1,黄金軌跡の天球論
「ハッ……ハッ……ハア…ッアア、、」
暗く寂れた林のかげを、二人の女が走っていた。ローブをまとった長身の影は、女児の手を強く握っている。
「ママ……もう疲れた……!」
「あともう少しだから……頑張って……」
静寂の森に二人の吐息がもれる。
彼女らの歩幅が少し狭まったその時、遥か後方の闇に虹色の光が点滅した。
「パパゲーナちゃん、もう奴がついてきてる!ペース上げるよ!」
母はまた子の手を引いた。しかしパパゲーナと呼ばれた女児はもう自ら足を動かそうとしない。
「何やってるの!」
「もう……ゔぅ……動け……ゲッホ!」
「パパゲーナちゃん!」
女児は自分の喉元に手を伸ばした。その手の感触は、人間の首とは違う。パサパサとしていて……まるで羽のようだ。
母親が女児を抱き、その頭を胸の中に潜り込ませる。
直後。バヒュン!という風を切る音とともに何かの飛沫が盛大に散った。
「マ……マ?」
返答がない。女児は微かに緩んだ母の腕から顔を出し、上を見上げた。しかし森の暗さ故、母の顔はよく見えなかった。どんなに、目を凝らしても。
間髪入れず二度目の点滅が巻き起こる。しかし今度は、正面から金色の光だった。加えてその光は音を含んでいた。
Bzzzzzzzzzzzzzzzzzz……
半壊した蛍光灯からしか聞いたことのない、高周波の電子音。光はだんだん強くなり……
それに応えるようにまた後方から虹色の光が点滅した。その一秒後。
Baaanng!!!
突如女児の頭上で火花が咲いた。女児目掛けて高速で迫ってきていた虹色の光と金色の光が衝突したのだ。
女児とその母親は風圧で吹っ飛ばされる。女児は近くの木の幹にぶつかったが、母の体はそのまま遠くへ飛んでいく。
「ママァ!」
Bzzzzzzzzzzzzzzzzzz……
女児は立ち上がろうとしたが、下手に足を延ばそうとすると激痛が走り、その場に座り込むことしかできなかった。ボロボロと涙を流しながら、おそるおそる女児は光の衝突点に目をやった。
「ヒッ……!」
目の前で、金髪タキシードの人間が巨大蟻の腹に剣先を突き刺していた。一方巨大蟻の足もタキシードの脇腹を抉っている。一人と一匹の周囲には、小さな五芒星がポツポツと浮いている。
その時。
「救助対象発見!迅速に連れて帰ります!」
どこからか女性の声が聞こえる。
「え―――?」
気が付いた頃には、女児は何者かに担ぎ上げられていた。
「キャァァァァァァァァ!」
担がれたまま女児はもの凄いスピードで連行される。女児を抱える人影の耳元から、ノイズ混じりの無線が聞こえる。男の声だ。
≪……リリス、それホントに救助対象か?≫
「ちゃんと情報通り子供です!本童話のハツラも先輩が……」
≪……まぁいい。とりあえずゲートを張るからお前と救助対象は先に脱出しろ!≫
直後、重たい風の音がして周囲の木々が唸った。グシャグシャの顔に生暖かい風が吹き荒れる。
「ママ!ママァァァァアアア!!!」
女児の抵抗も虚しく、二人は森の闇に溶けた。




