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苦悩

「グリモー侯爵が討ち死になされました!」


その報告がヴァルハルゼン王グラウベルトの下にもたらされたのは、日も傾きかけた頃であった。

侯爵から増援要請があり、2千の兵を送った。

戦上手なグリモー侯爵のことだから、9千対4千なら勝てるだろうとグラウベルトは思っていた。


しかし、結果は違っていた。


「詳しく報告せよ」


グラウベルトは、伝令兵に水を与えて語らせた。

話によると、一時は砦を陥落寸前まで追い詰めたらしい。

だが、一瞬自軍の兵士の全てが動きを止めた、いや“止められた”。

この伝令兵も、それを経験したのだ。


それによって混乱は起こったが、侯爵の檄によって兵士は落ち着き、再び火の出るような攻撃を始めた。

その矢先、侯爵が討ち死にしたという声が戦場の方々で上がったのだ。

もちろんそれは、山賊たちが広めた話だった。


兵士たちは散り散りになって逃げ始めたが、侯爵の腹心とも言える指揮官が何とか兵をまとめて粛々と退却をした。

そのためか相手に余力がなかったのか、追撃がなかったので損害はそれほど大きくはない。

一般兵士というものは、一時的に逃げ散っても旗が立っていればそこに戻ってくるものだ。

ましてやここはある程度ラグリファル王国内に進んだところであるから、簡単に母国には帰れない。

そのため、兵力の損害は意外なほどに少ない。


ただ、グリモー・ハルデン侯爵を失った。

本来ならもっと活躍できる能力があっただろうに、とグラウベルトは思った。

結局彼はラグリファル王国を裏切り、館を焼かれ物資を奪われ功を焦って討ち死にをした愚かな将として語り継がれるのだろう。


「いや、わしが歴史を書く立場になったなら良い評価を与えてやっても良いな」


などと考えながら、グラウベルトは気になる点を下問した。


「兵士の動きが止められた、というのはどういうことだ?」


「はっ!実は戦場に聖獣が現れ、その目が光ったかと思うと我々は動けなくなったのです。敵軍は動けるのにこちらだけ動けない、数秒間そんな状態に陥りました。そこから立ち直ったかと思ったら侯爵が討ち取られたと……あれは聖獣様の力なのかもしれませぬ」


「聖獣……」


確かグリモー侯爵が山賊を攻めて敗退した時も、そのようなことを言っていた。

その時は王を選ぶ獣など笑止千万と笑い飛ばしたが、二度目となると気にはなる。

現に目の前の兵士も、聖獣「様」と呼ぶようになっている。


「その聖獣とやらはその時突然現れたのか」


「いえ、戦の前日から空を飛び回り、当日も空を飛んだり砦に降り立ったりしておりました」


本当は雹を降らせたりもしていたが、この兵士のところには届かなかったのだろう。

また、北国育ちのヴァルハルゼン兵には雹が珍しいものではなかったため、それほど話題にもならなかったのだ。


とにかく一度相まみえてみないと何もわからん、とグラウベルトは思った。

それに、敵に援軍が到着する前にこの砦は奪っておきたい。


「明朝出陣する。準備をしておけ!」

「ははっ!」


一緒に報告を聞いていたヴァルハルゼン軍の将軍が、一斉に声をそろえた。


***


ヴォルドとゼノは、ずっとリディアに引っ付いている。

お互いに抜け駆けはさせまいとしているかのようだ。


「ゼノにも意外に嫉妬深いところがあるんだな」


とガロは笑っていた。ヴォルドは、どう考えても恋敵として意識する年齢ではないのだ。

それなのにヴォルドとリディアが談笑していると、ゼノは面白くなさそうな顔になる。


「だがヴォルドがいるおかげでゼノも嬢ちゃんと一緒にいやすくなってるな」


確かにヴォルドがいなければ、ゼノは自分の騎士団を離れなかっただろう。

侯爵を討ちとったとはいえ、まだグラウベルトの軍も近隣領主の軍も近くに布陣している。

気を抜いていい状況ではないのだ。


実際にゼノはヴォルドとリディアと一緒にいながら、副官がやってくるとてきぱきと指示を出している。

その際はヴォルドも軍の編成方法や使われている合図、戦の呼吸などについて的確な質問をしている。


「こいつら実際に戦ったら見事に息の合った連携を見せるかもしれん」


とガロが思うくらい戦について話す時の2人は、憎まれ口を叩き合いながら互いを理解していっているように見える。

2人ともリディアの傍にいてもサボっているわけではないし、何となく面白いのでガロはこの状況を放っておいた。


そんな引っ付き虫の傍で、リディアは思い悩んでいた。


「マクレイン様どうなさったんで?頭なんか抱え込みやがりなすって」


「敬語も使えない奴がリディアに近づくな!それよりもリディア、悩みがあったら聞かせてくれないか」


2人の言葉にも、リディアは生返事を返すだけだ。

実はリディアは、ルナのことで悩んでいた。


あの時ルナは、刺客に襲われた時のように敵兵全員を失神させるつもりだったのか。

一瞬敵の動きが止まったことでこちらが有利になったが、その後すぐに巻き返された。

そこでガロが侯爵を討っていなかったら、味方は多大な損害を出していただろう。


「それは、私の責任だ」


それでも血を吹き出しながら力を使うルナを、止めずにはいられなかった。

ルナの命と人の命——以前にも同じことで悩んだことがあったが、答えはまだ出ていない。


ヴォルドとゼノの言い合いを聞きながら、リディアは明日に思いを馳せる。

戦の気配が、砦を取り囲んでいた。


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