胸を張れる勝ち方
「ただいま戻りました」
ミルファーレ村に向かったリディアが戻ってきた。
だがその顔は暗く、今にも泣きだしそうだった。
その顔を見ただけで、ゼノには何があったのか察しがついた。
「リディア、これが戦いというものだ」
「じゃあ、ゼノも略奪とか……酷いことをするの!?」
「騎士団はそんなことはしない。そして、私の目の届くところにいる兵にもそんなことは断じてさせない」
それからゼノは、表情を変えずに続けた。
「ガラハルト王も、そのようなことはさせなかった。だから多くの者を味方につけ、ラグリファル王国を強くできたのだ」
「そう……ですね。ガラハルト様はそのような方でした」
その名を口にした瞬間、胸の奥が温かくなった。
自分を王太子妃にと言われた日のことを思い出す。
呼びつければ済むものを、忙しい王がわざわざリディアの父・マクレイン伯爵の屋敷に来て言ったのだ。「娘さんをください」と。
その言葉を聞いた時、父と2人で顔を見合わせてポカンとしてしまった。
それは「王太子の婚約者になって欲しい」という時に言う言葉ではない。
ガラハルト王には、そんな茶目っ気があった。
そのガラハルト王が病に伏してから、随分長い時間が経つ。
元気になられた時に失望することのないように、そう思って一生懸命努めてきた。
しかし、自分は追放されてしまった。
あの頃は「感情を表に出さない冷たい女」などとも言われていたけれど、村の人たちとの触れ合いの中で、ゼノとの触れ合いの中で、自分は変わったと思う。
今の私を見たらガラハルト王は何と言われるかしら、などと考えることもある。
「きっと『今の方がいい』と言ってくださるに違いないわ」
そんな事を考えて眠りにつく夜もあった。
ミルファーレ村での生活は、追放されて打ちひしがれていたリディアをそこまで前向きにさせてくれたのだ。
リディアは脳裏にいろいろなことを浮かべながら、言うべきか迷っていたことを口にする。
「ミルファーレ村の人々が、ヴァルハルゼン軍に徴発されたそうです」
その可能性もゼノは考慮に入れていた。だから、驚きはなかった。
しかし、戦慣れしているゼノは仕方がないことだと思っていた。
——国境を攻撃することで、ミルファーレ村の人を殺してしまうかもしれないこと。
……それが戦なのだ。
いや、違う。略奪や乱暴をしなくても、それでは本質的にヴァルハルゼンの兵と変わらない。
平和になった時に、ミルファーレ村の人たちに顔を合わせることができるだろうか。
兵糧が届かなかった時に、少ない蓄えを騎士団に分け与えてくれたあの人たちに。
「村の人たちを、救わなくてはな」
そうだ。ただ勝てばいいというものではない。
胸を張れる勝ち方をしないとリディアに顔向けできない。
ずっとリディアの横にいるためにも……そうゼノは誓った。
***
その二日後、ラグリファル軍は国境の城の前に到着した。
ヴァルハルゼン王グラウベルトは、既に守備の態勢を整えていた。
援軍の5日の遅れがなければ、もっと落としやすかっただろう。
グラウベルトは、城から敵陣の様子を見ていた。
「ふうむ、隙のない陣だのう」
いつまでもここに籠っているだけでは埒が明かない。
自分はラグリファル王国を奪いに来たのだ。
国境を取れたのは多少の前進だと言ってもいいが、これまでの用意を考えると割に合わない。
「何とかして敵を討ち破って攻勢に出なくては、な」
決死隊を募って指揮官を暗殺させるか、兵糧に毒を混ぜるか、裏切りを誘うか……
どれも現実味がなさ過ぎる。
敵が警戒していないはずがない。
その時だった。上空から声がしたのは。
「卑劣なヴァルハルゼンの者どもよ!聖獣の怒りが、必ずそなたらを討ち滅ぼす!」
ルナに乗ったリディアが、再び敵の頭上から宣言する。
エルバーン伯爵の砦でもやったことだが、ここにはあの時いなかった兵も増えている。
何より、ミルファーレ村の人たちに自分の存在を知らしめたかった。
エルバーン伯爵の砦で戦っていた者たちの中に、怯えが芽生える。
あそこにいた全員が、身体が自由に動かなくなる体験をしたのだ。
それはグラウベルトも同じだったが、さすがに怯えることはなかった。
ただ、味方の士気を下げるあの獣の存在が許せなかった。
「何をしておる、射ち落とせ!」
そう叫んだが、ルナを恐れている者はなかなか弓を持とうとしない。
ルナのことを知らない、新しく加わった兵がパラパラと弓を放つ。
だが、ルナは悠々とそれをかわす。
「聖獣に楯突きおったな!そなたらの身には呪いが降りかかるであろう!」
リディアはそう叫んで戻っていった。
この一連の行為が、ヴァルハルゼン軍に大きな影響を与えていた。
お読みいただきありがとうございます!
少しペースが乱れてしまいましたが、また毎日投稿を続けていきたいと思います!




