赤い目
リディアは、破竹の進撃を続けた。
王都から潤沢に兵糧を送ってくれるので、後顧の憂いはない。
ひたすら前を向いて、征服を続けて行った。
——そして、リディアは夜ごとルナにすがって泣いた。
恋人からの手紙を握り締めて死んでいた兵士。
夫らしき兵士の死体に縋り付いて泣いている女性。
勝ち目などないのに絶望の顔で突進してくる戦士。
自分が奪う責任を一身に引き受けて、リディアは戦い続け、泣き続けた。
「父さんを返せ!」と子供に言われた次の日、目を真っ赤に腫らしたリディアにダリオ男爵もぎょっとしていた。
「やはり繊細な方なのだろう」と。
しかし、その目でリディアは敵を圧倒する作戦を口にする。
残酷なまでに敵を叩き伏せる作戦を。
赤い目で冷酷な作戦を繰り出すリディアは、いつしか恐怖の対象となっていった。
それはまるで、血液を欲する吸血鬼のように。
——ブラッディ・リディア
彼女は、そう呼ばれるようになっていった。
リディア自身も、それを受け入れた。
ブラッディ・リディアと聖獣ルナが現れる戦場には、血の雨が降った。
敵は恐れ、味方さえもその怒りがこちらに向かないように祈った。
……そして、リディアは夜ごとルナにすがって泣き続けた。
戦のない日も、リディアの胸は押し潰されそうに痛かった。
忘れられるものではない、忘れていいものでもない。
たくさんの命を、自分が奪ったことを。
話す言葉には品がある。
立ち居振る舞いも、伯爵令嬢そのものの洗練されたものだ。
それでもダリオ男爵は、リディアに狂気を感じるようになっていった。
「守ってあげなくては」などと思っていた時があったことなど忘れるくらい、ダリオ男爵はリディアに畏怖の念を抱いていた。
リディアに話しかけられると背筋が伸び、自然とかしこまってしまう。
リディアも冷たい顔で冷酷な作戦を告げるのみ。
ミルファーレ村での、明るく優しいリディアは、その面影もなかった。
だからこそ、リディアは村に行けなくなったのだ。
***
三軍に分かれたラグリファル軍は、五日に一度ルナが往復することで戦況を報告し合っている。
それによって、効果的な連携を取ることができるのだ。
ある時のゼノからの手紙に「グラニット城の攻略に手こずっているので応援に来てほしい。可能ならリディアに地形を見てもらいたい」とあった。
リディアの戦線は順調だったので、リディア自身が兵五千を率いて向かうことにした。
ダリオ男爵ならその間守り切ることはたやすい。
「私が不在の間、頼みます」
赤く冷たい目で言い放つリディアに、ダリオ男爵は深い軍礼を返した。
***
リディアはゼノの軍と合流した。
ゼノは、久しぶりに会うリディアを見て絶句した。
以前会った時も別人のような雰囲気だったが、今はさらに様変わりしている。
「リディア、ちゃんと眠れているのか?」
その真っ赤な目を見て、ゼノは言葉をかけずにはいられなかった。
「何も問題ありません。戦況はどのように?」
「リディア、少し休んだらどうだ?何ならミルファーレ村に戻っても……」
「お気遣いは無用です。ヴァルハルゼンを早く倒さなければ」
「本当のリディアはそんな冷たい顔をする人じゃなかっただろう。よく笑って人を思いやって……」
「そんなことを言うために呼んだのですか!」
リディアは、小さく叫んだ。ほんの少しだけ震える声で。
久しぶりに触れる人の優しさ。自分を純粋に思いやってくれる言葉。
ミルファーレ村でゼノと過ごした時間を思い出すと……。涙が滲みそうになる。
「私は戦っているのです。私は、人を殺しているのです。平和のためなどと言いながら」
ゼノは、それ以上は何も言えなくなった。
「すまない、グラニット城に手こずっているのは本当だ。そこを守るマティアス侯爵がそこかしこに罠を張っていて、じわじわと兵力を削られている。力を貸してもらいたい」
「わかりました。とにかく地形を見てみましょう」
そう言って、リディアはルナに乗って飛び立った。
***
戦いを続けているうちに、リディアは地形を利用する策に長けていった。
空から見ていると、敵を包囲したり焼き討ちしたりできる場所の見当がつくのだ。
その時も、リディアは気になる地形を見つけた。
近くに大きな川が流れる鬱蒼とした森。
だが、細かい作戦を立てるには至れなかった。
「ルナ、あそこに降りてみて」
ルナは、少しためらったように「グルゥ…」と鳴いた。
「ルナ、早く!」
そう言われて、ルナはリディアが指定する森に降りていく。
リディアは、そこを入念に見て回った。
「あっちが水源で、ここが低地になっているのね……。堤防を崩せば……」
などと考えていると、ルナがリディアの行く手を塞いだ。
「グルゥ!!」
ルナが大きく鳴き声を上げる。
「どうしたの、ルナ!?」
リディアが自分の前に立つルナを覗き込むと、そこには矢が突き立っていた。
それを確認すると同時に、森の中から五十人ほどの兵が現れた。




