決意
グラウベルトは、国境から少し離れた砦に逃げ込んだ。
兵は散り散りになっていて、国境を取り返せるような状況ではない。
グラウベルトの腸は煮えくり返っていた。
「なぜ負けたのだ!何がいけなかった!?」
これまでの準備にどれだけ時間と金をかけたことか。
グリモー侯爵を始め国境周辺の領主を寝返らせ、国境騎士団の兵糧を奪う。
その前には疫病を流行らせようともしたのだ。
全てが順風満帆というわけではなかったが、かなりのダメージをラグリファル王国に与えられると思っていた。
実際に国境は簡単に落ち、その周辺までヴァルハルゼン王国の勢力圏に入れることができたのだ。
やはりその後の、エルバーン伯爵の砦を落とせなかったことが大きい。
グリモー侯爵の領地に堅固な砦でもあれば、そこで周辺を慰撫することもできただろう。
そのどちらかで腰を据えることができていれば、じわじわと侵食することもできたのだ。
しかし、砦を落とすどころか夜襲によって散々に追い回され、国境の城を守ることすらできなかった。
特に国境の城に関しては、なぜ落とされたのかがわからない。
十分に守れるだけの戦力も備えもあったはずだ。
そこで調べてみたところ、兵として狩り出した村人が中から門を開けたらしい。
「愚民共が!何も考えずに我にしたがっておけば良いものを!」
この屈辱は必ず晴らさなくてはならん、グラウベルトは心に誓った。
***
国境を取り戻したラグリファル軍は、勝利の美酒に酔っていた。
相手の備えや兵力を考えると、かなり攻めあぐねるだろうと覚悟していたからなおさらだ。
今回の功労者は、ミルファーレ村の人々だった。
彼らが城門を開かなかったら、こんなに早く城を落とすことはできなかっただろう。
「褒美は期待していいぞ」
そうゼノが言うと、村人は大いに沸き立った。
リディアも、村人の無事を喜んだ。
「本当に、みんなよく無事で……」
そう言いながら涙ぐむリディアに、ローデンが言った。
「相手も俺たちと同じ農民だったんじゃねえかな。それほど殺気もなかったし」
「確かに、ヴァルハルゼンの正規兵が相手だったらこうはいかなかっただろう。今回の働きには感謝するが、もう無茶はしないようにな」
ゼノがそう言うと、リディアもうなずいた。
そして、きっぱりと言い放つ。
「もう二度と無茶をしなくて済むように、戦のない世の中にしなくてはいけません」
「そりゃあそれが理想だが……」
そう言いながらゼノがリディアの顔を見ると、そこには自分を見つめる真剣な眼差しがあった。
これは単なる希望や理想を口にしているのではない。
本当に戦のない世を実現させる、とリディアは決意しているのだ。
「このままグラウベルトを好きにさせておいたら、また攻めてくるでしょう」
そうだ、ヴァルハルゼンを討つと自分は言ったのだ。
王の子として、みなが安心して暮らせる世の中を作るために。
リディアが笑顔で暮らせるように。
今はまだ、国境を取り返しただけだ。
ヴァルハルゼンに寝返った周辺領主の動向も定かではない。
ここで満足している場合ではないのだ。
「とはいえ、王都に知らせておかねばなるまいな」
ゼノは、庶子とはいえ王太子レオンの兄である。
勝手に兵を動かすと、謀反を疑われかねない。
「私は、グラウベルトを許すことができません」
リディアの脳裏には、ミルファーレ村で見た人々の顔が浮かんでいた。
略奪され、乱暴され、男たちを連れて行かれた絶望の顔を。
男たちは無事に帰れることになったが、失われたものも多い。
そんなリディアの顔を見て、ゼノも決意を新たにするのだった。




