梟雄
「本当にこの国を……この儂を滅ぼすつもりなのか!」
グラウベルトは、わなわなと震えていた。
ここに至るまで、グラウベルトは様々な策を講じてきた。
友好関係を破棄して攻め込んだことを謝罪し、許しを請う手紙をラグリファル王都に送った。
毎年貢物を収めることも提案した。
自分の娘や息子、最後には王太子まで人質として送るとまで譲歩した。
属国となり、ラグリファル王国の命令を受け入れることも。
それでも、ラグリファルはその全てを拒絶してきた。
王太子レオンとその婚約者エリザベートは、リディアやゼノから聞いている。
「あの野心の塊のような男が生きている限り安寧は訪れない」
だから二人は、グラウベルトの首以外の降伏条件は認めない、と同じ返事を繰り返した。
「……ふざけたことを!」
自分が生きていなければ意味がない、自分がいるからこそヴァルハルゼンが反攻することができるのだ。
この国には自分が必要なのだ!
グラウベルトは、王都の貴族にも手を回そうとした。
戦争を止めるよう、朝議を操作しようとしたのだ。
だが、落ち目のヴァルハルゼンが出す金に目がくらむ程度の貴族に、そんな力があるはずもなかった。
根回しをしようにも、耳を傾ける者はいない。
何よりレオンとエリザベートの意志が固いことを皆が知っているので、戦の中止を発議しようとする者もいなかった。
エリザベートの父にも連絡を取ろうとした。
以前なら、いくらでも言いなりになっていた男だ。
しかし、もうヴァルハルゼンの名前を出しただけで追い返されるようになった。
ハロルドは以前の失態を娘からこっぴどく叱られ、二度とヴァルハルゼンに与しないことを誓ったのだ。
グラウベルトは、それでも諦めなかった。
他国への援軍要請、ラグリファルの兵糧強奪、リディア・ゼノ・ガロらの暗殺、偽の撤退命令書等、思いつくことは何でもやった。
だがそれらは何の効果もなく、ただ空しい報告を聞くだけだった。
再び兵を集めながらも、戦で勝つ方策はまったく浮かばない。
「全面降伏でも構わんのだ、儂の首以外ならどんな条件でも飲むというのに……」
グラウベルトは、朝議の席で苛々と歩き回りながら意見を求めた。
その時、従弟の姿が目に入った。
グラウディス・リュシアン・ヴァルハルゼン。
グラウベルトに似た容姿を持っているため、影武者のようなことを務めたこともある。
グラウベルトはすぐに目を逸らしたが、グラウディスは背中に冷ややかなものを感じた。
この人はグラウベルトの陰に隠れがちだがかなり思慮深く、また勘も良い。
何となく従兄の考えていることが分かった。
そして、このままでは自分が危ないことも。
「陛下、私をお使いください」
グラウディスは、自分から言葉を発した。
「ふむ、どうするのだ?」
「私の首を、陛下の首だと偽って敵に渡すのです。そうすれば、ラグリファルも降伏を受け入れるでしょう」
グラウベルトは、不敵な笑みを浮かべて言う。
「おお、その方は何という忠義者じゃ。おぬしらの家族は厚く遇してやるゆえ、安心せよ」
「ありがたきお言葉。ただ、今夜は家族と最後の別れをしとうございますゆえ、明日の朝、私の首をお切りくだされ」
「うむ、良いだろう。家族を安心させてやるがよい」
元々自分が命令しようと思っていたが、抵抗されるのではないかとグラウベルトは思っていた。
それを自分から言い出してくれたことで、グラウベルトは上機嫌になった。
「儂はこのままでは終わらんぞ」
そう言って、朝議は終わりになった。
その夜、グラウディスは王宮に忍び込んだ。
もちろん、むざむざと殺されるつもりはない。
今夜のうちにあの暴君の首を取り、降伏をするつもりなのだ。
グラウベルトの方も、その可能性は十分考えていた。
従弟の聡明さを、グラウベルトは警戒していた。
だから、十分な警備兵を配置しておいた。
計算違いだったのは、グラウベルトに人望がなかったことだった。
強いうちは誰も逆らわなかった。だから、気づかなかった。
落ち目になった時、本当の忠誠心がわかる。
王宮の門番も、鍵を司る役人も、そして部屋の前の警備兵でさえ、グラウディスが渡すいくらかの金で職務を放棄した。
鍵穴に鍵が差し込まれ、まるで他人の部屋のように扉が開いていく。
その様子を、グラウベルトは幽霊でも見るような恐怖心で見つめていた。
部屋の外には十人の警備兵がおり、さらに鍵もかかっているはずなのに、この国で最も守られるべき自分の部屋がいとも簡単に開く。
その事実を、グラウベルトは受け入れられなかった。
剣を片手に部屋に入ってきたグラウディスに、グラウベルトは命乞いをする。
「許してくれ!身代わりは止めにする!お前を害したりしない!だから……」
グラウディスは、無言で剣を構える。
「この国には儂が必要なはずじゃ!儂さえ生きていれば、この国は強くなるのじゃぞ!」
「あなたが信義にもとる侵略行為をしたせいで国が滅ぼうとしているのだ!あなたがいなくなれば平和になる」
「馬鹿を言うな!ラグリファルはどうせいつか我が国に攻め込んできたであろう!あんな強国が侵略をしないはずがない!だから、先手を打っただけだ!」
「我が国が国境の兵を千減らした時、ラグリファルも同じように兵を減らした。あなたは謀略に引っかかったと喜んでいたが、あれは我が国を安心させるためでもあったはずだ。あなたが余計なことをしなければ、攻められることもなかった」
「そ、そんなことは……」
「もういい!」
そう言って、グラウディスは剣を振るった。
梟雄の首が、豪奢な部屋の床に転がった。




