余話:恋愛
「ねぇイッセイ。なんで私たちここに居るのかしら?」
大気汚染が解消された。
マスクを装着せずに”外”を出歩ける日々に夢心地が残りながらも新鮮さが少し薄れてきた頃、今まで厳重管理だった地下通路と外を繋ぐ門扉の規制が緩くなった。
そう、決められた時間内だが、自由に出入りが可能になったのである。
しかし、外にはまだ何もない。お店もなければ公園もない。ただ、早急に国が取ってつけたようなただの柵で仕切られた遊園場所にちらほらと人がいる。
ずっと外に焦がれていた人。
外に出れることを不思議とも思わない小さい子供。
恐る恐る出ている人。
仕事、研究で外に出ている人。
そこに、中学校に通い始めたリリもいた。そして、イッセイもその近くにいる。
いっておくが、ほとんど何もない場所だ。草木はある。しかし、それだけだ。ベンチもないのである。
「キキは神風さんに連絡を取る手段がないんです。リリさんが頼まれるのは仕方ない事です」
「私はあの人に直接頼まれてないわ。イッセイから頼まれたのよ」
門扉と壁に寄りかかるようにしてイッセイとリリが話しをしている。その二人の目線の先には、外にいる人たちの間に紛れてキキと神風が居た。
「あの・・・!!今日は・・・お忙しいのに来てくださってありがとうございます」
「いえ、私の方から声をかけるべきなのに、情けないです。すみません」
「そんなこと・・・!だって警察?って凄く忙しいってイッセイに聞いて・・・」
「いえ、私が仕事できないからです。至らない所ばかりで」
「そんな事!!大体、その足で変わらず仕事されてるなんて・・・そう、そのことを謝りたくて」
キキがしゅんとして俯いた。
「私がこの世界に来たから、あのデカブツが追ってきたんだと思います。私が目的でなかったとしても、私がこの世界に来たこと自体がきっかけになった事には変わりないんです。・・・大怪我をさせしまった原因は私です。本当に申し訳ありません・・・っ!」
「そんな・・・!!キキさんは悪くないです!俺がもうちょっと運動神経が良ければ」
二人が庇いあいをしている。
「実際どうなのよ。イッセイ」
「いやぁ、運動神経が良い悪いのレベルじゃないですね。バイクごと吹っ飛ばされたんですから」
「そこまでしてあの女を庇うのね。時雨も」
その場を見ていたイッセイからすると、あの勢いよく吹っ飛ばされた状態で運動神経がどうたらこうたらという話ではないのは一目瞭然だ。
「正直、運が良かったんですよ。命を落としてもおかしくないくらいの勢いで叩きつけられてましたから」
「一応、だいぶ鍛えてはいるらしいわ。パパから聞いた。でも、そうね。運よね」
リリはそう言ってイッセイからもらった勾玉をポケットから取り出して眺めた。ピンク色で透き通って
おり可愛らしい見た目だ。
「きっと、このお守りのお陰よね。今度”お礼参り”行かなくちゃだわ」
「・・・リリさん、色んなこと勉強されてるんですね。お礼参りだなんて。きっと、ご先祖も喜びます」
「今度連れてって頂戴」
大人二人の進まないやりとりに飽きたリリは、その場でしゃがみ込んで太陽に勾玉を翳した。自分がこの世界に還ってきてたったの一年と少しだが、外には出られたものではなかった。正直マスクをしたって出たくはない。それが、マスクも無しに自由に出れるようになった。少しだけ嬉しい。きっと、隣のイッセイはもっと嬉しいだろうと考えていた。
「あの!!日常生活すごく大変なんだと思います!!お仕事もして!足が動かない状態で!!だから!あの!私!!」
「いえ!片足でも十分に動けます!普段から鍛えてますので!!どうか責任を感じないで下さい!」
日常生活が大変だからという事と、恋心で神風の近くにいたいと思い、生活のサポートを提案しようとして言うキキ。その気持ちに気づかずに、責任を感じてまだ詫びようとしていると思い、話を最後まで聞かずに断る神風。
「あの大人たちどうにかならないわけ?一生話進まないわよ」
「ちょっと、不便ですね」
「あのっ・・!責任じゃなくて!私が!神風さんのお役に立ちたくて!!だから!!」
「えっ」
双方顔が真っ赤である。ついに言うか?とイッセイとリリが少し興味を持ち耳を傾けた。
「私!神風さんの家で日常生活のお手」
「くぉうらぁあああああ!!!!!最上ーーー!!!」
「ダメだ!!許可できぬ!!没収だ!逮捕されないだけ感謝して頂きたい!」
「巨大パチンコの何がいけないんじゃーーー?!」
「殺傷能力が十分にあるだろう?!」
とんだ邪魔が入ってきた。
「最上さん?!どうなさいましたか?!」
最上の大声に神風はいち早く反応した。仕事モードだ。最上の右腕である神風が反応しないわけがない。
「神風・・・!見てくれ!この殺人兵器を!!」
「これはまた・・・大きなパチンコですね・・・」
「おもちゃだろぃっ?!なんでこれで人が殺せると思った?!」
最上が持っているそれは、長身の最上と同じ高さの手持ちの”パチンコ”である。Y字に丈夫なゴム製を取り付けたソレである。
「鉛玉や重さのあるものを飛ばしたら十分だ!こんなものを持ってどこに出かける気だ?!何をする気だった?!」
「あっちに八朔の木があるんじゃい!!パチンコで椰子の実をぶつけたら一気に落ちて収穫が楽じゃろ?!」
「人に当たったらどうする?!」
「人がいたら退いてもらうに決っとるじゃろっ?!」
大の大人二人に告白に等しいアプローチの邪魔をされたキキ。もう唖然としている。空いた口が塞がらない。
「ちょっとパパッ?!流石に空気読んで頂戴?!?」
「リリッ!!いや、パパはだな仕事をしており・・・」
「じいちゃん、わざと?」
「イッセイ!何の話をしとる?!お前も八朔を一狩り行くぞぃ!!」
「いえ、私のもう片方の足が折れたとしてもココで止めますっ・・・!!」
「あの!神風さん・・!話の続きを・・・!もーーー!!みんな邪魔しないでーー!!!」
そんなやりとりを、小さな子供とそのお母さんが遠目から見ていた。あと、もう一人・・・
「あら!最上さんも神風さんも此処にいらしたのね!ちょうど良かったわー!」
管理が緩和された扉から外へ出てきたのはおばあちゃんだった。
「みんなー!あっちに桜が咲いてるんです!お花見しましょうー!」
その一言で場の空気が一転。魔法の呪文とばかりに全員の心が穏やかになった。リリが駆け寄りおばあちゃんの持ってきた大きな重箱を持つ。そしてそれはすぐに最上が受け取りに行く。神風の両脇にはイッセイとキキ。おばあちゃんの隣におじいちゃん。おばあちゃん念願の『お花見』である。
そうして、そう遠くはない先で咲いている桜の木に向かって全員が歩き出した。
「で、アナタ結局時雨に大事なことまだ言ってないじゃない」
「ぐふぅっ?!?!」
この世界は今日は平和である。




