贈り物
ミルファーレ村での暮らしは、リディアにとって驚くほど穏やかで楽しいものになっていた。
王都にいた頃、広い部屋にいても心は窮屈だった。
王太子の婚約者に選ばれたことそのものが、重責だったのだ。
公爵家や侯爵家の娘が多くいる中、伯爵家の自分が選ばれた。
妬みや嫉みを受け、常に誰かの視線にさらされていた。
さらに、王太子妃としての務めを学ばねばならなかった。
政治に疎いレオンに代わって、多くの書を読み、礼儀作法も完璧にこなそうとした。
その忙しさと責任感が、彼女の表情を硬くした。
――そして、人々はリディアを「冷たい女」と呼ぶようになった。
だが、ミルファーレ村にはそんなものはない。
生きていくこと自体が大変で、だからこそ人は助け合う。
人間としての温かい営みがここにはある。
素直になれない若い男女の恋愛模様。
老夫婦の信頼に満ちた夫婦喧嘩。
明日を信じて疑わない子供たちの元気な遊び声。
それらを聞いていると、リディアはつくづく「楽しい」と思うのだ。
王都にいた頃のような贅沢はできない。
また、王都ほど物が豊富でもない。
それでもリディアは、心が満たされていた。
そんなリディアがここに来るまでの間に拾った聖獣、ルナ。
ルナは子供たちに人気で、よく一緒に遊んでいる。
それでもルナはリディアに一番懐いているので、リディアも子供と遊ぶことが多い。
子供はよく怪我をするものだ。
この村の人々に受け入れられるようになったのも、子供の怪我を治したことだった。
その時はルナの力で治したが、その後は惜しみなく王都から持ってきた薬を使った。
「痛いよお、リディアお姉ちゃん」
また、女の子が転んで膝から血を出している。
「はいはい、薬を塗ってあげますから泣かないの」
元気な子供を微笑ましく思いながら、リディアは手当てをしてやった。
「……薬ももう終わりね。ここら辺じゃこの薬は売っていないし、どうせ今の私ではこんな高価なものはかうこともできない。薬草の知識を仕入れなくちゃ」
リディアは、そう呟きながらルナと子供たちが遊んでいるのを眺めていた。
その次の日、リディアが農作業の手伝いに行こうと扉を開けると、小さな包みが置いてあった。
それは、リディアが使い切ってしまった薬だった。
「なぜこんなものがここに?」
誰が置いたのだろう。
村人の親切かとも思ったが、ここでこんな薬を手に入れられる人がいるはずがない。
リディアは、ガロにも聞いてみた。
元貴族のガロなら、この薬を入手できるかもしれない。
「俺じゃねえよ。俺だったら何も夜中にこっそり家の前に置く理由がねえ」
「そうですよね。全然心当たりがなくて」
父や母からかとも考えたが、それなら薬だけというのはおかしい。
薬がなくなった途端に置かれていたことにも説明がつかないし、こんなことをするなら手紙くらいつけてもいいだろう。
何より、厳格で忠誠心の厚い父は罪人の娘にこんなことはできないだろう。
本心では心配していてもその素振りを見せない、それが父なのだ。
リディアがそんなことを考えている間、ガロはその薬を調べていた。
「特に怪しいことはなさそうだな。お嬢ちゃんに危害を加えるつもりかもしれねえと思ったんだが」
ガロはすっかりリディアに心を開き、今では「お嬢ちゃん」呼びをするようになっている。
「この薬は私よりも子供たちにばかり使っていますから、子供たちが先に危ない目に遭ってしまうわ」
「だが特に問題はない。安心して子供たちに使ってやんな」
「ありがとうございます」
リディアは、ガロにお礼を言った。
そして、心の中で誰かわからない贈り主にも感謝の気持ちを告げた。
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