言えない想い
それは開戦7日前のこと。
「ふむふむ、3月15日にグラウベルト様が国境に攻め込まれると。その2日後に国境に来るようにとのことじゃな。恐らく出迎えという形になるだろうが、万一のことを考えて戦闘準備もするように、城にヴァルハルゼンの旗が立っていなかった場合は即座に攻撃、と。腹背から攻めればいくらゼノとてひとたまりもあるまいな」
グリモー・ハルデン侯爵は、ヴァルハルゼン王グラウベルトからの手紙を読んでいた。
国境の兵の削減、兵糧奪取、さらに背後からの裏切り。
ここまでやれば、国境をヴァルハルゼン軍が突破するのは確実だろう。
ガラハルト王の時は、ラグリファル王国を裏切ることなどまったく考えなかった。
どう考えても勝ち目などない、滅びの道でしかなかったからだ。
だが、レオン王太子はあまりにも惰弱だ。
そして隣国には野心を抱えたグラウベルトがいる。
いち早く寝返っておけば、それだけ恩賞も大きくなる。
「グラウベルト様とレオンでは器が違い過ぎる」
そうつぶやいた後、グリモー侯爵は近隣領主に軍備を整えておくよう早馬を発した。
その後何度となく侯爵領の上空をルナが兵糧を体内に格納して飛び回っていたのだが、それを視認できた者はごくわずかだった。
そのほとんどは農民であり、侯爵に報告をするような立場ではなかった。
だから、グリモー侯爵も国境の兵が飢えていると信じていた。
そして出立の日、続々と兵が集まってきた。
それらはグリモー侯爵と婚姻関係にあったり、侯爵の庇護下にあったりする領主たちの兵だ。
総勢7千の兵を前にして、侯爵は自身の栄達を確信した。
「ガラハルト王は英雄であった。だが、次の英雄はグラウベルト様だ。レオンの下にいたのではいつ攻め滅ぼされるか分からん。強い者につかねば家名は守れん。」
ほんの少しの罪悪感をその言葉でかき消すと、グリモー侯爵は北の国境に向かって軍を出発させた。
***
鮮やかな勝利の後だというのに、ゼノの顔は曇っていた。
「グリモー共が後ろから攻めてきたら、対処のしようがない!」
国境の城は前面からは攻めづらいが、後ろから来るのは救援軍という前提でつくられているため防備が甘い。
むしろ城内に入りやすいように作られている。
ある程度の仕掛けは作れたが、子供だましに過ぎない。
兵力が以前のとおり3千あれば、前面は2千でしのぎつつ後方は千で戦える可能性はあった。
だが、今は前面を防ぐのに精一杯な兵力しかない。後方に千を裂くと、あっという間に前面の敵に攻め落とされるだろう。その時、
「兵力を温存してエルバーン伯爵の領地まで撤退しては?」
リディアがおずおずと言った。
国境を奪われることは、騎士団にとって大きな屈辱となる。
だが、取り返すことができれば——?
騎士団の汚名を返上することができる。
そして裏切り者を処断することもできるだろう。
ここで滅んでしまっては、汚名を晴らす機会は永遠に訪れない。
戦う前から撤退、つまり逃げることを考えるのは騎士としてどうか、と思う者もいた。
だが、ゼノは憑き物が落ちたように
「その手があったか!後で取り返せばいいだけだな!」
と快活に言い放った。
それからは、脱出経路を作ることに議題が変わった。
それまでは敵に一矢を報いるために仕掛けを考えていたが、捲土重来のために脱出を考えるようになったのだ。
その方がゼノも幹部も前向きになれたようだった。
とにかく、絶対に味方だと信じられるエルバーン伯爵の存在が大きい。
近隣領主が信じられない今、エルバーン伯爵は心の支えでもあった。
ゼノがリディアに言う。
「今まで私は、負けることが恥だと思っていた。だが、本当の恥は負けたままでいることなのだな」
「ええ、最後に勝てば良いのだと私は思います」
リディアはそう言った後、胸の中で「負けてもいいから生きていて欲しい」という言葉を祈りのように繰り返した。
明日に温存しようかとも思いましたが、せっかく書けたので投稿させていただきます。
でもあまり話は進んでないですかね。
もっとサクサク進んだ方がいいんでしょうか。
私がキャラの内面を描きたい人なのでこうなってしまいます。
もっとテンポよく進めて欲しいとか要望があれば聞かせて欲しいです。
お読みいただきありがとうございました。
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