表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された伯爵令嬢ですが、追放先の辺境で聖獣に愛され過ぎて困っています  作者: 扇風機と思ったらサーキュレーター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/86

王の影

王都ヴァルハルゼン――。

北方の霧に包まれた石造りの街は、朝を迎えてもなお薄暗く、北方の都市らしい冷気が石畳を這っていた。

城門の上では衛兵たちが交代の号令を掛け、遠くからは鍛冶場の鉄槌の音が響いている。

だが、城の奥――王の居館にだけは、別の静けさがあった。


白大理石の床を踏みしめ、書記官たちが次々と羊皮紙を運び込む。

重臣たちは半円に並んで低く囁き、机の上には封をされた書簡が山のように積まれていた。

その中に、一通の報告書が差し出される。


「グリモー・ハルデン侯爵よりの報告にございます!」


伝令の声に、王グラウベルトは手を止めた。

長く整えられた黒髪を揺らし、重い椅子の背にもたれる。

その瞳は、冷たい湖面のように濁りなく、しかし何の情も映していなかった。


王が封を切ると、広間の空気がぴんと張りつめた。

蝋封の割れる乾いた音が、やけに大きく響く。


――隠し砦、山賊に襲撃され壊滅。

――銀毛の獣の介入あり。

――正体不明。


読み上げられる内容に、文官たちは小さくざわめいた。

王は眉一つ動かさず、ただ静かに指先で文面をなぞる。


「……銀毛の獣、だと。」


脇に控えていた老参謀が、一歩前に出た。


「陛下。それは聖獣かもしれませぬ」


王は低く鼻を鳴らした。


「聖獣、か。敗戦の言い訳としても下らん」


そう言いながらも、ほんのわずかに口元が引き結ばれる。

彼の脳裏には、古の記録の一節が浮かんでいた。


——“白き獣は真なる王を選び、その加護を受けし国は栄え、敵国は滅ぶ”。


王は乾いた笑みを浮かべる。


「王を選ぶ獣など、笑止千万だ。人が獣に選ばれるものか。」


老参謀は静かに首を垂れた。


「しかしながら陛下、伝承というものは往々にして、民の心に深く残るものでございます。存在が囁かれれば、兵の士気にも影響が――」


「結果を見せつければ良い。敵に聖獣がいたとしても、それに勝てばかえって士気は上がる」


グラウベルトは冷たく笑いながら言った。


「だが……障害になるようなら手を打たねばならんな」


立ち上がった王の背後、壁に掲げられた地図には、太い赤線で国境が描かれていた。

その先に広がる緑地――ラグリファル王国の領土。

彼はその一点を鋭い指先でなぞる。


「国境の補給路は整った。あと少しで準備は整う。」


「計画に変更はないのですな?」


「当たり前だ。言い伝えなんぞに振り回されてたまるか」


老参謀が深く頷いた。


「仰せのままに。」


その声を背に、王は視線を窓へ移した。

遠く雪を戴く山脈の向こうに、王の望む豊かな土地が横たわっている。

それを手に入れるため、ヴァルハルゼン王グラウベルトは謀略を巡らす。


「結局のところ、力を持つのは人だ。獣でも伝承でもない。」


冷たい光が玉座の金飾りを照らした。


***


侯爵領ハルデン――。

グリモー・ハルデン侯爵は、厚手の帳面を閉じ、長く息を吐いた。

机の上には空になった杯と、すでに封を終えた書簡の控えがある。


「王はまだ何も言ってこぬか?」


侯爵が問うと、傍らの執事は首を横に振る。


「まだお返事は届いておりません。ですが、いずれ――何らかの動きがございますでしょう」


「……やはり、そうか。」


侯爵は額を押さえた。

砦は既に移した。だが、王がそれをどう受け取るかは分からない。

隠し砦の存在を敵に知られたかもしれない、これは大きな失態だ。

執事は静かに言う。


「銀毛の獣――おそらく、古き聖獣の血を引く存在かと」


「やめろ、執事。そんなものは言い訳にならん」


「しかし旦那様。あの地に伝わる話を、ただの迷信と切り捨ててよいものでしょうか」


侯爵は黙り込む。

あの戦を任せた指揮官は、確かに信頼できる人物なのだ。

だがグラウベルト王に報告するには余りに不確かで、黙っておくには異質過ぎる。

彼はただ、もう一度小さく息を吐いた。


「……グラウベルト様のご不興を買わなければよいが」


***


その夜、王都ヴァルハルゼン。

王の間には蝋燭の炎がゆらりと揺れ、壁に影を落としていた。


「何事も、こちらの思惑通りに進んでいる。」


グラウベルトは地図の前に立ち、低く笑う。


「隠し砦が見つかったのはグリモーの落ち度だが……すでに移したと聞く。さほど支障はない」


老参謀が控えめに言葉を添えた。


「国境への輸送も問題ありません。兵の士気も上々にございます」


「よかろう。」


王は手を背に組み、静かに目を細めた。


「すべては、我が手の中にある」


外では風が吹き、黒い雲が月を覆い隠す。

北の国境に、悪意に満ちた危機が迫っていた。



ヴァルハルゼンの王都の名前は国名と同じです。ヴァルハルゼン王国の王都ヴァルハルゼン。

ラグリファル王国の王都はヴェルフォート。ラグリファルで良かったな…。そのうち間違えるかもしれません、その時はごめんなさい。

あと、ルナの鳴き声どんなのにしようかなあ。ずっと「喉を鳴らした」とかで誤魔化してたけど、そろそろちゃんと鳴かせよう。フギャア、とかかなあ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ