入渠
地球換算2033年6月15日
そして36時間後、ついに泊地に到着した。
”くらま”はタグボートに曳航されて、1番乾ドッグにいれられることになる。
その隣の2番ドッグでは、何やら修繕中の船舶が存在しているらしい。
艦橋からその様子をうかがう事ができたが、詳細は分からなかった。
「今回、”くらま”修繕の担当をします、藤本と言います。よろしくお願いします。工期は6か月を予定しています。」ドッグにおける修理責任者が、開口一番に発したのがその言葉だった。
「まず、船体の損傷状態も確認して修繕の日程を決めます。
もし深刻な損傷が他にも有る場合、入渠期間はさらに半年ほど伸びるとお考え下さい。もし見つかったら報告します。次に、兵装の増設についてです。
まず、短魚雷発射管上部に40mm単装機関砲を2基2門追加で設置します。」
図面を取り出して説明を始めた藤本。
2番砲塔部分にも差異が見られた。
「次に、2番砲塔は57㎜レールガンを1基1門に換装します。」
「藤本、それだと電力が不足するぞ。」
俺は藤本にそう言ったが、彼は対策は考えてあるといった。
「はい。この為、2番砲塔弾薬庫の一部を発電施設、及びコンデンサーに置き換えます。さらに言えば、機関部も大幅に変更します。」
俺は耳を疑った。
「機関部の換装だと。蒸気式ギアードタービン機関用の船体に煙突を備えているはずだが。他の物に換装となると、排熱問題が。」
「それも対策してあります。”くらま”が分類されるしらね型護衛艦は、煙突とマストが一体化したマック構造が採用されていることは私も知っています。」
ですが、と前置きした藤本は言葉をつづけた。
「その船体形状は後の護衛艦にも引き継がれている。
つまり、煙突の形状さえ見直せば、機関換装も可能なのです。」
「判った。しばらく全乗員は半舷上陸として君たち工廠班と協力して作業を進めるように伝えておく。」
「判りました。まず、最初の3日で船体の調査を行います。…」
こうして、護衛艦”くらま”改装計画が始まった。
しかし、3日間の調査の結果判明した事実は絶望的なものだった。
「藤本、流石にこれは廃艦処分が妥当だ。」
「しかし、やはり修理ができる可能性があるのであれば、そうするべきでしょう。」
船体の損傷は想定以上に広域化していた。
まず、竜骨の一部にまで腐食が進行している。
このままでは、航行中に竜骨の破断によって沈没する可能性が有った。
しかも、機関部が設置されていた箇所が特にひどかったのであった。
「とりあえず、機関部は船体を含めて作り直しましょう。」
藤本がそう言った。
「船体の内、竜骨が悪くなった部分を取り除いて、新品の船体に置き換える。
まるで接ぎ木みたいですね。」
こう話すのは、機関科班長の野村一等海尉である。
彼らが率いる機関科は船体の補修などを担当する為、今回の改装工事は彼らの助言の下に進められている。
「まあ、おかげで兵装追加設置工事もやりやすくなるだろう。それに、機関部分の大出力化も見込める。」
彼の手元には、空気予熱器付きガスタービンエンジンに関する資料が有った。
発電機は6気筒6サイクルディーゼルレシプロを4基装備することが決定している。
2基はレールガン用、2基は艦内電力用であった。
ガスタービン機関については、ギアを介してスクリューに繋ぐのではなく、ガスタービンを回して発電し、それをモーターに送ってスクリューを回す方式が採用された。
本改装工事の結果、その要目は大幅に変化する。
全長は170m、バルジの装備によって全幅は20mにまで増大。
排水量は8500トンまで増大すると試算されていた。
また機関部の増強も行うため、馬力は7000馬力を上回る可能性が有った。
全長170m、排水量8000トン越えは日本のイージス艦である”まや”型とほぼ同じ数値であった。
「それにしては、いかんせん変更点が多くないか。」
そう言っているのは砲雷長の伊藤一等海尉である。
随分増設された兵装を見て眉間のしわを深くしていた。
「仕方がないだろ。なにせ、相手は雲霞のようにやってくるかもしれない魔物だぞ。ミサイルをそいつらに一体につき一発使用するのは非合理的だ。」
武装も大幅に増強されている。
先に述べた40mm単装機関砲2基2門、57mmレールガン1基1門以外に、前甲板へVLS(米国のMk41システム)、ヘリ格納庫の一部をVLSのスペースに転用した。
この為、搭載可能機数は3機から2機に減少している。
しかし、恩恵も大きい。
短魚雷計6発に加え、VLSにアスロック対潜ミサイルを装填することも可能であるため、総合的に見れば個艦戦闘能力は大幅に上がっている。
対艦ミサイル発射管も追加設置されており、対水上戦においても死角は無くなった。さらに言えば、マストは改もがみ型フリゲート艦の物を採用している。
この為、マスト基礎部分の追加設置、及び船体強化工事も追加された。
「このスペックだと、イージスシステムを無くした”まや”型が妥当な表現でしょうか。」
「おいおい、それ言ったらしまいよ。」
♢
翌月10日 1319
俺は艦長室で書類の整理をしていた。
たとえ入渠中でも、書類仕事は溜まっていくのである。
誰が何時、何をどんな目的で使ったのかが書類に延々と書かれているのだ。
それらを捌き続ける。
下士官たちの半数は陸に上がって休息をとっている。
僅かに書類の量は減っているが、それでも相当あった。
船体の修繕や、上部構造物の改装、兵装増設工事は一日の遅れなく進んでいる。昨日からVLS設置工事が始まっていた。
この為、船体に穴をあける工事が行われている。
鉄を切る甲高い音が、時折艦内に流れてくるのだ。
明日には、船体の取り換え工事が始まる為、艦内への出入りは原則禁止される。しばらくは、陸の宿舎を間借りして執務を行う事に成るだろう。
兎に角、今は目の間の書類を片付けなければならない。
鋪野司令官への本日分の報告書を書き終えた時、すでに時刻は1709となっていた。
現在、艦内設備の殆どは使用不可能となっている。
理由は機関を動かす事ができないためだ、この為、電力は陸から送電している。
しかし、送電の時間は0900から1800までとなっている為、早く寝る必要が有った。艦内の食堂に向かうと、そこには居残りの乗員らはほとんどいなかった。
「艦長、食事はこれくらいしかありませんが。」
「いや、頂こう。仕事を増やしてすまないな。」
「いえ、大丈夫です。」
主計課の乗員と少し話して食事を受け取る。
今日も保存食を温めた物らしいが、この状況下で贅沢も言っていられない。
素早く食事を掻き込み、直に寝室に向かった。
艦内の電力が落ちる前にベッドに横になると、疲労が蓄積していた為かすぐに眠りにつく事ができた。
♢
翌日0600
艦内放送から流れる起床ラッパによって俺の意識はたたき起こされた。
直に服を着替えてから食堂に向かう。
「おはよう。」
「おはようございます。艦長はご存じかも知れませんが、本日1200より総員退艦し、船体補修作業に入るとのことです。」
「知っているよ。ありがとう。」
副長と会話して、主計科兵から食事を受け取って席に着く。
食事を済ませて、艦長室で書類を片付けられる範囲で済ませる。
1200。総員退艦。
ここからは甲板科や機関科の乗員の出番である。
俺は陸の宿舎の一室を間借りして、”くらま仮艦長室”の札をかけてその中で仕事をつづけた。
1500頃、野村一等海尉が執務室を訪ねてきた。
「失礼します。機関科の野村一等海尉入ります。」
「判った。報告は作業の進捗か。」
そう言うと、野村一尉は肯定して言葉をつづけた。
「船体の切断作業進捗率は現在50%。明後日の1600には船体中央部の取り外しが可能になるとのことです。」
「随分早いな。」
「工廠作業員の内、人間は僅か20名足らず。他は全部ロボットですよ。
だから随分早くに終わりそうなんです。」
「そうか。報告有難う。俺ももう少ししたら仕事が終わる。
1640頃に工事の進捗を確認しに行ってくる。」
「了解です。」
1600。
俺は作業服に着替えてドッグに向かった。
宿舎からかなり歩くものの、丁度いい運動だと思って歩みを進める。
目的地が近付いてくると、鉄を切り裂く音が風に乗って聞こえてきた。
そして、その出入り口には一人の人間が立っていた。
「田中艦長!」
「藤本所長。なぜここにあなたが。」
「野生の勘ですよ。どうぞ、中に。」
そう言って彼の案内の下ドッグ内に入った。
「現在、船体は完全に切断状態にあります。機関室の配置などで少々長引くことが予測されます。」
「具体的には何日前後で行う予定ですか。」
「ざっと36時間あれば作業は完了。クレーンを使って釣り上げます。」
「ありがとう。」
ドッグ内の光景は驚くべきものだった。
大型の4足歩行ロボットの背中についた工具が船体を切り裂いている。
2体がかりで兵装を撤去しているモノもいれば、艦橋やマックに取り付いて解体を進めているモノも見えた。
「実際に作業しているのはあのロボットなのか。」
「はい。我々が生み出した最高傑作品ですよ。」
♢
地球換算2033年6月20日0900 くらま仮艦長室
書類の整備の為、陸の仮艦長室にて執務を行う。
0800に朝食をとり、その後0830に藤本工場長から工事の進捗を聞いた。
現在は一番煙突と2番煙突の間を取り除く作業中である。
ガントリークレーンを用いて釣り上げ、別で用意したものを接合。
この時に艦首側と艦尾側を引き離す必要があるが、之には少なくとも2か月がかかると想定されている。
重量2千トン以上ある鉄塊を移動させるためには、やはりそのくらいの時間が必要なのだ。
船体の移動作業と同時並行的に進められるのが、新造船体の建造である。
これにかかる時間は約1か月。ただし、機関部や甲板は接合完了後に行われる予定だ。
内燃機関は特別重量がある為、機関部を装備していない比較的軽い状態で船体に結合する。
その後機関部を釣り下ろして設置し、甲板を設置して工事が完了する。
しかし、艦尾区画の再改装計画もある。これは無人水上艇や無人潜水艇の運用最適化改装だった。
これ自体は比較的早期に完了すると藤本から説明を受けている。
改装の内、特に食堂は大型化されることがすでに決定している。
これはスペースの都合上から要求されたものだった。
従来であれば尉官以上の食堂と、曹官以下の食堂に分かれていた。
これを一つにまとめることによって、スペースの圧縮を見込めるのだ。
ちなみにだが、元尉官用食堂スペースは無人装備管制室に置き換えられる予定である。
♢
同年8月15日 1200 泊地第2区画 宿舎前
くらまが入渠してからおよそ2か月が過ぎた。
今日は泊地における諸作業は休止しており、全ての艦がコンクリートの埠頭にその身を預けていた。
「田中二佐、随分珍しいな。」
後ろから声をかけたのは、山口多聞少将である。
「山口少将。おはようございます。」
俺はそう言って敬礼をしたが、山口少将は少し渋い顔をした。
「止してくれ、田中二佐とは異なる組織に属しているのだから。」
俺はすかさず返した。
「それでも、上官ですから。」
山口少将は、そうか、とだけ言って第二区画に設営された仮設テントに向かって歩いた。
今日は日本が無条件降伏を受け入れた日である。この為、慰霊祭を執り行う事が決定していた。
俺も参加することが決定している。まっ白な夏用制服を着こみ、革の短靴は輝きを放っている。
前を歩く山口少将も第二種軍装をその身に纏っている。
テントにつくと、すでに鋪野司令官やはるかぜ艦長である篠原大志らが準備を終えていた。
献花と鋪野司令官による演説、黙とうが粛々と進められる。
♢
慰霊祭終了後の後片づけは俺含めた全員で行った。
簡易テントを近くのプレハブ小屋に仕舞い、花束を”しらね”や”はるかぜ”に積み込む。
明日は海上でも慰霊祭を行う予定である。
「田中二佐、今日は何の日だ。」
片付け作業を終え、食堂で食事をとっていた時、山口少将にそう問いかけられた。
俺はカレーを飲み込んで、まっすぐに目を合わせた後言った。
「終戦の日です。今日は、日本が連合国からの無条件降伏を受け入れた日です。」
そう言うと山口少将は、そうか、とだけ言って手を付けていたカレーを再び咀嚼し始めた。
♢
これから約10か月間、”くらま”は改装のためドッグにこもりきりになっていた。
その間にも俺は書類仕事を進める事に成っている。
時折、鋪野指揮官から艦隊指揮補佐の為”しらね”に乗艦することもあった。
”しらね”にはその船自身が作り出したと思われる人造人間が一人乗り込んでいた。
当然、共に行動することも多々あったが、その過程で親睦を深める事は出来たと思う。
♢
地球換算2034年5月23日 0900 泊地第1区画
「藤本、後3週間か。」
「はい、あと3週間で改装完了です。」
ドッグ近くのプレハブで、俺は藤本と話をしていた。
窓から見える”くらま”はその装いを新たにしていた。
艦橋部分はたかなみ型護衛艦のそれにもがみ型のレーダーを装備しており、それ以外はもがみ型のそれに近い。また、マック間に存在していたCIWSは艦橋前方と格納庫上部に移設されている。
2番砲塔の台座は延長され艦橋に接続されており、そこに半埋め込み式としてVLSを追加設置した。
また、更に格納庫も改装を施した。左舷側の格納庫の内、艦首側にVLSを追加設置。
これによって機数は2機に減少したが、その分作戦における柔軟性が向上した。
また艦首側煙突と艦尾側煙突の間が大きくあいたためスポンソンを追加設置し、40mm単装機銃が装備されている。これによるトップヘビー化の為、バルジを付けて安定性を回復させる事に成った。
しかしまだ細かな修正は残っているらしく、いたるところで火花が散っている。
「艦橋内部の艤装をご覧になりますか。」
「ああ、案内してくれ。」
ドッグ内の”くらま”に向かう道中、要目の再確認を進める。
要目
全長175m
全幅18.7m
深さ11m
吃水5.8m
排水量(基準)7,500t
排水量(満載)9,700t
武装
65口径127mm単装砲1基1門
60口径57mm単装超電磁加速砲1基1門
70口径40mm単装機関砲2基2門
CIWS2基2門
12.7機銃遠隔銃座4基4門
VLS32セル
3連装短魚雷発射管×2基
レーダー、センサー
OPY-2、1セット
水上レーダー2基
対空レーダー2基
その他光学センサー類
ソナー
OQQ11、及び25。
電子戦
NOLQ-3システム
射出型ECMシステム
艦載機
SH60×2ないし回転翼無人機2機ないし無人固定翼機4機。
艦載艇
内火艇2艇
無人水上艇2艇ないし無人潜水艇2艇
機関
20,000馬力電動機×2
可変ピッチスクリュープロペラ×2
発電機
ガスタービン発電機2基
6サイクル6気筒ディーゼル発電機4基
乗員数
380名
艦内装備品
31式自動小銃200丁
6.5mm×50mm小銃弾6000発
その他拳銃及びその弾薬
食器
トイレットペーパー
その他雑貨
「随分多いな。」
「そりゃ、人が大勢乗るわけですから。」
藤本と話しながら艦橋に入ると、随分小ざっぱりとしている。
「艦内の艤装はもがみ型の物を流用しました。おかげで随分スペースを減らせましたよ。」
「そうか。艦橋はおおなみ型だが、その中身はもがみ型と同じという認識でいいか。」
「まったくその通りで問題ない。まあ、少し艦橋に用いる鋼材の厚みは増しているが。」
左舷側ウィングから艦橋に入る。艦橋内は照明によって明るい。
一通り見まわった後、俺は艤装の問題がない事を確かめた。
3日に一度艤装作業の進捗状況を視察していたが、進み具合としてはかなり早かったような気がする。
とりあえず、艦橋内艤装は問題ない事を伝えた。
次に艦内各所の艤装状況を巡検する。
そこでも特に問題はなく、全て見回り終わったのは1230頃のことだった。
「とりあえず、3週間後に。」
「はい。」
このドッグから出発するのは、相当後になりそうだった。まず船体の継ぎ目の最終確認などで相当時間が食われる事に成る。それに、この機関に船体が耐えられるのかが問題だった。
試験航海はさらに後の、4週間後になりそうだった。