襲来
エルバーン伯爵は、憧れの聖獣様に頼られたようで嬉しかった。
だが、それで浮かれて思考を止めるような人物ではない。
ニッコニコでルナを送り出した後、怪訝な顔になった。
「兵糧がないならなぜ早く王都に催促をしなかったのか?さらには、自分よりも近くに頼れる相手がいるはず。グリモー・ハルデン侯爵を筆頭に」
どんな愚か者でも、国境を任されるほどの人間ならこれくらいのことはやるだろう。
ということは、やったうえでそれが功を奏さなかったということ。
そこでエルバーン伯爵は、郵便の履歴を調べてみた。
ラグリファル王国では、できるだけ早く連絡ができるよう通信網が整えられている。
大事な通信の際には、いつ誰が誰に通信を送ったか記録する仕組みもある。
兵糧の未着を訴える通信は、それこそ送った受け取っていないという争いにならないよう記録を残すのが当然だ。
王国の根幹をなすその通信網は、忠実な伯爵の領地を通っている。
だが、ゼノから王都への手紙はなかった。
「……」
エルバーン伯爵は、沈思する。
ゼノ騎士団長は、グリモー・ハルデン侯爵にも兵糧の融通を頼んだはずだ。
そして、グリモー侯爵領にも通信網は通っている。
「グリモー侯爵が裏切っていたら……?」
もちろん兵糧は送らないだろうし、王都への手紙もグリモー侯爵領で止められてしまう。
飢えた国境兵、背後からの襲撃……
「国境が危ない!」
エルバーン伯爵の背中を冷たい汗が流れた。
***
「北から大勢の兵がやってきます!」
見張りがそう叫ぶと、騎士団の緊張感は一気に増した。
ゼノも見張り台に上がってみると、かなり大規模な侵攻であることがわかる。
「ろくに食えてない状況だったらひとたまりもなかったな」
ゼノは、改めてルナとリディアに感謝した。
「敵襲だ!総員配置につけ!」
そう叫ぶと、ゼノは幹部の待つ作戦室に戻った。
そこにはリディアも招かれている。
グリモー・ハルデン侯爵を始めとした近隣領主が背後から襲ってくる可能性——ゼノはほぼ確実だと思っているが——について幹部には知っておいてもらわなければいけない。
正面からの敵なら、どれだけの軍勢が来ても怖くはない。
だが、後ろからも攻められるとなると話は別だ。
リディアの語る隠し砦の存在やグリモー侯爵の裏切りの可能性を聞くにつれ、幹部たちの顔はどんどん青ざめていった。
「聖獣様のお力で何とかならないのでしょうか」
幹部の一人がすがるような目でリディアに言った。
「ルナとて万能ではありません。出来ることと出来ないことがあるのです」
兵糧を運ぶためにエルバーン伯爵領へ往復した時の、疲労を隠せないルナを思い出しながらリディアはそう言った。
だが、もしかするとルナにはその力があるかもしれない、とも思った。
刺客に襲われた時の力——あの時の敵はなす術もなく気を失った。
けれど、その後ルナは昏睡状態に陥ってしまった。
リディアの中には葛藤がある。
ルナが力を解き放ったら、一人も死なずに国境を守れるかもしれない。
でも、ルナはどうなるのか。
人の命とルナ、どちらを優先するべきなのか。
その時、ゼノが大きな声で言った。
「最初から神頼みでどうする!神は力を尽くした者にのみ微笑むのだ!それにルナは既に我々を飢えから救ってくれた。これ以上を望むのは傲慢というものだ」
そのゼノの言葉を聞いて、リディアは考えるのをやめる。
ルナにどんな力があるかもわからないし、力を使ったらどうなるのかもわからない。
……何も知らない方がいいのかもしれない。
とリディアは思った。
***
ヴァルハルゼン王グラウベルトは、意気揚々と進軍していた。
「今頃国境の兵は腹を空かせて戦どころではなくなっておろう。わしはいつまでも北の瘦せた土地の主ではおらんぞ。豊かなラグリファル王国を手に入れるのじゃ。今日はその記念すべき第一歩ぞ」
聖獣の伝承が気にならないではなかったが、自分の謀略は全てうまくいっている。
むしろ下らない言い伝えを覆して自分の力を示してやる、と気合が入っていた。
野望成就の第一歩、そう確信してグラウベルトは叫んだ。
「かかれえっ!」
この世界にも書留のような制度があるんですね。
グラウベルトさん、国境の兵士はもうお腹いっぱい元気いっぱいですよ。
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