三話:精霊
空の重箱をおばあちゃんが風呂敷に包んだ。テーブルには水羊羹と緑茶が置かれている。もちろん、ここは工場なので陶器の器ではなく紙コップだ。
「ご馳走様でした!!さてさて!お腹もいっぱいになったことですからちゃんと話しをしましょう!」
大満足の顔をしたキキがニコニコとして話し始めた。
「まぁ、ずっとニコニコしてて良い子ね」
「話なんか無いわ。異世界人でしょ。すぐに元の世界に還してあげるから。このおじいちゃんが」
「娘!ワシを使うでない!娘!異世界移動に慣れてるようじゃな?!あぁ?!やっぱりどっちも”娘”でややこしい!!」
先にリリに言い、次はキキを見ておじいちゃんが言う。
「使命が済めば、自動的に私は自分の世界に還るから気にしないで!それまでちょっとだけ家に住まわせてもらえればいいわ!なんなら家でなくてもここでも良いし!」
「まぁ、工場内にいるなら良いけど・・・でも外に出ることがあるならスキャンがそこら中にあるから無理だと思った方がいいかな。キキの魔法が使えてスキャンに認知されないようにするとかできるんだったらいいけど。まだ魔法使えないの?」
「あ、どうかしら。やってみるわ!さて、【ココ】!!出てらっしゃい!!」
キキがそう言って手のひらを上に向けて言うと、ピンク色の光と魔法陣が小さく浮いて出てきた。そして、その魔法陣から生き物が出てきた。
「キキ様ー!!!」
毛の生えた白い猫のような犬のような生き物だ。
「なんじゃこりゃーーーーー!!!魔法だと?!」
「きゃーーー!!!可愛いっ!!可愛いっ!!!」
「・・・空想上の生き物?」
「あら、キツネさんかしら?」
「「「・・・キツネ?」」」
イッセイ、おじいちゃん、リリが『キツネ』と言ったおばあちゃんを同時に見た。全員怪訝そうな顔をしている。
「・・・あああーーーーーー!!そっか!この世界って『ムコ』の世界だから『キツネ』を知らないのね?!」
キキが思い出した様に言った。
「娘!わしゃ”ムコ”じゃないぞ!ばあさんを妻にもらった側だからな!」
「その”ムコ”じゃないんじゃないかしら?」
「・・・そういえば”キツネ”の話・・・、前にばあちゃんに聞いた瞬間に父さんがちょうど帰って来たから忘れてた・・・”キツネ”ってなに?」
イッセイがおばあちゃんの方を見て真剣な目で聞いた。
「そうね!ちょうどキヨハルが帰って来たのよね!なんか変な質問されたって記憶だけ残ってたわぁ!キツネ、キツネですよ。耳のとんがった!私がよくテレビとかで見たのは茶色でちょっとつり目でね!」
おばあちゃんの話しをこの世界の三人が真面目に聞いている。その側でキキが疑問を口にした。
「・・・おばあちゃん、この世界の人は”キツネ”を知らないはずなのに、どうしておばあちゃん知ってるの?」
少し緊張気味に聞いた。
「何を隠そう!ワシの妻であるばあさんは、異世界人であり、この世界の生まれではないからじゃ!!!」
パンパカパーンとでもいう音が似合いそうなほど元気におじいちゃんが返事をした。
「そう・・・じゃぁ、おばあちゃんは気を付けないとね・・・」
キキの声は、魔法によって出て来た、キツネの見た目にそっくりな生き物に夢中になっている騒ぎにかき消された。
「はい!まずこの世界は、他の世界からは『ムコ』の世界と呼ばれています!」
工場の一室で、ホワイトボードを使ってキキが文字を書いた。
「そして、『ムコ』を漢字で書くとこうです!『無狐』つまり、『狐が無い』って事!おばあちゃんも気にしなかったんでしょうけど、この世界には狐がいません。だから、おじいちゃんもイッセイも、まぁお嬢ちゃんは他の世界にいたから知っててもおかしくは無いけど知らないなら知らないで別におかしくも無いわね」
「娘!『狐』って文字は見たことないぞ!!『孤』とか『弧』の間違いじゃないのか?!」
「間違いじゃないわ。『狐』って書いて『キツネ』なのよ。ちなみに私の名前の『キキ』は漢字は『狐姫』と書きます!」
「狐のお姫様なのね〜!」
「キキ様はそうなのです!お姫様で、一番お強いんです!!」
「アナタは【ココ】って言うのねっ?!なんて可愛いのかしら!おいで!!!」
「小娘、話を逸らすな」
「なんで私が”小娘”なのよっ?!」
「娘より明らかにお前さんの方が年下だろがい!」
「イッセイが言っていた『狐の嫁入り』って言うのは、お天気雨の事を言うのよ。晴れているのに雨が降る現象の事。その時には、狐が嫁入りをしているという言い伝えがある世界があると聞いたわ。しかも行列でね。
狐は神様だから物凄い力を持っているわけ。各世界に神様である狐が存在するの。その全世界・・・?全異世界の神様の中の神様・・・いわば狐の神様達の中のボスが、作り出した最強の”ブツ”があってね。それが、この世界にあるのよ。そして、この世界には、『狐』は姿も言葉も存在しない。あえてボスがそうしたみたい。そんな狐の無い世界・・・『無狐』の世界に置いたとんでもない最強の”ブツ”はこう呼ばれます。”キツネの【核】”とね」
キキがおじいちゃんとリリの話しは無視ししてイッセイとおばあちゃんに続けた。
「じゃあ、カナンがその狐の嫁入りを見てこの世界に飛ばされたって事か・・・」
「そうだと思う。どの世界の狐様も自分の世界を護るための【核】が欲しいからね」
「まぁ!その【核】が、この世界にだけあるのかしら?」
「そうなの。私も、その核を自分の世界に欲しくてここまで来たのよ」
「・・・なんで核が欲しいんだ?あと、その核がどんな形状かとかわからないけど、もしキキがその核を自分の世界に持って帰ったとして、この世界は大丈夫なのか?何か変わったりは・・・」
「・・・変わるわ」
その言葉を聞いたイッセイは少し眉を顰めた。
キキが話し始めてから、イッセイは話のスケールが思った以上に大きくて正直驚いている。当たり前のように異世界を認知している。恐らくその他にも知っていることがたくさんありそうだ。しかし顔にはそこまで出ない。今まで、なんでかわからないがこの世界に飛ばされたカナンやリリとは今回は違う。明らかに深い事情を知る人間が来た事に、若干の焦燥感を覚えた。どうか、人々を不安や危険に陥れる状況にだけはなってくれるなよと願った。
「なら、悪いけどそう簡単に安易とその核と言うのを渡すわけには行かないな。俺たちはこんな環境でもこの世界でそれなりに楽しく暮らしているんだ。それを持っていかれたらこの世界が変わってしまうのなら」
「変わるのは多分・・・良い方によ」
「え?」
キキが、工場の機械や窓の外を見ながら歩き始めた。
「ちょっとそれよりさっきから気になってたんだけど!イッセイは私にも敬語使うのにどうしてあの女には砕けた話し方をするのよ!!ちょっと納得いかないわ!私との方が長い時間過ごしているのにっ!!!」
「え?あぁ、なんか敬語を使わないでくれって言われたので・・・」
そんなイッセイの言葉に、狐のココが答えた。
「キキ様は、神社の生まれで強いお力を持ったお姫様です!!みんなキキ様と呼んで、敬ってます!敬わないで無礼を働くと他の者に消される事もあります!キキ様はきっと、”お友達”みたいに気楽に接してもらいたいのです!多分です!」
ココを人差し指で軽く突きながらおじいちゃんは聞く。
「お前さんは機械か?」
「狐の精霊従者で、精従デス!キキ様のお強い魔力のお陰で生まれたデス!どんなに強い魔力を持ってる人でも従精は一匹か二匹です!ボクの他に、元の世界にあと四匹の従精がいるキキ様は本当にすごいお方なのです!!」
「・・・結局、精従とはなんぞや・・・」
「イッセイと工場に来る間に見たこの世界の機械や外の光景。やっぱりおかしいわ。これは【核】の影響でこの世界が”荒れてる”の。だって、乗り物は排気ガスを出しているのを見なかったわ。使っているものも自然素材が多かった。それに、水位が上がってる水はとても綺麗。植物も綺麗に咲いてる。環境に十分に配慮されてるのに、でも空気や大気が汚染されている。ちょっとおかしいの。それは、『無狐』の世界は、狐という神様がいなくても存在している特殊な世界なの。そこに、狐の神が作ったお守りみたいな【核】が存在する事自体がおかしいのよ。【核】があること自体で、この世界の生態系の基盤の設定がズレて今の世界になってるのよ。実際自分の目で見て確信したわ。この世界に【核】は不要なの。だから、私の世界がもらうわ」
「・・・よくわからないけど、ここから核を持って行ってもらって、この世界も、キキの世界も双方が良くなるならこちらとしては構わないけど」
「今までも、異世界人がたまに来たのよね?」
「え?ああ、そうだよ」
「全部、各世界の狐がこの世界に人を送りこんで、【核】を持って帰らせるためにそうしているのよ」
「でも、女子学生だったり、中年の男性だったり、そもそもなんで送り込まれたか本人が理由を何も知らないんだぞ?」
「それは世界によるわ。私の世界では、異世界の存在が明らかになっているし、狐と喋れるから意思疎通が図れるの。でも、全異世界でそうしているとは限らない。中には、混乱を防ぐために異世界の存在を隠して、とりあえず人を送り込む事をしている世界もあるの」
「そんなんで核が持って帰れるのか?」
「理由なんて知らなくても良いの。とにかくね、核を持って帰る方法は・・・だた一つ
核に触れば良いのよ」