表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/43

仮面の舞踏、仮面の顔

王都ヴェルフォートに、冬の気配を孕んだ風が吹き抜ける夜。

王宮の中央広間では、今宵限りの華やかな舞踏会が催されていた。

仮面舞踏――貴族たちが仮面を纏い、身分を隠して踊るこの夜だけは、誰もが自由に振る舞うことが許される。


高らかなファンファーレと共に大理石の階段からゆっくりと姿を現したのは、王太子レオンとその婚約者、エリザベート・ド・セルヴァである。

深紅と黒のレースが交差するドレスに金の仮面を添えた彼女の姿は、まさに夜の女王。

口元に浮かべた優雅な微笑は、見る者すべてを虜にしていった。


 「お美しい…あれがセルヴァ家の令嬢か」


 「まるで絵画から抜け出したようだ」


 貴族たちのざわめきは止むことなく、仮面越しの視線が彼女へと集まる。

だがその注目を真正面から受け止めながら、エリザベートは怯むどころか、むしろそれを愉しむようにレオンの腕にそっと身を寄せた。



一方、王宮の東塔地下――通常の貴族の目には触れない文書室では、一人の黒衣の人物が蝋燭の灯を頼りに動いていた。

手際よく棚から一冊の地図帳を取り出すと、特定のページを開き、そこに記された砦と補給路の図面を写し取っていく。


カリ、カリ……紙に筆が走る音のみが響き、やがてその人物は証拠を一切残すことなく図面を隠し持ち、闇に紛れて姿を消した。

誰も気づかない。いや、気づくようにできていない。それほどに完璧な手際だった。



舞踏会の喧騒は、何も知らぬまま続いていた。シャンデリアの光の下、エリザベートは次々と貴族たちに声をかけられ、優雅に会話を交わしていた。


「わが領地の小麦は、例年よりよく実りましたわ。北の風が、肥えた土を運んでくれたのでしょう」


その一言に、聞き手の男爵は目を見開いた。『北の風』――それは、セルヴァ家内でしか通じぬ合図。

次なる行動の時機を意味する、暗号文だ。

エリザベートは一切の表情を変えず、社交辞令に見せかけてその言葉を発する。

続けて話しかけた別の伯爵には、こうささやく。


「今夜の光は月ではなく、雲の隙間から降る予兆の星ですわね」


それを聞いた伯爵も、沈黙のまま軽く頭を下げて去っていった。

エリザベートの周囲には、華やかな衣装と香水の香りが漂っているが、その奥では確実に、何かが動いていた。


そしてその様子を、陰から見つめる者がいた。

王国諜報部に所属する若き調査官、ユリウス・グレイである。

仮面舞踏の特性を利用して身分を隠し、彼は使用人として舞踏会の裏に潜んでいた。


「やはり奇妙だな。あの令嬢、誰と話してもまるで会話が成立していない。

いや、言葉そのものよりも……表現の仕方が一定の規則に沿っている」


彼の鋭い眼は、すでにエリザベートの周囲に潜む不審な動きに気づいていた。

貴族の中に混ざる、名簿に記載のない仮面の客。

舞踏の合間に何度も目配せを交わす者たち。明らかに意図された“会話”。

ユリウスは冷静に状況を見極め、頭の中で網を張り巡らせていく。


その頃、王都の外縁にある小さな伝令塔では、もう一つの動きが進んでいた。

仮面を被った密使が、暗闇に紛れて塔へと駆け込み、魔導印通信の小箱を起動する。


「至急、標的地へ送信。文言はこう――“北の砦、守備縮小。対応急務”」


淡い光が走り、魔導装置が一瞬だけ震えた。北方国境付近にある、とある宛先へと、その情報は確かに放たれた。

これにより、王国北部に不穏な空気が立ち込めるのは時間の問題となるだろう。


玉座の下で繰り広げられる舞踏と笑顔の裏で、王国の基盤を揺るがすような大きな陰謀が、静かに進行していた。


その中心にいるのは、華やかに笑う令嬢エリザベート。

仮面の舞踏は、真実を覆い隠す仮面の顔を、誰にも見せようとはしなかった。



面白かった、続きを読みたい、

と思っていただけたら

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちをお聞かせください!

ブックマークもしていただけると本当にうれしいです。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ