表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/30

聖獣が導くもの

ルナが突然、村を飛び出し森の奥へと走り出した。

その後ろ姿を見たリディアは咄嗟に追いかけた。

普段は穏やかなルナの急な行動には何か理由があると直感したからだ。


森の中は冷たい風が木々を揺らし、落ち葉がカサカサと音を立てている。

リディアは必死に足を進め、やがてルナがじっと見つめる先に目を向けると、そこには一人の年老いた猟師が倒れていた。



その猟師の名前はガロ・エルフォルト。村の人々から距離を置かれ、長い間人との関わりを避けてきた偏屈な人物であった。


リディアが村人から聞くところによると、ガロは数年前に独断で山の石を崩し、それによって一部の田畑が水を被ってしまったらしい。

それに対して村人たちは「勝手なことをして収穫を台無しにした」と怒りを向けた。


だがその話を聞いた時、リディアの頭の中には「山の石を崩して何かその人の得になることがあるだろうか」という考えが浮かんだ。

そして、その正確な年を聞いた時に合点がいった。


その年は、ここら一体の河川が氾濫をした時期だ。

もしかすると、ガロはそれを察知して水の流れを変えたのではないか。

ガロがそれをしなかったら、村全体が水浸しになっていたことも考えられる。


さらに村人は言う。「あいつが勝手に危険な罠を仕掛けたせいで、うちの羊がそれにかかって動けなくなっちまったんだ」


だが、さっきの話と合わせるとリディアは腑に落ちなかった。

普通に獲物を獲るだけなら、わざわざそんな危険な罠を仕掛ける必要などない。


そこでリディアが記憶をたどってみると、この村から少し離れたところに危険な猛獣の生息地帯があることを思い出した。


その猛獣がこの辺りにまで進出してきていたのではないか。


その猛獣から村を守るためにガロは危険な罠を仕掛けたのではないか、とリディアは考えたのである。


王都にいた頃のリディアは、ほとんど領民と接するようなことはなかった。

だが未来の王太子妃として、国内の情報については熱心に学んでいたのだ。

だから、ガロの行動と自分の知識を照らし合わせることができた。


村人はガロを自分勝手な偏屈者として扱っていたが、リディアにはそうは思えなかった。


ただガロに話しかけようとしても取り付く島もなく、他の村人に止められることもあって今まで接する機会がなかったのだ。


そんな老猟師のガロが、目の前で倒れている。

リディアはためらわずに駆け寄り、ガロに向かって話しかけた。


「大丈夫ですか?どこか痛いところはありますか?」


彼女は静かに声をかけながら、持っていた薬草を取り出し手当を始めた。

だがガロは弱々しく首を振り、


「俺のことなんか放っておいてくれ」


と拒絶の言葉を吐き出す。


その冷たい態度にもリディアは怯まず、手当を続ける。


そんな様子をそばで見守っていたルナは、ガロの傍から離れず静かに寄り添い、優しい瞳で見つめ続けた。


ガロはその静かな存在に徐々に心を動かされた。

人に懐かないと言われる聖獣が、自分を優しく見つめている。

ガロは、何となく自分が許されているような気がした。その心が、猟師の口を動かす。


「迷惑をかけてすまない」


「いいんですよ。ところで、今は何をしていたんですか?」


「……」


どうにもこの猟師は口下手なようだ。

そこで、リディアは話題を変える。


「7年前、あなたは川の氾濫を察知していたのではないですか?」


リディアは、正確な年数も覚えていた。その言葉に、ガロは驚きの目を向ける。


「それに、ここから少し離れたところに猛獣の生息地がありますね。

それがこっちに出没したこともあるのでは?

あなたが川の石を動かしたのも、危険な罠を仕掛けたのも、村のためを想ってのことだったのでしょう?」


だが、ガロは自嘲するように言った。


「それでも村の者に迷惑をかけたのは確かだ」


「でも、あなたが何もせずにいたら村はもっと酷い被害に遭っていました」


「言い訳は好きじゃねえ」


「それにエルフォルト家は確か……」


そういった時、ガロは慌てて口を挟む。


「それ以上は言わないでくれ。嘘をつくと後でぼろが出ちまうかもしれねえし、どうせ知ってる奴もいないだろうと思っていたが、あんたは物知りなんだな」


「考え方がノブレス・オブリージュ(高い社会的地位には義務が伴うこと)ですものね」


「ずっと偏屈なじじいでいいと思っていたが、わかってもらえるってのは嬉しいもんだな」


ルナはそんなガロの傍で優しい鳴き声を上げる。それは、何かを伝えようとしているようだった。

それを目を細めて聞きながら、リディアは彼の手を握る。


「あなたは偏屈なんかじゃありません。口下手なんです」


と少しおどけて話しかけた。


「確かにな」


さっきとは違う穏やかな声色で、ガロは自嘲の言葉を口にした。


ガロの表情は少しずつ和らぎ、やがて「もう一度村へ戻ってみるか…」と呟いた。

リディアはすぐに村へ運ぶ準備を始め、ルナも猟師のそばで静かに歩調を合わせた。


森を抜けて村に着くと、村人たちは驚きの表情を見せたが、リディアの説明と猟師の姿に次第に受け入れる様子を見せ始めた。


「ちゃんと説明してくれりゃ良かったのに」


村人の一人が、ガロにそう言う。

するとガロは


「面倒臭い」


と一言だけ返す。以前の村人は、そんなガロに嫌悪感を抱いていた。

だが、村のことを大事に想っていることがわかればそれはただのツンデレだ。


それから猟師は再び村人たちと向き合い、過去のわだかまりを少しずつ溶かしていった。


そんなある日の夕暮れ、ガロはルナの頭を撫でながらぽつりと言った。


「お前のおかげかもしれないな」



ガロを村に運んだ日の夜、リディアはルナと一緒に食事をとりながらつぶやいた。


「エルフォルト家……か」


それは、ずいぶん前に政争に負けて消えていった由緒正しき貴族の家名だった。


面白かった、続きを読みたい、

と思っていただけたら

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちをお聞かせください!

ブックマークもしていただけると本当にうれしいです。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ