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婚約破棄された伯爵令嬢ですが、追放先の辺境で聖獣に愛され過ぎて困っています  作者: 扇風機と思ったらサーキュレーター


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憧れの聖獣様

ルナがふわりと浮き上がり、国境に向かって進み始める。

風が頬を裂くように吹き抜け、髪が宙に舞った。

地面がどんどん遠ざかっていく。


「すごい……!」


リディアが思わず息を呑む。

ルナの銀の毛が朝陽を受けて輝き、まるで天を駆ける流星のようだった。


とは言っても、背中にしがみついているだけでも楽ではない。

適度に休憩を挟みながら、国境へと急ぐ。

そうして、本来なら4日かかるところを5時間ほどで着いてしまった。


———久しぶりのミルファーレ村。

ルナを起こすための調べ物をするために村を出たのだけれど、刺客に襲われるという騒ぎで村人を不安にさせたかもしれないという罪悪感もあった。

その時、村の長老やみんなは「帰っておいで」と言ってくれた。


「……私の、帰る場所」


ルナから降りて、リディアは村の地面を踏みしめる。

「本当にそう思ってくれているのだろうか」という不安がないでもない。


だが、そんな不安も一瞬で吹き飛ぶ。

村の人たちが、一斉に家から出てきてくれたのだ。


「おかえり」

「ねえ、あの大きな子がルナなの?」

「空飛んでたよね、すごい」

「少したくましくなったんじゃないかい?」


飛んでいるルナを発見した者がみんなに声をかけて出迎えてくれたらしい。

大人も子供も口々にリディアの、そしてルナの無事を喜んでくれた。


「ただいま、みんな」


そう言いながら目頭が熱くなるリディアだった。



しばらく再会を喜び合った後、リディアは長老のセリナに聞いた。


「ゼノは、国境の砦の様子はどうですか?」


「もしかしてそれを知って帰ってきたのかい?兵糧がなくて難儀しておるようじゃよ。わしらも協力はしておるんじゃが、それほど蓄えがあるわけでもないからのう」


「……ゼノに会ってきます」


そう言うや否や、リディアは騎士団の駐屯所に向かって駆け出した。



「リディア!やっぱりさっき飛んでいたのはリディアだったのか!」


「聖獣のルナが私を乗せてくれたのよ。ゼノ、あなたの方こそ食料がなくて大変だって聞いたわ」


「うむ、近隣領主に依頼しても王都に催促をしても駄目だ。何か、企みのようなものを感じる」


「ゼノ、実はグリモー侯爵の領地内に怪しい砦があるのです。ガロと…そのお友達が調べてくれたんですが、兵糧もたくさん蓄えられているらしく」


ガロが山賊と親しくしていることは今は伏せておこう、とリディアは言葉を濁した。


「その隠し砦にヴァルハルゼン訛りの兵がいたとも聞きました。寝返りを疑った方が良いかもしれません」


それを聞いてゼノは考えた。グリモー・ハルデン侯爵がヴァルハルゼンに寝返っていたとしたら、その周りの連中も信頼できない。

グリモー侯爵は、それだけの力を持っているのだ。


「それを知っていたら、もう少し遠くのエルバーン伯爵に協力を仰いでいたのに」


エルバーン伯爵の忠義は誰もが知るところだ。

そのうえ実直で領地経営もうまいので、兵糧の蓄えも十分にあるだろう。


「しかし今からでは……」


ゼノがそう嘆息した時、まるで心を読んだかのようにルナが小さく鳴く。


「――ルゥ……ナァァ……」


それは風を渡る笛のような、どこか切なく温かな音だった。

ゼノは思わず顔を上げた。

リディアの顔に笑みが浮かぶ。


「ルナ、お願いできる?」


リディアが静かに言うと、ルナはその額を少女の胸に寄せた。

「行ける」と告げるように。


「ゼノ、エルバーン卿に兵糧を分けてもらえるよう手紙を書いて。どれくらいの量を運べるかはわからないけれど、ルナは体に荷物を入れて運ぶことができるの」


「わかった。他に方法はない。ルナ、ちょっと待っててくれ」


そう言うと、ゼノはエルバーン伯爵への手紙を書いた。

それを入れた筒をルナの首に巻き付けて「頼んだぞ」と頭を下げる。

リディアもルナの首を抱き締め、「気を付けてね」と言葉をかける。


それらに律義に頭を下げると、ルナはふわりと浮き上がった。

そして、リディアを乗せている時とは別獣のようなスピードで飛び去った。


「やっぱり私に気を使ってくれていたのね」


そうつぶやきながら、リディアはルナを見送った。


***


1時間ほどで、ルナはエルバーン伯爵の城に降り立った。

兵士たちから銀色の獣が侵入してきたことを聞いた伯爵は、危なくなさそうなことを物陰から確認してから顔を出した。


「何だね、君は」


そう言う伯爵に向かって、ルナは筒を巻きつけられた首を突き出した。

その不自然でユーモラスな動きを見て気が大きくなったのか、「うむ、ご苦労」などと言いながら伯爵はその手紙を受け取る。


そうして手紙を読んでいくと、伯爵は顔面蒼白となった。


「せ、聖獣様でいらっしゃいますか!?」


長々と文章を書いている余裕がなかったゼノは、手紙に「その聖獣が運んでくれるので兵糧を分けて欲しい」と書いたのだ。


エルバーン伯爵は代々王家に忠実な者だけに、聖獣の伝承も知っていた。

子供の頃は、聖獣のおとぎ話に夢中になってさえいたのだ。

その聖獣が目の前にいる―――そりゃあ態度も慇懃なものになろうというものだ。


「聖獣様のお力を拝借できることは大変光栄なことでございまして……」


などと言い出した伯爵に向かって「そういうのはええから早よせんかい!」と言わんばかりにルナが「グルゥ」とうなり声をあげる。


それから伯爵はてきぱきと兵糧の手配をし、ルナに渡す。

ルナはお礼を言うように「フルルゥ」と鳴くと兵糧を口から収納し、大急ぎで国境に戻った。



「おお、これは!」


ルナは結局3時間ほどで戻ってきた。

口から出てくる糧食は、兵士全員の一食分くらいであろうか。


「ありがとう、これでしばらく食い繋げる」


ゼノはそう言ったが、ルナは返事もせずにまた飛び立っていった。


「ルナ……?」


そこでゼノがエルバーン伯爵からの手紙を読んでみると

「聖獣様が往復して運んで下さるそうです。兵糧がなくなったらまた聖獣様をお遣わしくださいませ」

と書いてある。


「エルバーン伯爵はルナの言葉がわかるのかしら?」


とリディアは首をひねった。


エルバーン伯爵は憧れの聖獣の気持ちを奇跡的にくみ取り、ルナに兵糧を渡し続ける。

その日は三往復、翌日は夜明けとともに飛び立ち、八往復をこなした((慣れてくると1往復2時間で行き来できるようになった))。

さすがに息も荒く、翼も重そうだったが、ルナは休もうとしない。

「みんなが困っている」とでも言うように、何度も空へ舞い上がっていった。


リディアはルナの疲労を気遣いながら、感謝の抱擁を与える。

こうして、国境の兵の士気は上がったのだった。


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