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信頼

それは2年前の話――ラグリファル王国に不穏な空気が流れたのは、王ガラハルトが倒れたという知らせが広がった日だった。

動揺する王都。その隙を突くように、隣国ヴァルハルゼンの王グラウベルトは密かに動き出していた。


地方領主たちの不満を焚きつけ、王太子に不信を抱かせ、王国を内側から瓦解させる。

その計画の一端が、外交文書の不正操作と地方巡察の混乱だった。


だが、そこに予想外の存在が立ちはだかった。


王太子の婚約者、リディア。

王宮の中ではまだ若い娘としてしか見られていなかった彼女は、与えられた任務――文書管理や使者の調整、民心への気遣い――を黙々と、誠実に果たしていた。


その地道な働きが、ヴァルハルゼンの策略をいくつも無効化することになった。

政府の(そのほとんどはリディアの)誠実な対応によって地方領主の不信感は静まり、外交混乱は未然に防がれた。


「偶然だとは思いますが、あの小娘は邪魔ですな」

ヴァルハルゼン王国の一部の側近はそう言って肩をすくめた。


だが、王グラウベルトの目は鋭かった。


「侮れん」


彼は静かにそう言い放つと、新たな策略を講じた。


王太子とエリザベートの接近、そしてリディアの婚約破棄。


すべては、この有能すぎる小娘を王宮から遠ざけるため。

狙い通り、リディアは追われるように辺境の地・ミルファーレ村へと送られた。


策略が成功したことを報告されたグラウベルトは、椅子の背にもたれながら満足げに呟く。

「うまく追い出せたようだな……」



それから数ヶ月が過ぎた。


春の終わりを迎えたミルファーレ村で、異変が起こった。

子どもたちが次々に発熱し、咳をこぼし始め、大人たちも食欲を失っていった。


リディアはすぐに村の広場に駆けつけた。

既にゼノが現場を把握し、手際よく隔離区域を設け、水源を確認し、感染の拡大を抑える手を打っていた。


「水場が汚染されてる。川の上流に獣の死骸でも流れ込んだか……」


ゼノは低く呟くと、村の若者に簡易の浄化装置を作らせ始める。


しかし問題は物資だった。

消毒用の布も、保存食も、薬草も足りない。


「ゼノ、これを使って」


リディアは自分の倉庫を開け、貯めていた薬草や布、防疫用品を持ち出した。

この村に来てから、万一のためにと用意していた備蓄だ。


「リディア……こんな事態を想定してたのか?」


ゼノが驚いたように問うと、リディアは少し恥ずかしそうに目をそらした。


「私は、私にできることをやっておきたかっただけです」


「……リディアにはいつも助けられてばかりだな」


小さく笑ったゼノの顔に、いつになく穏やかな表情が浮かんでいた。


感染は早期対応により抑えられ、村は平穏を取り戻す。

村人たちは自然と、2人を信頼するようになっていた。


「リディア様がいれば、もう安心だ」

「ゼノ様も、一晩で隔離区作ったんだってさ」


夕暮れの畑で、村人たちのそんな声が風に乗って流れてくる。


その日の夜。

リディアは、村の高台にひとり立って夜空を見上げていた。

そこへ、背後から足音が近づく。


「ここにいたのか」


振り返ると、ゼノが立っていた。

どちらからともなく、肩を並べて夜空を眺める。


「……あなたがいてくれて、本当によかった」


「それは、こっちの台詞だ」


静かな時間が流れた。


胸の奥が少しだけ温かくなる。

リディアは、自分の中に芽生えた感情に気づき始めていた。


ゼノのほうは、もうとっくにそれを自覚していた――



その夜、ミルファーレ村の森の奥。

暮れかけの空の下、猟師・ガロは焚き火の煙を追っていた。


猟犬が唸り声を上げたのは、その時だった。


気配に気づいたガロが立ち上がると、そこには黒衣の密使が一人。

何も言わず、封書を差し出し、闇に紛れて去っていく。


ガロは封を切り、中の書状に目を通す。


「また、面倒な話が動き出したか……」


焚き火の火が、ゆらりと揺れた。

ガロの背にある影が、獣のように不穏にうねった。


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