銀の背に乗って
リディアが国境の村に帰ることを知ってからのヴォルドの落ち込み様は酷かった。
「未練がましいことを言うな」と部下に言っておきながら、それからは魂が抜けたようになっている。
世話の焼ける頭領だ、と思いつつ山賊たちはそんなヴォルドを慕っていた。
リディアもそれを微笑ましく思っていたが、ガロが神妙な顔つきで近づいてきた。
「嬢ちゃん、俺はここに残ることにする」
いきなりの言葉に、リディアは驚いた。
「ここが攻められたのは、隠し砦の偵察に行った時に俺が見つかったからだ。その責任もあるんで、ここが安全になるまでヴォルドに力を貸してえと思ってる」
ヴォルドはガロの旧友だし、ここの方がガロの気質に合っているかもしれない。
そう思ったリディアは、残念だがそれを受け入れることにした。
「もし何かあったら力になるから手紙でも寄越してくれや」
ガロのその言葉を、リディアは心強く思った。
「はい、ガロ様も何かありましたら遠慮なく連絡してきてくださいね」
ヴァルハルゼンの謀略から国を守りたいと願う二人だが、こうして道を分かつこととなった。
けれど、離れて連携した方が良い結果に繋がるかもしれない、とリディアは寂しさを抑えて思った。
次の日、出発の準備ができたリディアは、山賊たちに別れの挨拶をした。
「今までありがとうございました。どうかお元気で」
「姐さん、本当にありがとう」
「また剣の稽古でもしに来てくださいよ姐さん」
「ルナもまた来いよ」
そして、ヴォルドと孫のユルクもリディアを見送りに出てきた。
「マクレイン様、また来てくださるのを心からお待ちしてるぜ」
「マクレイン様、絶対また来てね」
「ふふ、必ず来るわ、ヴォルド様、ユルク様」
そうして別れを告げたリディアは、ルナに「さあ行こう」と声をかける。
すると、ルナはリディアに背中を向けた。
王都の書で読んだ通りなら、成獣は四、五メートルにもなるという。
だが今のルナは、まだその半分ほど——それでも十分に堂々たる姿だった。
そのルナが背中を見せてく「フルルゥ」と鳴いた。
その声は風のように柔らかく、胸の奥をくすぐるようだった。
「え、乗れって言ってるの?」
ゼノの様子を一刻も早く確認したいリディアにとって、それは魅力的な提案だった。
また、体を鍛えて多少剣の技も上がったとはいえ、ガロがここに残る以上女一人での旅に不安がないわけでもなかったのだ。
ルナがいてくれるとはいえ、ここからだと3~4日はかかる。つまり、野宿もしなければならない。
だから本当はガロもかなり迷ったのだ。そんなガロは、ホッとしながら
「そういえばルナは小さい時も飛んでたな。嬢ちゃん、振り落とされないようにな」
と軽口を叩く。ルナは「グルゥ!」とガロに抗議するような声を出す。「振り落としたりしない」と言いたいのだろうか。
だが、リディアは少し怖かった。
空を飛んだことなどないのだから当然だ。
それに荷物もあるので、ルナの背中が安定するかどうか不安だったのだ。
その時、ルナが荷物をぱくりと口に入れた。
「え!?」
驚くリディアの目の前で、ルナはすぐにそれを吐き出す。濡れてもいない。
「……どうやら、預かってくれるみたいね」
「へえ、便利な奴だな」とガロが笑う。
山賊たちもルナに感嘆の目を向ける。
リディアは意を決して、「失礼します」と言いながらルナの背後に立つ。
もう一度、ルナは「フルルゥ」と鳴いた。
その温もりが、恐れを静かに溶かしていく。
リディアはそっと背にまたがった。
毛並みは驚くほど柔らかく、温かい。
そこでルナが羽ばたくと、その身体はふわりと浮き上がった。
「すげえ……」
「聖なる……獣」
ざわめいている山賊たちに応えるように、そして別れを告げるようにルナは「フルルゥ」と鳴いて北の国境に向かって進み始めた。
ガロとヴォルドが、無事を祈りながらそれを見上げていた。
***
「いったいどうなっているんだ!」
ゼノの副官が声を荒げる。
国境では、一日の食事が通常時の三分の一にまで減らされている。
それでも、あと三日も持たないだろう。
王都への催促や近隣領主への依頼、商人との交渉などあらゆる手を尽くしても、兵糧が手に入らなかった。
「事故や偶然でこんなことが起こるものだろうか……」
ゼノは、嫌な予感を覚えていた。
いや、それは既に確信に変わっていた。
「ヴァルハルゼンが、来る……!」
ユルクはヴォルドの孫で、最初にリディアが山賊の拠点に来るときに助けた子供です。29話で登場しました。




