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婚約破棄された伯爵令嬢ですが、追放先の辺境で聖獣に愛され過ぎて困っています  作者: 扇風機と思ったらサーキュレーター


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火攻

兵たちは聖獣の咆哮にひるみ、しばし動きを止めていた。

だが指揮官が声を張り上げる。


「恐れるな! ちょっと図体がでかいだけの獣だ!」


その言葉に突き動かされるように、数人の兵が一斉にルナへ斬りかかった。

銀色の毛並みをまとった聖獣は尾で敵を薙ぎ倒し、腕で一人を吹き飛ばす。だが鋭い槍が体側をかすめ、赤い血が飛び散った。


「……血が出るぞ! こいつ、倒せる!」


敵兵が叫んだ瞬間、恐怖に押しつぶされかけていた士気が再び高まった。

リディアは目を見開いた。

銀に光る毛並みが赤く染まっていく――。胸を締めつける痛みに、思わず声が漏れた。


「ルナを……傷つけさせない!」


短剣を強く握りしめ、リディアは敵兵の横腹へ斬撃を叩き込んだ。

刃が鎧の隙間を裂き、温かな血が手を濡らす。

倒れた兵の悲鳴に周囲が一瞬揺らぐ。リディアの視線は鋭く、敵兵を射抜いた。


「女だと……!」

「怯むな、かかれ!」


兵たちが叫んで襲いかかるが、動きは粗い。

鍛錬を怠っているのか、山賊に比べて明らかに練度が劣っていた。


リディアは身をひねって剣をかわし、短剣で逆に腕を裂く。

敵がよろめいたところに、ルナの尾が横薙ぎに走り、二人まとめて吹き飛ばした。

少女と聖獣が背を合わせるように立ち、敵を寄せつけない。


「ルナ……力を使いすぎないで」


息を切らしながらリディアは叫ぶ。


「起きれなくなるまで消耗しないで。私も一緒に戦うから……!」


銀の瞳がちらりとリディアを見やり、まるで理解したかのようにルナは力の奔流を抑え、必要な敵だけを狙い打つ。

リディアの声は震えていた。


「私の犠牲になる必要はないの。ルナにも、幸せになって欲しいの……」


ルナの咆哮がそれに応えるように山中へ響き、迫りくる兵の心をへし折っていく。


やがて裏手から侵入した敵兵はほぼ壊滅した。


「私とルナは他の場所を見てくる!あなたたちはここを固めていて!」


そう言ってリディアは駆け出した。

リディアとルナは、押されているところに行って助太刀をする。

山賊たちの士気は息を吹き返し、再び勢いを増した。


しかし戦いはまだ終わらない。

血に染まった銀の毛並みを翻しながら、ルナは警戒を解いていない――。

各所から侵入した兵が次々と倒され、悲鳴とともに退いた。

聖獣と少女の奮戦を前に、兵たちは怯えを隠せない。


「ば、化け物め……!」

「こんな獣、一体どこから……」


その頃、敵の指揮官は焦っていた。

正面からの攻撃だけでも十分なほどの兵力を与えられている。

ただ、敵を一人も逃がすなとのことだったので裏からも攻めさせた。

今、思った以上に苦戦をしている。ガロとヴォルドの率いる山賊は、敵指揮官の予想を上回る働きを見せていた。


「そろそろ裏の連中がなだれ込んで山賊どもを混乱させてもいい頃なのだが……まさか撃退されたのか?」


敵兵の多くはここに引き付けているはずだ。配置についたという連絡もあったので、道に迷ったということもない。

だがこれだけ時間がかかるということは、順調に進んでいないということだろう。

歯ぎしりしながら、彼は鋭く命じる。


「木や山を燃やしたくはなかったが致し方ない。火を放て! 山賊どもを焼き払え!」


兵たちが油壺を割り、火矢をつがえる。

次の瞬間、山道を囲む木々や柵に炎が走り、黒煙が夜空を焦がした。


「水だ! 水を持ってこい!」


山賊たちが慌てふためくが、ヴォルドが声を張り上げる。


「落ち着け! まだ囲まれてはいねえ、隊を組んで火を消せ!」


そこに炎に照らされ、重厚な甲冑をまとった男が姿を現す。

周りと違う装飾の入ったその甲冑を見るに、敵軍の指揮官だと思われる。

その男は剣を掲げ、堂々と名乗った。


「「ハルデン侯の名のもとに命ずる! この山もろとも焼き払え! 一匹の鼠も逃すな!」


敵兵の士気が一気に盛り返す。

指揮官自身も前線に躍り出て剣を振るい、山賊の一人をたやすく斬り伏せた。


「ちっ……他の連中とは違うな」


ヴォルドが低く唸り、弓を引き絞る。


そこにリディアとルナが走ってきた。


「嬢ちゃん!ルナが起きたのか!」


「ええ!私たちも戦えるわ!」


「無理はすんじゃねえぞ!」


そう言っている間にも熱気が押し寄せ、髪が頬に張り付く。

多くの敵を倒したが、このままではみんな焼け死んでしまう。

そして、逃げ道は敵の指揮官が道を塞いでいる。


矢の一本が唸りを上げて飛び、ルナの背をかすめた。

銀の毛並みが裂け、赤い滴が地面に落ちる。


「ルナ!」


リディアは思わず駆け寄った。


「ルナ!いざとなったらあなただけでも逃げて」


だがルナは彼女の前に立ち、炎を背に受けながら低く唸った。

その眼差しは、まるで「守る」と言っているかのように揺るぎない。


「どうして……私なんかのために……」


リディアの喉から、震える声がこぼれる。


その様子が、敵の指揮官の目の端に映った。


「裏に回った連中はあの獣にやられたのか?……あの獣に向けて矢を放て!」


前線で戦っていた兵の一部が後ろに下がり、一斉に矢をつがえる。

そうはさせじと、当然のようにリディアがルナの前に立つ。

ガロもヴォルドも弓兵を何とかしようと焦るが、敵兵に遮られて進めない。

リディアは覚悟を決め、短剣を構えた。


――その刹那、ルナの瞳が光った。



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