プライド
エリザベート・ド・セルヴァ。セルヴァ公爵家の令嬢であり、かなりの野心家である。
キラキラした才能に満ち溢れていたエリザベートは、自分こそが王太子妃に相応しいと思っていた。
だが、レオン王太子の婚約者にはリディアが選ばれた。
――たかが伯爵家の女になぜ!
エリザベートは、その気持ちを隠そうともしなかった。自分の方が優れていると、その能力をひけらかして回った。
実際はそういった部分を忌避されて、リディアが選ばれたのだが。
その未来の王太子妃を選んだのは、レオン自身ではない。
ガラハルト・エルネスト・ラグリファル。現在のラグリファル王が、王国のことを考えて選んだのだ。
王は、自分の息子であるレオンの出来に関してもきちんと把握していた。
見栄っ張りで中身が薄く、努力も好まない。あまりの出来の悪さに、第二王子のセシルを後継者にしようかと考えたことさえある。
だが、長子相続の原則を曲げてしまったら王国の火種になりかねない。兄弟で争うことになったら、隣国が黙っていないだろう。
そこで、聡明で控えめなリディアが選ばれたのだ。
エリザベートも才気煥発ではあるが、あまりにも利己的過ぎる。
そのうえ野心を隠そうともしないので、王国をどこに導いてしまうかわからない。
平和主義の王にとって、そのような王太子妃(未来の王妃)では困るのだ。
リディアは、王の期待によく応えていた。
控えめにレオンを補佐しつつ、国を安定させていった。
レオンからそれとなく言葉を引き出し、レオンの発案であるかのように政策を進めていった。
治安、教育、文化など、リディアの発案は多くの人を感嘆させた。
軍事的なことはあまり得意ではなかったが、そこは王がしっかりと守備を固めた。
そのままの状態が続けば、ラグリファル王国は不可侵の強国になっていただろう。
だが、そうはうまくいかなかった。一番の誤算は、王の健康が長く続かなかったことだ。
病床に臥せっている王は、まだ40を過ぎたばかり。本人はまだまだ自分の力で国を強くし平和を築くつもりでいたのだが、突然の病魔に倒れてしまった。
もちろん、宰相を始めとした家臣も決して無能ではない。そこにリディアも加わって、王がいなくてもラグリファル王国は大丈夫だという姿を見せようと努力した。
王が集め育てた家臣団は、普通であれば十分に国を運営していく能力はあったのだ。
だが、それを見逃すグラウベルト・フォン・ヴァルハルゼンではなかった。隣国ヴァルハルゼンの王は、これを好機と捉えた。さらに、現状に不満を持っている者も把握していた。
エリザベート・ド・セルヴァ。隣国の若き王は、ラグリファル王国の弱点をしっかり見抜いていた。
公爵という高い地位にありながら、現当主には大した能力もないため重用されていない。エリザベートも、王太子妃に選ばれなかったことを根に持っている。
この公爵家は、グラウベルト・フォン・ヴァルハルゼンにとって非常に扱いやすい相手であった。
ちょっとした情報を流させることで小銭を渡し、ヴァルハルゼンに協力することへの抵抗を取り除いた。
セルヴァ家当主は「大したことをしているわけではない」と思っているが、実際その情報は本気で調べればすぐに手に入るものだった。
もちろん、ヴァルハルゼン王もそんなことは百も承知だ。
そうしてヴァルハルゼンへの協力に慣れさせておいて、エリザベートのプライドをくすぐる。
「エリザベート様こそ王太子妃に相応しいのではありませんか?」
この言葉によって、リディアを追い落とす陰謀にたやすく加担させることができた。
「プライドの高い人間こそ操りやすいものよ」
グラウベルト・フォン・ヴァルハルゼンは、酒杯を傾けながらにんまりと笑った。