迫りくる影
「クソッ、何ということだ」
グリモー・ハルデン侯爵は苛立った表情で吐き捨てた。
隠し砦を誰かに見られたという報告が上がってきたのだ。
怪しい者は二人で、矢を放ち追いかけたが逃げられたとのこと。
もちろん、その二人というのはガロとヴォルドのことだ。
以前ヴォルドの手下が偶然その砦を見つけた時は、深入りするつもりもなかったため砦の見張りに見つかることはなかった。
だが、今回は内情を知ろうとしたので相手からも見つかってしまったのだ。
「そいつらが何者か、分からんのか!?」
矢を放たれてすぐに逃げるところを見ると、ただの通行人の可能性は低い。
普通の通行人なら、そこで誰何した時に答えるのが一番安全だからだ。
そもそも人があまり来ないであろうところにわざわざ砦を作っている。
「この砦のことを知られるのはまずい……」
そう思いながらも、ハルデン侯爵にはできることがなかった。
とりあえずグラウベルト様に報告した方がいいだろうか、と考えながら迎えた翌日、新しい報告が上がってきた。
「二人の後をつけた者が戻って参りました。二人は……山賊どもの仲間のようです」
侯爵の目が細く光る。
「……そうか。ならば丁度いい。山賊を討伐することに誰も文句をつけないだろう。そのうえ砦の秘密を守ることもできる。一石二鳥だ」
その声は冷たく、決断は早かった。
「討伐の準備を整えろ。根城ごと叩き潰すぞ」
――その頃。
リディアは山賊の拠点の奥で、焚き火に照らされたルナを見つめていた。
聖獣の身体は、ここに着いた時より明らかに大きくなっていた。
ぐっすり眠っているはずなのに、日に日に重さを増していく。
「こりゃあ背負って歩くのは辛いぜ」
とガロがぼやく。
(早く村に戻りたい……)
リディアの中には焦りがある。
国境は無事だろうか――ゼノは。彼はいま国境に立っているのだろうか。ヴァルハルゼン王グラウベルトの企みは。
考えれば考えるほど、胸の奥が締めつけられる。
それでも、ルナを置いて行くことはできない。
刺客から自分を守るために力を使い、眠ってしまったルナ。
あの時も、ルナは大きくなりかけていた。
もしあの襲撃がなかったら、ルナは今頃どれくらいの大きさになっていたのだろうか。
「……成獣になろうとしているのかしら」
リディアは、眠るルナの頬に触れ、小さく囁いた。
傍らで腕を組んでいたガロが、少し皮肉っぽく言う。
「図書館で見た巻物にゃあ、大きくなった聖獣様が国を守ってくれるって書いてあったな」
リディアは視線を落とし、焚き火の揺らめきを見つめた。
「国に危険が迫っているからルナが大きくなっている、とも取れるのかしら」
「どうだろうな。契約者は嬢ちゃんだ、だから嬢ちゃんを守ってるのかもしれねえな。国を守るほどの働きは巻物に残ったろうが、それ以外にも契約者を守るだけの記録に残ってねえ聖獣もいるかもしれん」
「……私じゃなく、ゼノを守って欲しい」
思わずこぼれた声に、ガロは少し顔をにやけさせる。
「本人に言ってやりな」
その夜、山賊の仲間たちはルナの異変を囁き合い、恐れたり面白がったりしていた。リディアは子を守る母のように、ルナの傍から離れなかった。
――しかし彼女たちの知らぬところで。
山賊の拠点を狙い、グリモー・ハルデン侯爵の軍勢が、静かに討伐の準備を整えていた。
リディアたちが刺客に襲われルナに救われる話は27話です。
6月のことですからお忘れの方もおられるかもしれません。
早く筆を進めていきたいと思います。
お読みいただきありがとうございました。
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