ忠誠心を変えたりしねえ。まあ、ここまでやる奴は多くないと思うけどな」
***
やがて、ノルデン城は落城した。
城門が開いた時、生きている者は一人もいなかった。
最後には兵と共に戦っていたハルトヴィン侯爵の遺体も、城壁の上で見つかった。
そして、ゼノの想像通りのことが起こっていた。
城内は草も木の皮も食べ尽くされていた。
死体もそこかしこに倒れている……不自然に切り取られた跡の残る死体が。
「……これは、もしかして」
リディアが、肩を大きく上下し息を荒くしながら言った。
「人が……人を……」
「食べられるものは、何でも食べる。そうしないと、戦えない」
硬い顔でゼノが言った。
「そこまでする必要がどこにあるんです!?領主はまだしも、兵までそれに殉ずる必要はあるのですか!?」
「そういう者もいる、ということだ」
「こういうことも想定内なのですね、戦というものは」
戦い続けるというリディアの決心は揺らいでいない。
それでも、あまりにも悲惨過ぎる。
ここまで追い込んだ自分たちが悪いのか。
降伏を許さなかったハルトヴィン侯爵が悪いのか。
平和を乱したグラウベルトが悪いのか。
何にせよ、こういう悲劇をなくすために戦わなくてはいけないのだ。
そう思っても、リディアのショックは大きかった。
これに慣れなくてはいけないのだ、とリディアは自分に言い聞かせた。
涙は、出なかった。泣いてはいけないと思った。




