反攻
グラウベルトは、焦っていた。
友好関係を装いながら攻め込んだのだから、ラグリファル王国側が怒るのは当然だ。
だが、ここまで敵意を露にして攻め込んでくるとは思わなかった。
王太子レオンは政治に興味のない惰弱な愚か者。
エリザベートは小才はあるが、レオンの尻を叩いてまで戦を好むような女ではない。
だから、攻め込んでも多少の賠償くらいで済むと思っていた。
もちろん友好関係に戻ることはできないだろうが、攻めるのは常にこちらだと思っていたのだ。
それなのに、敵はヴァルハルゼンのかなり奥深くにまで攻め込んできた。
ラグリファル王国の王都に謝罪の使者を送っても、けんもほろろに追い返されてしまう。
「本気で我が国を滅ぼすつもりなのか?」
グラウベルトは、まだ信じることができなかった。
グラウベルトにはなまじ才も覇気もあるだけに、他のものを見下す傾向がある。
他国を本気で滅ぼそうなどと考えるのは自分くらいだろう、と思い込んでいたのだ。
しかし、ラグリファルは国境を取り返したあと数日でロートバルク城に攻めかかってきた。
それからも進軍を続け、今は三軍に分かれてヴァルハルゼン国内に侵攻している。
王都からの補給も滞りなさそうなところを見ると、レオンやエリザベートも精力的に働いているのだろう。
取り分け目障りなのが、中央を進んでくる軍だ。
「またあの女か……」
王太子の婚約者だった頃から邪魔な存在だった。
辺境に追放された機会に刺客を送ったが、どういうわけか切り抜けられた。
さらには聖獣を連れ、中央を堂々と進んでくる。
「あの女と聖獣を何とかせねば、勝てぬのではないか」
とグラウベルトは思うようになっている。
敵は勝利を重ねながら聖獣が味方に付いていることを喧伝するので、ヴァルハルゼン軍の兵が委縮してしまうのだ。
「これ以上の侵攻を許すわけにはいかん」
そこで、グラウベルトは反攻のための軍を集め始めた。
直轄軍や近隣領主の軍などを揃えて、およそ2万の兵が集まった。
「これを中央のあの女にぶつけてやる。あの女さえいなければ、押し返すこともできるはずだ」
そう言って、グラウベルトはハーゲン・ドルファール将軍を呼び出した。
グラウベルトは険しい顔で将軍の胸に目を据えた。
「ハーゲン・ドルファール。汝にこの軍を託す。主戦場は中央、敵将は──女だと聞く。忌々しいが、あの女を屠ればこの事態は収まる。勝って来い」
将軍は一礼し、冷たい笑みを返した。灰色の髭の下で、老将の目が鋭く光った。
「心得申した。王命、仰せのままに」
グラウベルト自身は、外交や謀略に専念するために王都に残った。
だが、本当は少しの恐怖も感じていたのだ。
***
敵軍の情報がユリウスから届けられた。
ルナに乗って空から見れば、敵軍のある程度の動きはわかる。
だが、敵将の人柄や兵の質などはユリウスの情報に頼るしかない。
2万の軍を率いるハーゲン・ドルファール将軍は、年のころは60前後だが勇猛で戦略眼も備えている。
グラウベルトからの信頼も厚く、誇り高き武人だ。
そして、兵の士気もなかなか高いようだ。
リディアの軍は一万二千。簡単な相手ではない。
だが、あまり悠長に戦ってもいられない。
敵国に攻め込むには大量の兵糧や武具などが必要になる。
ラグリファル王国はヴァルハルゼンより国力が勝るが、それでも無尽蔵ではない。
エリザベートはこの侵攻戦を最優先にすると言ってくれたが、その言葉に甘えてはいけないのだ。
ヴァルハルゼンを滅ぼしても、ラグリファルが傾いてしまったら意味がない。
戦争のない世の中を作るためには、ラグリファルが強国として目を光らせておかなくてはいけないのだ。
リディアは、しばらく考え込んでいた。
人に頼ることが苦手なリディアは、今回も自分だけでどうにかしようと思っていた。
だが、ユリウスからの情報を聞いたゼノもガロも援軍を送ると言ってきている。
最初はそんな迷惑はかけられないと思っていたが、新たな考えが浮かんだ。
「この軍をせん滅すれば、ヴァルハルゼンはもう簡単にこれほどの大軍を編成できなくなるのでは?」
リディアは、ゼノとガロ宛てに手紙を書いてルナに託した。




