二十七話:還元
工場に波打つ魔力の音が止まらない。
静かな魔法や、魔法によって引き起こされた衝撃の音は聞こえることはあるが、魔力が溢れ流れ続けているこの波動の音が体の中心まで響き渡る。
「ココはもう行くデス!もうちょっと早かったらそこまでしなくても大丈夫だったデス。でも、ココはキキ様の魔力で生きているのでわかるデス。心の根っこまでもう支配されてるかのような暴走デス」
「それって!アナタが契約解除した反動とか戻す力であの女の意識を取り戻すって事でしょ?!もっと他になんか良い方法あるでしょ・・・?!アナタが消える必要なんて微塵もないわ!!」
「ココの存在自体、キキ様の魔力です。なので、それを還した反動で意識を戻して貰うデス。もう考えてる時間無いデス!キキ様結構ピンチデス!!キキ様が保たなくなってきてるデス!もうちょっと早く来れてたら、リリさんのビンタでもキキ様目が覚めたデス!」
「でもっ!!」
「キキ様がいなくなったら、全部終わっちゃうです。それは一番イケナイことです!ココが、ココとしては存在できなくなりますが、キキ様の中に還るだけデス!
キキ様、今までずっと頑張ってきたデス!それ、無駄にしたくないデス!」
なんと愛らしい見た目でとんでもない忠誠心なのだろうかとリリは思った。自分がもう少し早く気づいて、もう少し早くイッセイの元まで走れていたら。そうしたら、目の前のこの愛くるしい生き物にこんな酷な選択をさせなくても良かったのかもしれない。もし、私にも魔法が使えたらこんな事にならなかったのかも知れない。
しかし、今そんなことを思ったって仕方ない。十二歳の幼い少女にしては肝が据わっている彼女。それは育った世界の影響なのか。相手を尊重し、そして自分の気持ちも述べた。
「好きになさい。アナタの事は、絶対に忘れないから」
リリの顔は凛としていたが、瞳の奥は非常に悲しさが抑え切れていなかった。
その顔を、イッセイは隣で見ていた。
・・・ーーー
・・・ーーー
・・・ーーー
『"女"ダッタナンテ……』
『"女"ダッタナンテ……』
『"女"ダッタナンテ……』
何度も繰り返し聞いた狐神や周りの人間からの自分への絶望の言葉。キキは、魔力の暴走により、力を放出したまま意識を失い夢を見ている。このまま魔力を放出し続けると、体という器が保たなくなる。
『ヤット生マレタノニ』
もう辞めて。そう言われて生きてきて、引け取らないように記録にある適性持ちの数値化された力を上回る努力をしてきた。魔力も、魔法術も、体力も。しかし筋肉量だけはどうにもならなかった。しかし、筋肉隆々でなくても実際にキキに魔法抜きでも敵う相手はいない。世界の命運を託された少女は強く育ったのだ。
しかし、ことあるごとに言われる。周りの人間が少しでも気に食わないことが起こるとすぐに言われるソレ。
『"女"だから』
男の適性持ちだって結局は誰も無狐の世界から核を持ち出せていないじゃないか。全異世界の誰も成功させていないんだ。私が初めて核を自分の世界に持ってきて、環境も全部戻してやるんだ。
そうすれば、もう夏場の熱風による山火事も、酷暑による人への影響も、異常な暴風も、惑星に起こる突然の振動、揺れの地表の隆起も全部全部収まるんだ。
そう思って無狐の世界に来たのに。今夢みたいなものを見て、自分の意識みたいのが有るようで無くて、目の前は黒っぽくてなんかウヨウヨしてて。私は何をしているんだろう。
意識なのか意識ではないのか。思考も自由に働かない気がする。全てがよくわからない。そんな中で、突然一点が光り出した。そして光が遠くから自分に向かってくる感覚がした。
一筋の光は自分に届き、そして、どんどんと筋が太くなっていった。
見える。何か見える・・・
そういえば自分は何をしていた?考えると、自分の体の感覚が戻ってきた。何か放出しているような、吸い取られているとも言えるような。神経が繋がり始めたように、記憶と体の感覚が戻ってくる。そして、目が、瞼が開いた。
「・・・っ!!ココ?!!」
キキが自我を取り戻した。
意識が戻ったキキの目に映ったのは自分との契約を解除して、もう姿が薄くなり消え始めていたココだった。ココを精霊従者としていた分の魔力を強制的に還して、キキの心・・・意識に直接的に刺激を与えて意識を呼び戻したのである。
「キキ様、ココはとっても幸せでした。凄く凄く、毎日が大変で楽しくて、とっても幸せでした!」
消えゆく者の台詞だ。
突然の意識回復と精従からの契約解除の状況にキキは焦りを隠せない。
「ダメ!!ココ!辞めなさいっ!!!」
「もう、解除しちゃったです」
「なんでそんな勝手な事ォオっ!!」
「キキ様を、助ける為に居るのがココです!」
「ココがいなくなったらどうするのよっ!!」
「他のみんなが居てくれるデス!」
「バカァァアアアアアッ!!!!!」
そうしてにっこりと笑った後、薄れていった姿は弾けるようにしてココが消えていった。
ココがずっと首につけていた精従の証である珠がだけが残り、空間が歪んだように波打ちながらキキの服をもすり抜けて胸に向かって吸い込まれそうになった。しかし、勾玉にはぶつかり跳ね返ったのだ。ほんの一瞬だった。
その瞬間にイッセイがその珠を掴んだ。しかし、手には入ったものの色は濃く変わり、とても冷たく感じた。
「あぁあ・・・っ!!ああぁ!!・・・!!ココっ!!ココーーー!!!」
キキが取り乱した。また自我が飛びそうになり魔法が再度暴走を始めた。キキの周辺はまた光出して風が渦巻く。一瞬の強い風にイッセイは吹っ飛ばされた。
「おい!狐が折角命を懸けたんにこれじゃ意味なくなるぞい!!」
おじいちゃんの言う通りである。イッセイは吹っ飛ばされた体制を整えてキキの方に再度向かおうとした。しかし、既にキキに向かっていた人物が一人。
決して大きくない体で、向かい風に立ち向かい、キキの目の前まで来た。そしてーーー
パァンッッーーーーー!!!!!
リリがキキの顔を思いっ切り引っ叩いたのである。
暴風の音と魔力の波動の音を凌ぐ程の乾いた音だった。
「何やってんのよ・・・!!あの子が助けた命をまた捨てようとしてるの?!良い加減にしなさいよ!!アナタ、自分の世界で一番強いんでしょ?!しっかりしなさいよ!!!」
リリの気迫にキキが一瞬たじろいだ。自我を取り戻したのである。
キキの胸ぐらを掴み揺すった。
「あの子の力が今アナタの中にあるんでしょ?!だったらなんとかなるでしょ?!なんとかしなさいよ!!自分の中にあるものなんでしょ?!制御ぐらいしなさいよっ!!!」
周りの暴風が少しずつ治まってきている。
キキの目に光が戻ってきた。唇を噛み締めて、顔を歪めながらも己と戦っている。意識を飛ばさないように必死に自己をコントロールしようとする。
程なくして光も風も収まった。リリがキキの服から手を放した。
「終わったか・・・」
おじいちゃんが一息吐いた。
イッセイがキキとリリの元へ向かうと、その途中膝立ちの体勢だったキキの体が傾いた。暴走は止まり、緊張の糸も切れたのだろうか倒れ込みそうになった所を駆けつけたイッセイが支えた。
うつ伏せに抑えたキキの体を仰向けにすれば、彼女の瞳からは一粒だけ涙がこぼれた所だった。
「お疲れ様」
眠るキキにイッセイが静かに声を掛けた。




