原隊復帰
地球換算2034年7月14日 0900 泊地第一区画 01浮揚ドッグ
護衛艦くらまはその灰色の体躯をコンクリートの護岸に預けていた。
その理由は2日前の試験航海時速力が規定値以上のものだったことに起因する。
この為、計器盤の換装工事を行った。それが完了したのが昨日1900である。
ここからさらに物資の積載に6時間程度かかる見通しだった。
この為、時間が相当に押していることは間違いない。
そんな中、ある一人の人物が訪ねてきた。
「陸軍所属、白波瀬忠一大尉入ります。」
艦長室に入って来たのは、地上調査から帰還した白波瀬だった。
「どうした白波瀬。お前の方から訪ねてくるとは随分珍しいじゃないか。」
そう言った後、俺は目線を机の上に置いた書類から目の前に立つ白波瀬に転じた。白波瀬からは硝煙の匂いが漂っている。どうやら帰投前に戦闘が有ったらしい。随分急いでここに来たようだった。
「修、お前の背後にある金庫の中身は知っているか。」
「何だって。」
白波瀬の発言に慌てた俺は、直に後ろを振り返った。
そこに金庫があることは知っていたが、常に閉まっている為何も入っていないだろうと考えていたためである。
しかし、白波瀬の発言から俺は只ならぬものを感じた。
直に席を立って金庫のダイヤルを回す。解除用の数字の桁数は不明だったが、適当に回していると開いた。入っていたのは一台のタブレット端末である。
起動用スイッチを長押しすると、これを開発した会社のロゴマークと名前が出てきた。続いて現れたのはOS名である。
しかし、それは今まで見たことがないものだった。
暫くすると、”2件の新着メッセージがあります”という表示になった。
1件は俺がこの世界に飛ばされた当初に送られてきたもので、1件は3時間前に送られてきたものらしい。
最初に送られてきたメッセージの送信者は”神”という名前だった。
非科学的存在である神なのか、太平洋戦争時、奇人とされた”神重徳”なのか判別はつかないが。
メッセージ内容は以下のとおりである。
”私は貴方をその世界に送り込んだ存在です。私の力が制限されている為、転生した時の場所はこちらで詳細に決める事は出来ませんでした。しかし、先にそちらに転生していた人々の近くに居る筈です。
彼等にはビーコンを装備させています。この為、そのビーコンの電波に向かって航行すれば合流できるはずです。私の力及ばず、申し訳ございません。”
そして2件目のメッセージ内容。
”合流できたようですね。中々既読が付かないから心配しましたが、よかったです。
さて、貴方が所属していた組織が1日後そちらの世界に到着します。時刻は1600頃です。
大陸から東に向かった所に、列島が複数存在しているはずです。そこにあなたの組織の施設を転移させます。当然、人員等も全てです。
しかしこちらの方で手違いが発生してしまいまして、数名ほど遅れてそちらの世界に向かう予定です。
彼らの各拠点に電波を発するビーコンがあり、それが起動しているはずです。
ビーコンから発せられる電波の発生源に向かってください。そうすれば必ず合流出来ます。
神界より幸運をお祈りしています。 神より。”
俺はそのメッセージに目を通した後、白波瀬に目を合わせた。
「なあ白波瀬。次の試験航海の時、お前もこの船に乗るか。」
「いや、遠慮しておく。俺は陸のほうで現地勢力の情報を収集しておくよ。いざと言う時に必要になると思うからな。」
白波瀬はそう言って、艦長室から出ていった。
時計を見ると時刻は1007を指している。
俺は航海長や電測員を呼び出して、この事を話した。彼らは戸惑いながらも理解を示し、出港後の航路選定や電波受信器の整備が行われる事に成った。当然それは俺も参加する事に成った。
出港まで約22時間。
同年7月1日 2100 泊地第二区画 ふ頭
燃料、弾薬、食料品の積載が完了したのは、昨日1700だった。試験航海の出港は昼間に行うべきであった為、本日2100出港予定である。
昨日1500頃に、組織と合流するための出港でもあることは既に乗員全員に話している。当然、鋪野司令官や山口司令官にも同じように話している。
昨日の波乱を思い出した後、俺は腕に巻かれた腕時計を見る。
時刻は2100、出港用意の号令を出した。航海長がそれを復唱し、当直者が出港ラッパを吹く。タグボートに曳航される事数分、艦首が沖合に向いた。
「機関黒、両舷原速。舵中央そのまま。」
「機関黒両舷原速。舵中央そのまま。」
♢
排水量8500トンの巨体が、その身をわずかに震わせながら前進を開始した。
進み続けるうち、波はより高く、荒く船体を打ち据え始める。
だが、それにびくともせず進む”くらま”。
鉄の城とも呼ばれる所以を、その航行する姿からうかがう事ができた。
艦首を向けた方向は方位089。僅かに北向きの東である。
♢
艦長席に座って、じっと目の前の海面を見つめる。今日は随分波が荒い。白波が立ち、その波の形は三角形を示しているような感じだった。頂点部分が、丁度白くなっているようである。
現在は原速で航行中。その速力はおおよそ22ノット程度である。
ちなみにだが、本艦の速力指示器は通常の艦艇のモノではなく、はやぶさ型のそれを流用している。
その為、40ノットまでの速力に対応可能だった。
「晴天なれども波高し、か。」
「おや、艦長。それは…。」
「今の気象条件そのままだ。もしかしたら、沈んだはずのバルチック艦隊が現れるかも知れんな。」
そう言うと、航海長は顔を青くして、縁起でもない、といった。
その様子とは変わって、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべたのは砲雷長である。
「あのバルチック艦隊か。艦長、その時は電磁投射砲の試射の的にでもなってもらいますよ。」
白波が立ち、強風の吹く紺碧の海を滑るように突き進む。
しかし荒れている影響は凄まじい。
「おっと。」「うわっと。」艦橋要員の内、特に立っている者は何かに掴まらなければ右舷から左舷に飛ばされそうになっていた。船体がロールする。ロール角記録計の針は、徐々に大きな値を示し始めた。
「船体ロール角、22度。」
俺がそう言うと、副長や航海長の視線がこちらに向いたのが分かった。
ざざん、とひときわ大きな波に突っ込んだ。
「船体ロール角、34度。」
いよいよ不味い角度になりだした。副長が俺に意見具申をする。恐らく航海長が言ってきたのだろう。
「艦長、引き返しましょう。」
「いや駄目だ。進路このまま。」
俺はそう言って、首にかけていた双眼鏡から前方を覗いた。
「艦長、貴方は何故。」
「このまままっすぐ、進むべきだ。今回頭すれば波が横合いから襲い掛かってくる。そうなれば、転覆の危険性が大きく高まる。航海長。風向きに注意しつつ進んでくれ。」
俺の声は不思議と落ち着いていた。それでも不安の拭えぬ表情で舵輪を持つ航海長。
目の前に意識を向けると、窓に取り付けられたワイパーが、激しく動いている。
いつの間にか、上空は墨汁を流した様などす黒い雲で覆われていた。
「本日風雷激しく波高し。なれども友軍艦との接触を想定す。」
俺は無線室に連絡を入れた。
「0500に成ったら、電波受信器を作動させてくれ。受信周波数は全領域で頼む。」
[こちら無線室了解です。]
「こちら艦橋、艦内各所へ。物資の固定急げ!」
外は大荒れの天候だった。風はよりますます強く吹き、雨はさらに強く船体や艦橋を打ち据えた。
波も同じく船体に襲い掛かる。40㎜機銃は事前にカンバスを掛けていた為被害は軽微だった。
しかし、一番砲塔と二番砲塔は常に波をかぶり続けている。合流後は念入りな真水洗浄が必要になりそうだった。
腕時計を確認すると、時刻は1100になろうかという具合だった。
「航海長、現在速力知らせ!」
「現在速力両舷黒原速12ノット!」
俺はすぐに操縦士に機関出力を上げるように言った。
「速力4戦速まで上げ!」
「了解しました!機関室へ、電動機出力上げ!両舷黒4戦速!」
大雨の中、左右に振られることに耐えるうちに状況は動いた。
「こちら電測員、方位083より電波受信しました!」
「よし、その電波が出ている方に向かって航行するぞ。友軍施設がその先にあるはずだ。」
風は西から東に激しく吹いている。追い風を受けて航行する姿は、外から見るとどう見えるのだろうか。
ロール計は傾斜40度近い数値を記録している。
「艦長、やはりここは一度引き揚げるべきです。」
左右に揺れる艦橋内で、隣に立つ副長が言った。
その顔には、強い不安と憔悴が見える。確かに外は荒れ放題。風もだんだん強くなっているらしい。
視線を速力指示器に向ける。
黒から赤迄それぞれ、停止、微速(毎時4ノット)、半速(毎時8ノット)、原速(毎時12ノット)、強速(毎時20ノット)。更に1戦速から7戦速が続き(2ノット刻みである為、毎時22ノットから36ノット)、最大船速(毎時38ノット)、一杯(毎時40ノット)が付く。
機関一杯はまだ試していないが、おおむね40ノット以上出ると推定されていた。
現在は3戦速まで上がっており、この事から毎時26ノットの速力で前進していることが分かった。
ただし、風は方位270より時速10ノット前後で吹いている。この為、僅かに燃費が向上していた。
船という物は、気流の影響を受けやすい。
追い風の時は燃費がわずかに向上することもあれば、向かい風の時は燃費が悪化する。
上部構造物の大きさや乾舷の高さによっても変わるが、風の影響というのは存外大きいのだ。
「うわっ!」
誰かが転びそうになったらしく、大きな声が艦橋内に響いた。
「無事か航海長!」
「は、はい何とか。」
副長の鋭い声に、何かを支えにして再び舵輪を握る航海長。
目の前に光源が見えたのは、それから約10分後のことだった。
「艦長、光です!灯台です!」
「よし機関室へ、両舷黒原速に落とせ。」
[了解、両舷黒原速。]
俺は今すぐに喜びたい気持ちを抑え、淡々と指示を出す。
「艦長、灯台より電文です。”こちらはソオコル・ラリエリ第4灯台である。貴艦の所属を述べよ。”」
艦橋内に入ってきた通信手に、俺はこう返した。
「通信室に通してくれ。」
そう言うと、通信手は緊張した面持ちで通信室に案内してくれた。
ヘッドセットを身に着けて、淡々と事実を述べた。
「こちらはソオコル・ラリエリ所属の護衛艦”くらま”である。繰り返す、こちらはソオコル・ラリエリ所属の護衛艦”くらま”である。」
[こちら第一泊地北灯台、データベースとの参照完了。貴艦がくらまであることはこちらで確認した。
現在は荒天状態である為、沖合0.5海里で待機してほしい。]
「こちらくらま艦長。了解した。」
俺はすぐに艦橋に戻ると、航海長に指示を出す。
「3分後に両舷停止の上投錨。ただし、いつでも動けるようにしておけ。」
しかし、天候は急速に穏やかになった。この時艦首は丁度真東を向いていたのは単なる偶然だったのだろう。見る見るうちに墨汁のごとき雲は、艦首の延長線上から南北に分かれていく。
モーセが海を割るがごとく雲はその姿をかき消し、朝日が前方に浮かぶ列島からその姿を現した。
「艦長。随分派手な演出ですね。」
「そうだな。通信室へ、味方泊地に入港の用意を進めるよう伝えてくれ。」
「了解しました。」
時刻は0800。入港の用意を始めるにはちょうどいい時間だった。
「こちら艦長。甲板員は入港用意。」
「了解しました。」
錨上げ、両舷黒微速前進の号令を発すると、僅かに8000トンの船体が動き出した。
他の船舶は確認できない為、そのまま湾内に進入する。
減速しながらボラードが設置されている護岸ギリギリを航行し、停止する。
「よし、錨降ろせ。」
「了解です。」
「舫綱による固定急げ!」
甲板上をロープを持った甲板員が走り回る。護岸のボラードと艦首に存在するボラードに綱が次々と掛けられていく。
こうしてついに、味方との合流を果たす。
俺たちがこの異世界に転移して約1年が過ぎた時のことだった。
しかし、その事に感慨を覚えている場合ではなかった。
接岸して約5時間後の1230、向こうが代表をこちらに派遣するとの無線を受けて、俺たちは急いで歓迎の準備を行っていた。
「おい!そこさび止め塗れてないぞ!」
「ロープ大丈夫か!」
「銃の点検急げ!使えそうなやつはあるか!」
「マストに掲げる旗急いでもってこい!」
艦長室にいても、甲板の喧騒が響いてくる。
「艦長、大丈夫ですか。」「ああ、制服は大丈夫だ。」
そう言って部下に軽く点検をさせる。
艦内から甲板に出ると、すでに多くの乗員が礼装に着替えて待機している。
暫くすると、タラップから一人の男性が甲板に上がってくるのが見えた。
俺はとっさにその人物に向かって敬礼をした。
「お待ちしておりました。総帥閣下。」
次々に敬礼をする乗員たちを見て、その男性はひどく驚いていた。
「なぜ私が総帥だとわかったのかい。」
「雰囲気です。」
俺の即答にその人物は苦笑したが、敬礼を返してから言った。
「確かに私はソオコル・ラリエリ総帥の有馬永作だ。君が護衛艦くらまの艦長かい。」
「はい。自分はここの艦長を務めております、田中修です。」
そう言うと、有馬永作は俺にこういった。
「すまないが艦長室まで案内してほしい。色々と聞きたい事が有る。」
「判りました。」
その後は艦長室に総帥を招き入れ、付いていた下士官を自室に戻して二人きりになった。
「さて、田中艦長にはいくつか質問が有る。」
そう言った総帥の顔には、懐疑の色が濃かった。
「君はいつからこの世界にいる。」
俺は正直にすべてを話した。
去年の今頃にこの世界に来た事、高校時代の同期生もやって来た事も。
かのミッドウェーで戦没した空母や、ソロモン海をめぐる戦闘で沈んだ戦艦とその乗員と出会ったことや、この世界には魔物と呼称される生物が数多く生息することも。
全てを話し終えた後、総帥は一言、そうか、とつぶやいた。そして言葉をつづけた。
「よし、なら田中艦長。すぐに彼らの下に俺を連れて行ってくれ。」
「判りました。…、え?」
「彼らは西の大陸南部に泊地を構えているのだろう。」
「はい、そうですが。」
「ならそこに案内してほしい。」
俺はその後、総帥以下各軍の元帥を乗せて泊地に向かう事と成った。
出発は5日後の6日0900である。