聖獣を通じて近づく心
畑仕事を終えたリディアは森の中にある小さな泉のほとりで、聖獣の子ども──ルナ──がぐったりと身を横たえているのを見つけた。
柔らかな毛並みが濡れ、翡翠のような瞳に覇気がない。リディアはルナをすぐさま抱き上げると、その体が熱を持っていることに気づいて険しい表情になった。
「ルナ、大丈夫よ……もうすぐ助けてあげるからね」
そうは言ったがリディアには薬草の持ち合わせがない。村の薬師にも頼ることはできるが、必要な薬草は限られていた。
ふと思い出したのは、先日立ち寄った騎士団の訓練場の奥に広がる薬草園だった。
村人から聞いた話によれば、訓練に必要な応急用として自前の薬草を育てているらしい。
リディアは急ぎ足でルナを抱え、再び辺境騎士団の駐屯地へと向かった。
門をくぐると、団員の一人が彼女に気づき、目を見張った。「ああ、先日の……どうかなさいましたか?」
「すみません、聖獣が怪我をしていて。薬草が必要なんです。お邪魔とは思いますが……」
その言葉を聞きつけたのか、奥から現れたのは団長のゼノだった。重厚な鎧をまとい、今日も表情は硬いまま。リディアは思わず背筋を伸ばす。
「ついてこい」
それだけを告げると、ゼノは無言で歩き出した。彼に続いて建物の裏手へと回ると、そこには手入れの行き届いた薬草園が広がっていた。ゼノはしゃがみこむと手早く数種の薬草を摘み、皮の袋に収める。
「傷はどこだ」
「足に小さな切り傷と、熱があるみたいです」
ゼノはリディアの腕の中からルナをそっと抱き取ると、屋内の治療室へと向かった。無骨な指が丁寧に薬草をすりつぶし、冷やした水で体を拭い、患部にそっと軟膏を塗る。リディアはその手際に息を呑んだ。
無口で近寄りがたいと思っていた男の指先からは、確かな経験と慈しみが感じられた。
「……団長は、こういうことにも慣れているんですね」
「騎士が生き永らえるには、こういう知識も必要だ」
それだけをぽつりと漏らし、再び黙々と治療を続ける。その横顔に、リディアは静かな信頼の感情を芽生えさせた。
治療を終える頃にはルナの呼吸も落ち着き、体の熱も下がっていた。リディアは何度も礼を述べ、深々と頭を下げた。
「本当に……ありがとうございました」
ゼノは無言で頷くだけだったが、リディアは不快ではなかった。
数日後、ルナが元気を取り戻したのを見届けたリディアは、もう一度騎士団を訪れた。その手には一本の白い花だけが握りしめられていた。
彼女はゼノの前で静かに口を開いた。
「先日のこと……あらためて、お礼をさせていただきたく思います。もしよろしければ、後日、団員の皆様のために祈らせていただけませんか?感謝と、無事を願って」
ゼノは一瞬、目を細めるようにして彼女を見た。沈黙が流れた後、小さく頷く。
「……わかった」
その後、リディアは祈りの日を設け、騎士団の小さな礼拝堂に足を運んだ。集まった団員たちに、一人ひとりゆっくりと顔を向け、穏やかな声で言葉をかけていく。
「あなたの剣が、どうか大切な人を守る光となりますように」
「その傷が癒え、次に笑う日が早く来ますように」
「ご家族に、無事でいることを伝えられる日が、近くありますように」
その祈りは儀式というより、言葉を通して魂に触れるような、静かな温かさに満ちていた。祈りの加護を迷信だという者もいるが、この時のリディアの祈りはとても尊いものだった。団員たちの表情は次第に和らぎ、リディアに自然と敬意と親しみが向けられるようになっていった。
そして、ゼノの視線もまた、彼女を追うことが増えていた。
リディアの存在が、無骨な騎士たちの中に少しずつ根を下ろし始めていく。
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