笑顔
リディアがルナに乗って飛び立った後、ゼノはしばらくそれを見送っていた。
すると、そのまま降下していくのが見えた。
「馬鹿な!あそこは敵地だぞ」
そう叫ぶと、ゼノは近くにいた騎士についてくるよう命じて馬の用意をした。
「どうしたんだ、リディアらしくもない……」
リディアはいつも空から偵察をした後、すぐに戻ってきて地形図を書いた。
それからみんなで相談し、策を決めていた。
詳しいことが分からなくても、敵地に降りることの危険性は十分理解していたはずだ。
それなのに……。
「何事もなければいいが……」
そう願いながら、ゼノは馬を飛ばした。ついてきた騎士は丁度十人。
一行は、ルナが下りた場所を目指して全速力で駆けた。
そうして辿り着いた場所には、五十もの死体が横たわっていた。
その中で、リディアがうずくまって泣いている。
この世の終わりのようなその声に、ゼノの胸も締め付けられた。
ゼノは、リディアに近寄る。
「リディア、大丈夫か?」
リディアは、大声で泣きながらゼノに縋り付いた。
我慢などできるはずもなかった。
「わああああぁぁぁぁ」
言葉が出てこなかった。出したいとも思わなかった。
でも、この温かさに甘えたかった。
どうしていいかわからない、戦い続けられるかどうかもわからない。
それでも今は、「リディア」として存在したかった。
ゼノは、そんなリディアを無言で優しく抱きしめた。
そして、リディアの頬を舐める。
「……?」
ペロッ。
「ゼノ、こんな時にふざけないで!」
リディアが涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、そこには拾った時と同じ、小さなルナの顔があった。
「何で俺がほっぺたを舐めないといかんのだ……」
そんなゼノのぼやきも聞こえないように、リディアはルナの名前を連呼しながら抱き締めた。
「ルナ!ルナ!……私の願いを……叶えてくれたのね!」
その時、消え入りそうな声がリディアの脳裏に届いた。
「力を失った僕が、リディアの傍にいてもいいの……?」
「当たり前じゃない!力があるからルナと一緒にいたいわけじゃない。一緒にいたいルナにたまたま力があったから、甘えさせてもらっちゃっただけ」
リディアはルナに頬ずりをしながら言った。
「今までわがままを聞いてくれてありがとう。……これからも、よろしくね」
リディアの声は、嬉し涙で震えていた。
ルナは、声を届ける力も失ったのだろう。
それでも気持ちが簡単に理解できるほど、嬉しそうにリディアに抱かれていた。
涙を流しながらルナを抱き締めるリディアの姿は、ダリオ男爵や今のリディアの配下の兵が見たら驚いただろう。
ブラッディ・リディアという呼び名とは、まったく結びつかない姿だ。
しかし、ゼノと騎士団の者たちは以前のリディアを知っている。
昔のままのリディアの姿を、11人の男たちは微笑ましく見つめていた。
***
それから、グラニット城の攻略が始まった。
人の心理を読むことに一枚上手のリディアは、敵将の性格も踏まえて相手の罠の裏をかいた。
少しずつ敵に損害を与え、焦りを見せたところであの森に誘き出して堤防を崩し、敵を濁流に飲み込ませた。
ゼノは正攻法の戦なら私なんか足元にも及ばないけれど、こういう陰険な敵は苦手だろうな、とリディアは思った。
ゼノも敵将の性格はユリウスから聞いて知っていたはずだ。
「陰険で卑怯な、私だから……勝てた」
そしてリディアは、小さくなったルナを抱き締めて涙をこぼした。
***
戦の後、リディアはゼノやヴォルドや騎士団員に祝勝会に誘われた。
リディアの戦線には余裕があり、またルナに乗って戻ることもできなくなったため一晩泊めてもらうことになった。
「相変わらず見事な作戦ですね」
と騎士団員から褒められる。
その時、リディアはどんな顔をしていいかわからなくなった。
あれだけ泣いた後で、さらに昔の自分を知っている人の前でブラッディ・リディアを演じるのは難しい。
だが人殺しの自分が、悲劇を生み出した自分が、心から喜んでいいはずがない。
リディアは、今にも泣きだしそうな微笑を向けた。
その顔を見た時、ゼノは胸が痛くなった。
それでもリディアは、戦場を離れないだろう。
それなら少しでも早くこの戦いを終わらせてリディアを楽にさせてあげたい、ゼノはそう心に誓った。




