出陣前夜
グラウベルトは、国境に籠って兵の集結を待った。
ここまで逃げてこられた兵は、結局5千にも満たなかった。
領主軍も合わせて2万の兵で国境騎士団を追い落としたのは、つい先日のことだった。
いくつかの計算違いはあれど、意気揚々とラグリファル王国に侵攻し、やがては併呑するつもりでいた。
一気に首都まで攻め入ることはできずとも、エルバーン伯爵領を手中に収めて周辺領主を調略すれば自然と靡いてくる者も増えると思っていた。
しかし——
「何だこの様は!」
グラウベルトは怒りに震えていた。
プライドの高いグラウベルト王は、この屈辱を必ず晴らしてやると誓った。
しかし、まずは目の前のことを片付けなくてはいけない。
最低でもこの国境は守り通す必要がある。
本当なら、グリモー侯爵領で敵を止めたかった。
それを果たせなかった今、グリモー侯爵と共にこちらに寝返った領主たちも動揺している。
ラグリファル王国を裏切った彼らに討伐軍が派遣されても、ここからでは支援すらできない。
支援どころか、5千に満たない兵でこの国境を守り切れるかどうか。
この城は、ラグリファル王国がヴァルハルゼンへの備えとして築いた国境の要塞だ。
つまり、ヴァルハルゼン側からの攻撃を防ぐ作りになっている。
だから領主たちが寝返って裏手から攻められるとわかった時、国境騎士団は一戦もせずに逃げ出したのだ。
今度はこちらが裏手から攻められる側になってしまった。
今は敵も兵力が少ないが、やがて援軍が到着するだろう。
エリザベートの父ハロルドにもっと援軍を長く引き止めさせれば良かったと悔いたが、今さらそんな事を言っても遅い。
「備えを固めよ!」
ラグリファル王国側からの侵入口を塞ぎ、城壁を整備し、濠を掘る。
数日の余裕があるはずだから、それを計算してできることをやった。
この近辺のヴァルハルゼン側の領主にも兵を出すよう命令した。
こうしてグラウベルトは、急ごしらえではあるが整備された城と1万の兵士を準備することができた。
時間があればもっとやりたいことはあったが、敵も国境を取り返すために進撃してくる。
「ここを取り返されたら、今までの苦労が水の泡だ」
グラウベルトは、決意を固めて南の空を睨んだ。
***
王都からの援軍が到着した日の夜、ゼノは援軍を率いてきた者を呼び出した。
「予定より到着が遅かったようだが、何か不都合でもあったか?」
「いえ、エリザベート様のご指示でしばらく待機するようにと」
そう言ってその男はゼノに命令書を渡した。
「王都に不穏な動きあり、5日間その場で指示を待つように」と書いてある。
「ふうむ……それで不穏な動きと言うのは?」
「いえ、結局何のご指示もいただけませんでしたので、急いでこちらに向かった次第でございます」
それ以上は特に有益な情報もなかったので、ゼノはその男を下がらせた。
それからリディアとエルバーン伯爵、ガロ、ヴォルドを呼び出した。
「国境救援の軍を引き止めなくてはならない不穏な動きとは何だろう?」
とゼノは相談する。
それに対してリディアとガロは、王都に協力者がいることを明かした。
「私とガロが王都にルナのことを調べに行った時、ユリウス・グレイという人と知り合ったの。王太子付きの諜報官で、目端の利く人よ」
「ただ王太子に疎まれちまってな。ヴァルハルゼンの謀略に気づいてたのに、取り合ってもらえなかったらしい。そこで俺たちと協力することになったのさ」
「国境に届くはずだった兵糧がグリモー侯爵領で売られてしまったことも突き止めていたわ」
そしてリディアとガロは、確信をもって言った。
「援軍を引き返させるような異変があったら、必ず連絡してくるはず」
王都で異変が起こり、それから軍に命令書を出す。
そこで軍が5日間停泊し、さらに軍を動かしてここに到着する。
輜重隊を伴う軍の進軍速度を考えれば、連絡を送る時間は十分にあった。
リディアも折を見て居場所や状況を伝えているので、あちらから連絡がないはずはない。
「だとしたら、王太子の婚約者たるエリザベートがなぜこんな命令を……」
「今ここで考えても答えなんて出ねえと思うぜ。ユリウスの方には俺から手紙を書いておくから、その返事を待ちな。それも気にはなるが、今は国境の方が先だ」
「うむ、援軍諸君には着いたばかりで申し訳ないが猶予はない」
そうして翌朝、1万5千の援軍と騎士団1千はエルバーン伯爵領を後にした。
お読みいただきありがとうございます!




