九話:重箱
「えっ!イッセイ右目見えないの?!嘘でしょ!?片目だけで運転ってできるの?!」
「よくわからんが、その辺は人によるんでねぇか?試験は全く問題なかったんじゃよ」
この世界に来た時に、イッセイの酷く激しい運転も優しい運転も知っているリリは驚いた。
「コンタクトレンズで矯正してるとかじゃなくて?」
「イッセイの視力は矯正できるものじゃないみたいなのよ、私たちもよくわからなくて」
「医者もよくわからん言っとったな!」
「・・・へー。見えてそうに感じるけどね」
キキが関心したように言った。
「そうじゃろ?!だからワシらもふとたまにあーゆーの見て思い出すんじゃよ!」
「元々視力が良くなくてねぇ・・・。でも十歳くらいかしら?その頃から慣れたのかああやって周りにぶつかることも減ったから私たちもついつい忘れちゃうのよね」
「じゃぁ、私が右側にいてサポートすればいいのね!」
「左に居て伝えてあげればいんじゃない?敵の相手してる咄嗟の時に見えない右側にいたら邪魔でしょ?」
「普段の生活の話よっ!!」
リリとキキの口喧嘩が始まった。おじいちゃんは『ほっとけ!』と言い、おばあちゃは笑顔でニコニコ『まぁまぁ』と宥めていた。それを見ていたココもとても嬉しそうな顔をして言った。
「キキ様とリリさんはとっても仲が良いデス!!」
「駄目だ。許可する理由がない」
「・・・ですよね。でも、どうしても近くにいたいみたいなんです。どこまでなら許可できます・・・か?」
イッセイが電話して簡潔に話すなり否定の回答が電話口から聞こえた。当然だろう。
異世界にずっと居た娘が還ってきた。そこから今回まで特に異世界人も来なければなんの問題も起きなかったから自由に遊ばせていたものの、ここでとんでもない事態になっている。
巨大機械の周りをシートで覆ってはいるが、地下通路を使う者や近隣の住民は疑問に思うに決まっている。不審に思い、朝から警戒をしている。一般市民がそれほどまでに不審がる状態で、なおかつその隠されている中身が異世界からのブツだと知っている最上が娘を近づける理由はないのである。
「娘がわがままを言ったのだろう。私が電話して家に帰らせるように言う。迷惑を掛けた」
「えっ?!でも最上さんそれじゃぁ・・!!」
言って最上は電話を切った。
「(これじゃぁ・・・無理だな)」イッセイはそう思い、リビングを出たついでに自分の部屋に一度立ち寄ってから皆の元へ戻ることにした。
「イッセイ!!許可が降りたわ!!」
少し時間をおいて部屋に戻るとリリが目を輝かせて言う。
「(まぁこうなるよね・・・)」
最上は結局のところリリに甘いのだ。
そのため、最上から許可が降りないことをイッセイに伝えて終わりにすれば良いのに、最上も最上で親としての責任を果たしたく自分の言葉で、自身がリリを説得したく直接話したが、言いくるめられるのである。
「さぁ!決まったなら準備よー!!」
リリが指揮をとるかのように全員に声かけをした。
「そう言うのは年長者が言うもんじゃ!」
「そんなの誰でもいいじゃないのよ!勢いがある一番若い者が良いわ!!」
「ぺぇぇえええ!!お前さんにマスク貸さないかんな!!」
「おばあちゃーん!私にもマスク貸してー!」
「はいはい、これどうぞ、孫のですけど」
準備が整った。
イッセイとおじいちゃんは作業服に着替えた。キキもこの世界にきた時に着ていた服に着替えた。リリもこの世界に来た時に着ていた異世界の装備だ。そして・・・
「君はこれね」
「ココのマスクですーー!!すごいデスーー!!」
イッセイがとても小さいマスクをココの首に嵌めた。
「少し前に、同じ設計でどこまで小さく作れるかって思って作ってたのがあったのをさっき思い出したんだ。機能テストは済んでるから問題ないよ」
「ありがとうございますデス!!」
「娘、作業服貸してやろうか?肌が出てると荒れるかもしれないぞ?」
「うーん・・・でも、この服の素材とか機能性が良いのよ。もちろん肌に触れてる部分だけになるけど、熱や冷気に耐性があるし、ある程度の魔法よけもできるし。電気通さないし」
「電気通さない?!その生地でか!後で見せてくれ!!」
「じゃぁ、ばあちゃん行ってくるね。前も危なかったけど、今回は相手が大きすぎるからばあちゃんは家から出ないようにね」
「はい、お気をつけて!お早いお帰りを。どれくらいかかるかわからないでしょうから、お弁当みんなの分よ。足りなくなったらリリちゃんが一旦うちに来てくれればまた詰めますから」
「・・・ありがとう」
このような状況に遭遇する”家族”はこの世界でもきっとこの家族だけだろう。状況だけ考えてもお弁当を渡す人はあまりいないだろうとイッセイが考える。機関の人間なんてこういう状況では食事はまず軍用食だ。いつも何があってもご飯を作ってくれる祖母にイッセイは関心している。不安や心配で『行かないで』と言われた事はない。それは、この祖母自身が異世界転移を経験しているから色々と肝が据わっているのかもしれない。でも、それだけではないだろう。きっと色んな事を考えて思いながらこのお弁当を作っている。
「食べないと、気持ちが負けちゃいますからね。皆、しっかり食べてね!」
「唐揚げ入っとるか?!」
「卵焼きは?!」
「私最近あれが好きなの!えっと・・・」
「フライドポテトよね?みんなの食べたいのはちゃんと入ってるわ!」
「「「わーい!!」」」
「体力が尽きたり思考が働かなくなったら、負けちゃうわ。しっかり食べて頂戴ね」
そう言って祖母から受け取った重箱は、想像していた四人と一匹分以上にとても重く感じた。
・・・ーーー
「あまり・・・っていうか全然可愛くないのよね。このマスク」
「仕方ないデス!最優先は機能性デス!」
「わかってはいるのよ。わかってるけど・・・!!」
外に繋がる地下通路の扉を出てすぐのところでリリとココが据わって待機をしている。離れたところには、イッセイとおじいちゃんとキキ。そして父親である最上がいる。その奥に見えるは昆虫を模したような巨大な黒い機械。見た目に嫌悪感を持ったリリはこうして一番遠くから眺めていることにしたのだ。
「レディが着ける事を想定してせめて色くらい”パステルピンク”とか”ペールグリーン”にしてくれても良いじゃないの!!」
「それならココも納得デス!」
マスクの色合いについて文句を言い始めたリリ。同調してくれた可愛らしいこの精従。リリはココがどのくらいまで異世界やその知識があるのか疑問に思った。
「ねぇ・・・ココ。ココはその核だとか、異世界についてよく知ってるの?」
「良くはわからないデス!でも、核についてはよく話しを聞かされたデス!」
「そもそもどうやって見つけるの?あなたのその首についてる珠?」
「これはキキ様との契約の証デス!これはキキ様の魔力の結晶デス!コレがココが生きてられる源デス!」
「そんな大事なもの剥き出しにしてるの?!」
ココの首にぶら下がる珠こそ、命の源である。
「これは核探しとは無関係デス!キキ様の服の下につけているコレに似た珠が核を探す為の”魔法式”が組み込まれている結晶石デス!寸分狂わぬ魔力を流し続けると核の場所がわかるデス!」
「・・・寸分狂うと?」
「足りないと発動しないデス!多いとキキ様の魔力が暴走しちゃうデス!」
「可愛い顔で怖いこと言うのね」
「と、言うこと。だから、先方がもし私の核探知機であるこの結晶石を狙ったりしてるなら、もし再起動した場合は基本狙われるのは私だわ。この結晶石の発動は私・・・というか『適性持ち』の魔力にだけ反応するから、先方が私から取り上げたところで意味がないわ。結晶石に組み込んである魔法式は私がやったものじゃない。コレはもう何百年も昔に組み込まれたものらしいの」
「何かあれば娘ごとって訳じゃな」
「やっぱりキキ、通路の中にいるか?怖いだろう?」
イッセイがキキを心配した。巨大機械に対応できる魔法使いに何かあっては困る事もあり、伺いを立てた。
「うーーーん・・・大丈夫でしょ。なんかあったらココだっているし!なんとかなるって!」
「考えなしじゃな!まぁそれくらいじゃないとこの状況でここにいられんわな!そういやぁその”核”っちゅーのはどんくらいデカくてどんなもんで何色とかなんか情報ないんか?別で探査ロボット放出しとくが?」
「わかんないわっ!」
「まぁ、核を視認できる範囲に行けたならそのまま接触して自分の世界に持ち帰るよね。つまり」
「そう!異世界人で核の姿を見た人は多分居ないわっ!!」
目の前の巨大機械の対処に加えて何の情報も無い核探しにイッセイとおじいちゃんは固唾を飲んだ。