旅立ち
翌朝。リディアは昏睡状態のルナをそっと布で包み、自分の膝の上で抱えていた。
ルナの呼吸はかすかに続いていたが、目を覚ます気配はない。
ゼノとガロも、リディアの家で一夜を明かした。あのようなことがあった後だ。
リディアを一人にするわけにはいかなかった。
朝になるとゼノは騎士団員を呼び、縛り上げた刺客を連れて出て行った。ガロは、油断なく周りに注意を払っている。ガロもリディアも、ルナをどうすればいいのかわからない。
お互いに推測を話しながら、無為に時間を過ごすしかなかった。
「だめだ、何も吐かん」
そう言いながらゼノが戻ってくる。刺客から情報を得ようとしたのだろう。
「駒には情報を与えないのが一番安全だからな」
「ああ、この家の女を殺せば大金をやる、と言われただけのようだ」
「とは言ってもただのごろつきとは思えねえ腕だったがな」
「もしかすると暗殺組織みたいなものはあるのかもしれん。だが、そんな情報こそ絶対吐かんだろうな」
「何の情報も得られないとなると……」
「……殺すのですか」
リディアが口を挟む。
「止めるかい?嬢ちゃん」
「いいえ、敵に情をかけて味方に犠牲が出たら後悔してもしきれませんから」
「そう言ってもらえると助かる。奴らには聖獣のことを知られてしまっている。だから生かして返すわけにはいかないんだ」
今回は相手がルナのことを知らなかったから助かったのだ。まだ敵には知られたくない。それに、今はそのルナが動けなくなっている。リディアの安全のためには、ルナを治さなくてはいけない。
「やっぱりルナのことを知らなくては……」
この村に来る途中にルナが見せた癒しの力、祠で浮き上がった紋様、そして昨日の光……リディアはルナに認められたのか。聖獣は認めた相手にどんな加護を与えるのか。聖獣にはどんな力があるのか。
リディアは、ただルナと一緒に穏やかに暮らしたいだけだった。王都を追放されこの村に向かっている時は、その悔しさを晴らすまで一緒にいて欲しいと願った。力を借りられるかもしれない、という打算もなかったとは言えない。
だが、ミルファーレ村で王都では味わったことのない温かさを知った。
この温もりを守りたいと思った。いつまでもルナやゼノや村人たちとただ一緒にいたいと思った。
でも、それを隣国ヴァルハルゼンが許さない。
その時、ガロがふと思い出したように語り始める。
「昔、旅の途中で立ち寄った修道院があったんだ。山岳地帯にあってな、そこには古い文献が多く残されていた。そこで“聖獣の伝承”について聞いたことがある」
修道院は王都ほどではないが、貴重な書物を保管しており、もしかすればルナの状態に関する手がかりが見つかるかもしれないという。
だが問題は、その場所までの道が険しく、盗賊も出るという点だった。
「そんな貴重な書物を貸してくれるのか?」
「いや、その場で読むしかねえだろうな」
「まさかリディアにそこに行けと言うのか?それは危険すぎる」
腕っぷしの強い女性ならまだしも、リディアは伯爵令嬢だ。
ゼノが心配するのも当然と言える。
だが、リディアはすぐに
「行きます」
と答えた。その眼には、確かな決意があった。
「ゼノ、村の人たちが不安がっているでしょう?」
「う……いや、それは」
朝、捕縛した刺客を騎士団まで連れて行く姿が村の人たちに見られている。
そのようなことは滅多にないため、村人たちは不安げにささやき合っていた。
「泥棒か?」「いやこんな村に盗む物なんてねえべ」「じゃあリディア様と何か関係が?」「大丈夫なのかねえ」
刺客を移送しながら、ゼノはそんな声を耳にして「リディアに気づかれないうちに村人の不安を和らげないといけない」と考えていたのだ。
だが、リディアはその事態を予想していた。
「私がこの村にいると、村の人たちが不安がるでしょう。それに、私も体を鍛えなくては。簡単に殺されたくはありませんから」
「まあ嬢ちゃんならそれくらい気づくわな。だから言おうかどうか迷ったんだ」
「だが、村人は決してリディアに出て行って欲しいなどとは思っていない」
「でも、このまま私が村にいたら迷惑がかかります。今回の失敗を踏まえて、次はもっと大人数で来るかもしれない。そうなると村の人に犠牲が出てもおかしくない。
それに今回は私を狙ってきたけれど、ヴァルハルゼンの狙いはこの国に攻め込むこと。私じゃなく村や騎士団を狙ってくる恐れもある。その時、ルナの力があればみんなを守れるかもしれない」
「嬢ちゃんならそう言うと思ってたよ。安心しな、俺が命に代えても守ってやる」
ガロは、そう言ってゼノの方を見た。リディアではなく、ゼノを安心させようとした言葉だったのだ。
そして、ガロはリディアに向かって言う。
「嬢ちゃん、道は険しいが音を上げるなよ」
「はい、自分の身を自分で守れるくらいにはなりたいので。険しい道に挫けるようでは、いつまでたっても足手まといです」
「いや、足手まといなんてことは……」
「自分が守るから」くらいのことは言いたかったゼノだが、そんなに器用ではない。それに、今回は騎士団長である自分がついて行くことは不可能なのだ。
「ガロ殿、リディアのことをよろしくお願いします」
ゼノは、深々と頭を下げる。
それからリディアとガロは旅の支度を済ませ、村の長老セリナのところに挨拶に行った。この人には事情を隠す必要はない。ルナのこと、そして刺客のことも話した。さすがに隣国の謀略のことまで話すと時間がかかり過ぎるのでそこまでは話せなかったが。
「しばらく留守にします」
「私がもっと聖獣のことに詳しかったらよかったんだけどねえ」
「いえ、そこまでご迷惑をかけるわけには……」
「迷惑なんて言うんじゃないよ。あんたは村を守りたいと言ってくれたが、私たちもあんたを守りたいと思っているんだ。だから、必ず帰ってくるんだよ」
「……ありがとう、ございます」
そうして長老の家を出ると、村の人たちが集まっていた。そして「気をつけて」「早く帰ってきてね」と声をかけてくれた。
リディアは、胸が熱くなるのを感じた。
「やっぱりルナのことを知らなくては……」の後の「ルナが見せた癒しの力」は2話、「祠で浮き上がった紋様」は4話、村の長老セリナは3話4話等で出てきています。「何のこと?」と思ったら戻って読んでみてください。少しずつ書いていると作者も忘れてしまうことが……。もうしばらくするとユリウスなんていう諜報員も再登場します。リディアがいるのはラグリファル王国。リディアのお父さんはギルベルト、お母さんはクラリス。カタカナは覚えにくいなあ。ゼノと栄養ドリンク(ゼナ)を間違えそう。でもちゃんと完結させますのでお付き合いいただければ嬉しいです。




