二人
ゼノとリディアは、国境に戻ってきた。
ヴァルハルゼン侵攻の許可を得たゼノは、軍勢の編成を話し合っている。
リディアは、ミルファーレ村に顔を出した。
略奪された物資に関しては、国から補償してもらえることになっている。
エリザベートが、そのような仕組みを作ってくれたのだ。
戦に駆り出された男たちも、みんな無事に帰ってきている。
リーダー格のローデン、そして城を落とせた功労者とも言えるガルドもだ。
ガルドは相変わらず憎まれ口を叩いているが、あの時の働きのせいで好意的に見られるようになっている。
そのガルドが、こそこそと物陰に隠れて何かを見つめている。
「こんにちは、ガルドさん」
リディアが声をかけると、ガルドは飛び上がらんばかりの反応を示した。
「な、なんだリディアちゃんか……驚かすなよ」
「何を見ているんですか?」
そう言って身を乗り出すと、そこには女性たちが洗濯をしている姿があった。
若い女性2人と少し年配の女性1人が、談笑しながら洗濯物を干している。
自分の家のものだけではなく、協力し合うのがミルファーレ村のやり方だ。
あの明るく笑っているのはマリィ。隣で世話を焼いているのがリエラ、少し離れて落ち着いた様子の女性がステラ。息子がもう十五になると聞いた覚えがある。
リエラもまだ子供はいないが結婚していた。
マリィだけが独身なのだ。
リディアが手を振って3人に近づいていき、洗濯を手伝い始めた。
その後から、ガルドもついてくる。
「おや珍しい、手伝いにきてくれたの?」
マリィがそう問いかけると
「何となく歩いてたら通りがかっただけだ」
と言いながら不器用な手つきで洗濯物を干し始める。
「下手くそだねえ、こうやるんだよ」
マリィに怒られながら、ガルドは赤い顔をして言いなりになっている。
それを見ながらリディアは他の2人に問いかけた。
「ねえ、もしかしてガルドは……」
「そりゃもう見た通りだよ!」
リエラは顔の前で手をひらひらさせながら笑った。
そしてもどかしそうに
「でもなかなか進展しないんだよねえ」
と続ける。
「恋愛ってのは恋するものとされるものが鈍いもんなんだよ」
ステラが訳知り顔で言う。
「マリィに『ガルドはあんたのことが好きなんじゃないの?』って聞いてみたら『そんなことあるわけないじゃないですか!』って笑い飛ばされたよ」
その後、少し切なげな顔になって続ける。
「『私みたいながさつな女、好きになってくれる人なんているわけないです……』だってさ。早く幸せにしてやればいいのにってガルドが憎らしくなったよ」
リエラも勢い込んで話す。
「うちの旦那がガルドに『お前マリィのことが好きなのか?』って聞いたら『そ、そ、そ、そ、そ、そんなことあるわけねえだろ』って!本気で気づかれてないと思ってるんだねえ」
ガルドは素直じゃないし、マリィはあまり自分に自信がない。
だから2人の関係はなかなか進展しないが、周りはそんな恋模様を微笑ましく見守っているようだ。
「幸せになる人が増えてくれればいいな」
洗い立ての布が風に揺れて、陽の光を受けてきらりと光った。
村には、笑い声と水音が満ちている。
ほんの少し前まで、戦の影が覆っていたとは思えないほどだ。
リディアはそっと目を細めて、その光景を胸に刻む。
——この穏やかな日々が、どうか長く続きますように。
リディアは、ほっこりした気持ちでミルファーレ村を後にした。
お読みいただきありがとうございます!
国境に戻ってきたのにまだ戦いません。
多分明日も戦いません。




