再起
エリザベートは、子供の頃のことを思い出していた。
***
ゼノお兄さま、レオン、そして私。
三人でよく遊んでいた。
レオンは時々ゼノお兄さまに嫉妬していたけれど、みんな仲が良かった。
あの頃のレオンは、三歳年上のゼノお兄さまに追いつこうと必死だった。
同い年の子の中では剣も勉強もよくできる方だったと思う。
でも、周りの大人たちがレオンにゼノお兄さまの悪口を吹き込み始めてから、何かが変わった。
——「庶子のくせに」
その一言が、二人の間に深い溝を作った。
ゼノお兄さまはいつも寂しそうに笑っていた。
私はそんな空気が嫌で、だんだん二人から距離を置くようになった。
2人の王子と遊んでいた頃、その父親のガラハルト王にも遊んでもらうことがあった。
私は、ガラハルト王をおじ様と呼んで慕っていた。
王太子レオンの婚約者がリディアに決まった時、一応、私も候補に挙がっていたらしい。
人々は「エリザベートは傲慢でわがままだから」と噂したけれど、おじ様はきっと、私がゼノお兄さまのことを好きだったのを知っていたのだと思う。
……まあ、傲慢でわがままだったのも事実だけれど。
だから、レオンの婚約者になれなくてもがっかりはしなかった。
むしろ、リディアの方が大変だろうなって、他人事のように思っていた。
でも私は、父を救うためにリディアを陥れた。
ヴァルハルゼンの者たちの言葉に乗せられて——いや、違う。
乗せられたのではない。自分の意志で、父のために罪を犯した。
そんな私を、リディアは救ってくれた。
あの時、彼女は何も責めず、ただ微笑んでいた。
その笑顔が胸に刺さって、私はようやく気づいたのだ。
——ゼノお兄さまとリディアには、幸せになってほしい。
——そして、私も幸せを諦めるべきではない。
レオンは、元々駄目な人ではない。
ただ、周りに良くない人が集まって、心を濁らせてしまっただけ。
まだやり直せるはず。そう信じた私は、王太子の部屋の扉を叩いた。
「レオン、私を幸せにしなさい!」
勢いよく扉を開けて言うと、レオンは目を丸くした。
「な、何を言い出すんだ、一体……」
「子供の頃、ずっと私に好かれようとしてたじゃない。
ゼノお兄さまと張り合ってまで。」
「そんな昔のことを……」
レオンはそっぽを向いて、声を小さくした。
「好きな子と結婚できたのに、どうしていいところを見せようとしないの?」
彼は黙ったまま俯いていた。
私は畳みかけるように言った。
「ゼノお兄さまに会ってどう思った?」
「庶子のことなんか、どうでもいいよ」
「“血筋以外ゼノに勝てない王太子”でいいの?」
その瞬間、レオンは顔を上げて憤然とした。
「誰がそんなことを言ってるんだ!」
「みんな思ってるわよ。
今のあなたは遊んでばかりで、政治は私と大臣任せ。
その間にゼノお兄さまは国境を取り戻したの。
——しかも、一度奪われた原因は私たちの失態。
寝返った領主たちを止められなかったんだから。」
レオンは唇を噛みしめた。
「ゼノお兄さまが望まなくても、周りが彼を担ぎ上げたら国が割れる。
でも、あなたがしっかりしていたら、そんなことにはならないのよ」
「そんな動きが……あるのか?」
「いつそうなってもおかしくないの。
それくらい、あなたは侮られてるのよ。」
「くっ……たかが庶——」
「やっぱり、血筋しか取り柄がないの?」
「……」
「リディアだったら、こんなこと言わないでしょうけどね。
私と婚約したこと、後悔してる?」
レオンはしばらく沈黙した後、小さく息を吐いた。
「いや……僕には、君みたいな人が必要なんだろうな。
それに——そんな君のことが、好きだったんだし。」
「今の私は? 好き? 嫌い?」
「ふふ……昔に戻ったみたいだな。
久しぶりに楽しい時間を過ごした気がする。」
「答えを聞かせてもらってないんですけど?」
「君にいいところを見せられるよう、頑張るよ。
とりあえず、今の国内情勢について教えてくれ。」
「はっきり答えなさいよ!」
「嫌だよ、恥ずかしい。……でも、君を幸せにする。」
私は、思わず笑ってしまった。
「……まあ、それでいいか。」
レオンが苦笑いしながらつぶやく。
「……これからは尻に敷かれそうだな。」
「私は傲慢でわがままな公爵令嬢ですからね!」
***
こうしてゼノとリディアの知らないところで、少しだけ王都に希望の灯がともったのだ。
お読みいただきありがとうございます!
番外編のような、エリザベートの一人称視点のお話しです。
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