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影の足音

第26話「影の足音」

森の奥深く、小屋の前で猟師ガロは封書を開いた。

しばらく見つめた後、彼は小さく溜息をつき、焚き火に薪をくべた。


「まったく……久しぶりに名前を聞いたと思ったら、これか」


かつてガロの家は名門貴族だった。

だが祖父の代で家は没落し、若い頃は家名の再興に奔走したものの、今では山奥で猟を生業とする穏やかな生活を選んでいる。


とはいえ、完全に過去を捨てきれたわけではない。

古い友人の中には、今もガロに情報を届けてくれる者がいた。


封書には、暗号が仕込まれていた。

ガロはしばらく黙考し、口元に笑みを浮かべる。


「“ミルファーレ村にヴァルハルゼンの影あり”……か。さては、俺が巻き込まれないよう気を利かせたな」


だが、ガロは以前のような世捨て人ではなかった。

今の彼はミルファーレ村を、そしてリディアのことを気に入っているのだ。


そのミルファーレ村に何らかの危機が迫っているとなれば、――彼は村の平和のために動こうと思っている。


「……自分から面倒ごとには関わるようになるとは……わしも変わったな」



一方、村では疫病の騒動がようやく落ち着いていた。

だがリディアとゼノは、納得がいかず川辺の探索に出ていた。


「やっぱり不自然なの。あの感染の広がり方、普通じゃなかった」


「疫病の原因となるのは川が多い。あの上流に何かあるかもしれない」


2人と共にいた聖獣ルナが、ふと鼻をひくつかせる。

そして、森の奥へと翼を進めた。


「ルナ、何か見つけたの?」


苦労しながらルナの後をついて行くと、人が滅多に近づかない山の斜面に到着した。

そこで彼らは、腐敗の進んだ牛の死体を発見した。


「こんなところに牛が来るはずがない。これは……人為的に置かれたものだ」


「誰が? 何のために?」


ゼノの表情は険しくなった。

これはただの事故でも、自然現象でもない。


「わからないが、何者かがこの村に悪意を持っているのは確かだ。いや、狙いは騎士団かもしれん」


リディアとゼノは、深刻な顔でお互いを見つめ合った。



その頃、ヴァルハルゼン王国の王・グラウベルトは苛立ちを隠せずにいた。


「なぜだ……!なぜ思うように事態が動かぬ!」


グラウベルトの陰謀で、北の砦の守りを手薄にすることができた。

だが、その穴をゼノの騎士団が完璧に埋めてしまっている。戦力は低下しているはずなのに、攻め込む隙がない。


そこで疫病によってミルファーレ村を混乱させ、さらにゼノの騎士団の戦力を削ぎ、北の砦を無防備にする――そうして国境を越えて侵攻するという筋書きだった。


だが、疫病は思うように広がらなかった。そこで調べてみると、この村に追放されていたリディアの働きが大きかったことがわかった。


グラウベルトは追放した元王太子の婚約者のことなどすっかり忘れていたが、再び自分の目論見を潰したリディアに怒りの炎を向けた。


「……大人しく隠棲していればよかったものを」


そして、グラウベルトは密かに刺客を送り出す手配をする。


その際、自分の協力者たるセルヴァ家にも計画の一部を伝えた。

ゼノの後任として、自らに都合の良い人材を押し込む算段も兼ねて――。


そのセルヴァ家の中に、ガロの古い知人がいた。

そして彼は、密使を通じてガロに封書を託したのだった。



ガロは、その手紙を持ってリディアの家を訪れていた。


「つまり、この村が狙われてるってことね」


「お前の身も危ないかもしれん。ここを離れるなら、今のうちだ」


「ありがとう、でも私は逃げない。……ガロさんこそ逃げないのですか?」


「……俺も少しはこの村が気に入っちまったからな」


その言葉は、リディアの胸を温かくした。そして、ゼノを交えた3人で対策を練ることを決めた。


その夜、リディア、ゼノ、ガロの3人は持っている情報を出し合った。

ゼノは北の砦の兵が減って不自然に忙しくなっていることを話し、リディアは王都にいた頃の不審な外交文書や地方領主の動きのことを語る。


「繋がったな……ヴァルハルゼンは、我が国を侵略しようと目論んでいる」


「それもかなり大がかりだな。王都を混乱させつつ北の砦から攻め込む。ゼノ殿の騎士団が弱体化すればそれはたやすいし、王都からの迅速な援軍も来ない」


ガロはこの中で最年長だが、貴族であり村を守ってもいるゼノに敬意を表して「ゼノ殿」と呼んでいる。そして、リディアのことは「嬢ちゃん」だ。その呼び方には、親しみが感じられる。


「そのために疫病を……なんて酷い」


グラウベルト王が期待したほどの成果は上げられなかったが、その疫病で数人の村人が亡くなっているのだ。リディアの胸には、怒りの感情が湧き上がった。


「そうなると、嬢ちゃんの身も危ないんじゃないのか?」


「確かに、リディアの存在を邪魔に感じてもおかしくない」


その時だった。


外から、物音がした。

耳を澄ませば、気配がひしひしと近づいてくる。


「噂をすれば何とやら……か」


ガロが素早く窓から外を覗き、低く呟いた。


「黒装束……刺客か!」


ガロとゼノが剣を構える。

外に忍び寄る影――それは確かに、“ヴァルハルゼンの影”だった。




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