山賊の砦
リディアは、歩みを速めていた。
「追放された自分がいつまでも王都にいるのは危ない」とユリウスには言ったが、本当はゼノのことが心配だった。
だから、リディアはすぐにミルファーレ村に戻ることを決めた。
今はどんな状況なのか。まだ兵糧はあるのか。まさか既にヴァルハルゼンが攻め込んでいるのではないか……。
そう考えると、一刻も早く戻って状況を確かめたかった。
そんな彼女の横で、ガロが短く息を吐いて足を止めた。
「……悪いが、寄り道してえとこがある」
「寄り道?」
リディアは思わず眉をひそめた。
「そんな悠長なことをしている場合じゃ――」
「わかってるさ」
ガロは苦笑し、頭をがしがしとかきながら言った。
「けどな、みんなあんたを気に入ってんだ。素通りしたら『リディアの姐さんが冷たくなった』って、ひと騒ぎになるぜ」
リディアは小さく笑みをこぼした。
王都に行く際に立ち寄った山賊の拠点。
山賊たちは彼女を珍しい客人として迎え入れ、粗野ながらも真心を見せてくれた。
確かに好ましい人たちだ。
それに、ガロの声色にはそれだけではない含みがあった。
「本当は……気になることがあるのではありませんか?」
リディアの問いかけに、ガロは視線を森の奥に向けた。
「何か嫌な予感がする。それに、後々のために協力を仰いでおいた方がいいと思うぜ」
リディアは、その言葉にうなずいた。
やがて二人は森の奥深くに隠された山賊の拠点へとたどり着いた。
粗末な木の柵と見張り台、焚火の煙――以前訪れた時と変わらぬ光景だ。
ガロの顔を見た見張りが声を上げると、ヴォルドが姿を現した。
乱れた髪と厚い肩、野性味に満ちた風貌は健在だが、その眼は喜びに満ち溢れている。
「おお、ガロ! それに……マクレイン様じゃねえか!」
敬語は使わないのに呼び方は会った時のまま、というヴォルドの態度にリディアは笑みをこぼす。
「堅苦しいですわ」「貴族様に失礼はできねえよ」みたいな会話が定番になるのだろうか。
「よく来たな!」ヴォルドは両腕を広げ、豪快に笑った。
その横にいたユルクが
「お爺ちゃん、『リディア様は帰りに寄ってくれるかなあ』ってずっと言ってたんだよ」
と暴露する。真っ赤な顔でユルクにげんこつをするヴォルド。
山賊たちがどっと笑い、焚火の周りへ二人を迎え入れる。
干し肉と粗い酒が振る舞われ、しばしは昔話や冗談で盛り上がった。
だが、ガロが低い声で「最近どうだ」と切り出すと、ヴォルドの表情がわずかに曇った。
「……実はな」
ヴォルドは声を落とし、焚火の影に身を寄せる。
「この山の北の奥に、砦みてえなもんができてやがる」
「砦?」
リディアが問い返す。
「ああ。俺たちの縄張りからは外れてるから気づかなかったが、ラグリファルの兵の制服を着た連中が詰めてる。俺たちを討伐するつもりかとも思って探りを入れようとしたが、かなり警戒が厳重だ。そのうえ……」
ヴォルドは苦い顔で首を振った。
「奴らの言葉、結構聞き取りにくいんだ。ラグリファルではあまり聞かねえ訛りだ。あれが本物のラグリファル兵かどうか疑わしい」
ガロの目が鋭く光った。
「場所は?」
「ここから北東、峠を越えた先だ。俺たちを討伐するなら少し遠すぎる気がするし、戦略的に何の価値があるかもわからねえ。」
リディアは息をのんだ。兵糧の不自然な動き、王都の混乱――それらとどこかでつながっているのではないかという直感が胸を締めつける。
「もしそこにヴァルハルゼンが拠点を築いたら……」
ガロが低くつぶやいた。
「背後から攻められれば国境はあっという間に抜かれる」
焚火の火がぱちりと弾ける。沈黙が場を包んだ。
やがてガロが立ち上がり、ヴォルドに対して頭を下げた。
「山賊のお前たちにこんなことを頼むのは筋違いかもしれんが、この国のために力を貸してくれ」
ヴォルドは、驚いて聞き返す。
「何だガロ、どういうことだ?」
「実はヴァルハルゼンが国境にちょっかいをかけてきている。侵略してくる可能性を否定できない」
次いでリディアも言葉を発する。
「国に虐げられてきたあなた方にこんなことを頼むのは図々しいことだと思います。それでも、この国を守るためにご助力願えないでしょうか」
山賊になりたい、という者は少ない。大体が食うに困ってここに集まっている。
ただの荒くれ者もいるが、理不尽な法や役人に泣かされ、ここに流れ着いた者もいるのだ。
統治側からすれば、そういった者も反逆者だ。
だが、リディアはこの山賊たちを「国に虐げられてきたあなた方」と表現した。
その言葉は、多くの山賊の胸を打った。
その代表がヴォルドだった。
「マクレイン様の頼みだったら何でもするぜ!この決定に不服な奴は、自由にここを出て行ってもいい。この国のためでも何でもない、俺はマクレイン様にご助力することをここに宣言する!」
そう大声を上げると、そこにいる者全員が賛同の声を上げた。
「ありがとう、みなさん、ヴォルド様。とても心強いです」
「ヴォルド様はやめてくだせえよ」
「じゃあマクレイン様もやめてくださいな」
早速定番になりそうなやり取りをしながら、リディアは「ここに来てよかった」と思った。
その夜、リディアとガロは焚火の脇で話し合っていた。ヴォルドが言っていた砦の方角には、何の気配も感じられない。それだけ慎重に謀が進められているのだろうか。
「王都の連中は何にも気づいてないのか」
ガロが呟く。
リディアは胸に手を当て、瞳を閉じる。
――これが杞憂であれば良いのだけれど。
リディアは戦いは好きではない。だが、戦いを欲する者の気持ちも理解できる。
こちらから攻めなければ隣国から攻められるかもしれない、国土を富ませるために必要なのだ、強くなければ国民を守れない……
そういった建前を並べながら結局は「自分の利益を増やしたい」という者が大部分なのだ。
もしラグリファルが周辺国の侵略を望んでいたら、その大きな国力を考えるとかなりの脅威だろう。
それを防ぐための謀略だったとしたら理解できる。
だが、今のラグリファルにそんな意志はない。
ラグリファルを強大にしたガラハルト王は病床に臥せっているし、今(表面上)政治を取り仕切っているレオン王子は政治に興味がない。
誰かがそそのかせば実績作りのために動きかねないが、軍事的才能もないレオン王子をそそのかしたところで失敗するだけだから、誰もそんなことはしない。
「エリザベート様も、そんな方ではないはず」
そこまで考えたリディアは、ヴァルハルゼン王グラウベルトの強欲さこそが敵だと認識した。
まとめ。
王太子の婚約者のリディアが婚約破棄されて追放される→北の辺境ミルファーレ村で受け入れられる→おかしな出来事が起こる→刺客に襲われる→聖獣ルナが昏睡→治すために王都へ→途中でガロの旧友の山賊に会う→王都でユリウスに会って隣国の謀略が進んでいることを知る→帰りにまたガロの旧友の山賊の拠点に行く。
これがここまでの流れかな。ぶれてる部分はかなりあると思うから指摘していただけるとありがたいです。しれっと修正します。




