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沈黙の代償

カレン嬢の家が財政難に陥ったという知らせは、まるで火のついた紙片のように瞬く間に社交界中を駆け巡った。

つい先日まで誰よりも贅沢なドレスに身を包み、エリザベートの隣に立って微笑んでいた令嬢が、急に屋敷の維持費さえ滞るようになったというのだ。

しかも、エリザベートからの援助も助言も一切受けられなくなったと知れると、貴族たちは我先にと彼女から距離を置いた。

華やかな夜会で彼女の姿を見かけても、視線はすぐに逸らされ、口元には薄く冷笑が浮かぶ。

栄光は儚く、社交界の風向きはあまりにも残酷だった。


同じような運命は、かつてエリザベートに取り入ろうとした令嬢たちにも次々と訪れた。

招待状が届かない、会話に加われない、視線すら向けられない。


次第にその共通点が囁かれ始める。落ちぶれていくものの中には、リディア追放の際に証言をした者が多かった。


噂は細く流れ出し、やがてそれを知るものがどんどん多くなっていく。


「あの追放劇には何か裏があったのではないか」「そう言えばあれは不自然だった」と。


ギルベルト伯爵は、そうした陰のささやきを公務の場で耳にするたび、苛立ちと共に言いようのない罪悪感に揺れた。

陰のささやきの中には、「娘を見捨てた父」というものまであったのだ。

そしてそれはある意味事実であるだけに、彼の胸の奥深くまで突き刺さった。


かつては冷静な判断とされたものが今や愚かとされ、正義を語る者に非難される。

だが、彼の顔に怒りは浮かばなかった。むしろその表情は日に日にやつれ、影を帯びていった。


「私は、あなたのようには割り切れないのです」


クラリス夫人がそう告げたのは晩餐の終わり、食卓の皿が下げられた後だった。

火の落ちた燭台の淡い香が漂う中、彼女の言葉はほとんど囁きのようだった。

だが、その静けさの中には、確かな決意が宿っていた。


ギルベルトは一言も返さなかった。

ただ、椅子の背にもたれ、視線を天井の一点に固定したまま、呼吸だけがかすかに乱れていた。


娘を想う母の気持ちは、今にも胸から零れ落ちそうになっていた。



そのころ、ユリウスは諜報部員として活発に動いていた。

陰謀の臭いを感じ取っている彼は、かねてから調査を続けていた。

そしてついにある貴族の屋敷の書庫で、一通の写し文書を手にした。

そこには、公には出されていない命令系統の記録と、それに添えられた機密書簡の写しがあった。


「……これは」


ユリウスの指が震えた。その筆跡と印章に、彼は見覚えがあった。

そして、それが何を意味するかも。

リディアを追放に追いやったのは、ただの嫉妬や権力争いではなかった。背後には、明確な意志と策略があったのだ。


文書を封じた後、ユリウスはしばし黙考した。

これを誰に、どのように告げるべきか。


この事実が公になれば、ある者は没落し、ある者は裁かれ、ある者は――救われる。

けれどそれは、今までの沈黙の代償としては、あまりにも大きな破壊を伴うだろう。


しかし、彼は知っていた。この真実を、黙って見過ごしてはならないのだと。


リディアが追放された日から、ずっと囁かれてきた「何かがおかしい」という違和感は、確かにこの一枚の紙に凝縮されていた。


「マクレイン伯爵に告げるべきだろうか……」


ユリウスは、それが一番正しい方法だと考える。

王太子はエリザベートの言いなりだし、老王にもあまり期待はできない。


だが、自分の行動による波紋はあまりにも大きい。

不都合な真実を暴くことで、自分の命を狙ってくる者もいるだろう。


そう考えると、ユリウスは逡巡せざるを得なかった。


「……リディア・グレイス・マクレイン」


ユリウスは、追放される時の潔い態度を思い浮かべながらその名前をつぶやく。



その時、ミルファーレ村で聖獣ルナが小さく鳴いた。


だが、それは何かを感じ取ったわけではない。ただ単にリディアに甘えているのだ。


相変わらずの甘えん坊だが、ルナは少し大きくなった。


ルナが森で遊んだ後、リディアより先に帰った時に家に入れるように穴が開けてあるのだが、ある時そこにルナがすっぽりはまって抜けなくなっていたことがある。


それ以来、ルナは先に帰ってきても家の前で待っているか、リディアを迎えに来るようになっていた。


そして、ルナはこれからまだまだ大きくなるのだ。

今日もルナは当然のようにリディアのベッドにもぐりこんでいるが、それが少し狭くなりつつある。


「この子が大きくなったらもっと大きな家に引っ越さないとだめね……」


王都を追放される時のリディアは、「このままでは終わらせない」と胸に誓っていた。


だが、最近は今の暮らしを守りたいと思うようになっている。

自分を信頼し切って懐いてくるルナやいつも優しくしてくれる村人との日々は、それくらいリディアにとって幸せなものなのだ。


聖獣のルナには大きな力が秘められていると言う。

だが今のリディアは、ルナがそんな力を使う機会もなく平和に暮らして欲しいと思っている。


「ベッドもかなり大きいのを買わなくちゃ」


リディアもルナも、いつまでも一緒のベッドで添い寝をするつもりでいる。


これから何が起こるかも知らずに――。




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