出陣
ゼノの副官ラミーユが討たれた日、グラウベルトにとってはバルツ将軍が討ち死にした日でもあった。
それから三日間、グラウベルトは動かなかった。
グラウベルトは「猪武者」と呼んで心中で蔑んでいたが、他の者の動揺が大きい。
それに、グリモー侯爵も戦死している。
寝返ってきた領主たちの中心的存在の侯爵が死んだのだから、こちらも冷静ではいられないだろう。
死者に情をかける温かさも演出しておかなくては、人心はつかめない。
また、出来るだけ自分の兵ではなく寝返ってきた領主の兵に戦わせたいという思惑もある。
だから領主の兵を休ませる意味もあって、グラウベルトは逸る気持ちを抑えたのだ。
その間に、バルノア子爵から西の森の抜け道の情報が得られた。
そこに偵察を送るための時間も欲しい。
寝返ったばかりの子爵の言葉を鵜呑みにするほど、グラウベルトは単純ではない。
その結果、偵察に行った者によると
「警戒している兵はちらほら見えましたが、特に怪しいところはなさそうです」
とのことだった。
「……警戒しているということは、そこを通られると困るということか。いや、何かの罠を張っている恐れもあるな。やはりそこに領主の兵を向かわせるか」
グラウベルトは作戦会議を開き、バルノア子爵もそこに呼んだ。
そして、西の森の抜け道から攻め込むように命じた。
子爵は手柄を立てる機会を与えられたことを大いに喜び、勇んで自陣に帰っていった。
そして、出陣の日が訪れる。
ヴァルハルゼンの軍のうち5千が砦を正面から攻める手はずだ。
「今日はバルツ将軍の弔い合戦ぞ。心してかかれ!」
グラウベルトの檄に、将兵たちの士気が上がる。
こうして、合戦の火ぶたが切られた。
***
実は、西の森の抜け道をグラウベルトに教えることを思いついたのはバルノア子爵本人ではない。
それは、子爵の家来の進言だったのだ。
さらに言うと、それはゼノの差し金だった。
国境の守備隊長であるゼノは、周辺領主とも顔見知りだ。
当然先日西の森の抜け道で敵と相対した時も、その相手がバルノア子爵だとわかっている。
そして、その家来も子爵と同様欲の強い者が多い。
身軽なものに接触させ、小金を渡して抜け道の進言をするように仕向けることは難しくなかった。
それと並行して落とし穴やその周辺に仕掛けを施し、戦の日を迎えた。
策を練ったとはいえ、みな緊張を隠せなかった。
3千に減ってしまった兵でどこまで戦えるのか。
敵にも痛撃を与えたとはいえ、兵力差はかなりのものだ。
それに落とし穴がうまくいくのか。
作戦の発案者であるリディアは、唇を固く噛み締めた。
「敵襲です!」
その言葉で、みなが弾けるように立ち上がる。
正面からの攻撃は、しばらくの間は防げる。
やがて、
「敵の一団が西の森に向かっています」
という報告が入った。
ゼノが心配そうにリディアに言う。
「本当に大丈夫か?」
「はい、ルナにも働いてもらいますから私が行かないと。ゼノ様はここを守り通して下さいまし」
こればっかりは譲ってはいけない、とリディアは思っていた。
自分の責任でこの任務をやり遂げる、そう決意していた。
西の森の抜け道からやってくる敵に追い打ちをかける500の弓兵、その指揮を自分が執ると言ってリディアは聞かなかった。
危険だからと皆が止めたが、ルナは私の言うことしか聞かないからと頑として折れなかった。
そして、リディアが行く時が来た。
ルナは、先に森の中に潜伏している。
ほぼ成体となったルナは、4m近い大きさとなっている。
そんな獣が動くと目立つので、森の木をルナに合わせて切り倒し、そこにちょこんと収まってもらっているのだ。
軽めの鎧を身につけたリディアは、とても凛々しく美しかった。
ゼノはその姿に見とれそうになりながらも、「こんなことはさせたくない」と思わざるを得なかった。
心配で心配で仕方ないゼノに笑顔で手を振り、リディアは弓隊を率いて出陣した。
お読みいただきありがとうございます。
もう少し話を進めたかったのですが、長くなりそうなので明日に回しました。
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