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補給訓練

地球換算2033年6月1日 1500 泊地第3区画

 UH60のローター音が、谷間に響いている。ここは泊地第3区画。

その中でも、A3ヘリポートと呼ばれる場所だ。

ローターが完全に制止すると、機体から疲労の色が濃い陸軍兵士たちが次々と吐き出されていく。

「白波瀬大尉、以下16名、帰投いたしました。」

鋪野指揮官に敬礼する白波瀬、その顔には疲労の色が濃い。

だが、その目の奥にある光は、明らかにギラついていた。

「任務ご苦労だった。他の16名はどうした。」

「現地に残り、追加調査の実施と、大陸内部における国家勢力の調査中です。

残っているのは、飯島中尉以下16名です。」

 俺はその会話を後ろから聞いていた。陸軍の2個分隊は、その任務を果たさんと奮闘しているようだった。

 しかし、指揮官の一言で白波瀬大尉の顔が引きつった。

「白波瀬大尉、それらも調査の成果というつもりかい。」

その声に肩をびくりと震わせたのは、完全武装の兵士らの後ろにいた、場違いな女性たち?だった。背丈はさほど高くなく、おおよそ150センチメートル前後で、低いものは140センチメートルに届いていない。

人数にして19名。

服装は総じてぶかぶかの濃紺の作業服を着ている。

 更に特徴的だったのが、頭頂部の耳だ。

真鍮色の毛におおわれている、狐のような耳が生えているのである。

先が折れている者や、僅かにたれ気味な者もいる。

 その人物たちは何者なのか。

「白波瀬大尉、説明してほしい。」

鋪野指揮官がそう問いかけると、白波瀬大尉はよどみなく答えた。

「鋪野指揮官。我々は二日前、山賊が占拠していると思われる砦を発見しました。その砦とこことの距離は僅か5キロメートル程度でありました。」

息をのんだ。つまり、我々の存在はばれていたことはまず間違いない。

「これを放置することは危険であると判断し、32名を率いて強襲。

敵兵160名全員を射殺。

その際に、保護した人物は49名。同行させたのが、この19名です。

他30名については、現地にて待機させています。」

指揮官は、副官に何か指示を出す。

「白波瀬大尉、明日0900よりヘリコに乗って他30名もここに輸送してほしい。機材はこちらで用意する。本日は解散する。

それから、保護した人員は第2区画の2号宿舎に案内してほしい。」

 今後の出港は1週間後とされている。

艦艇への真水と燃料、弾薬や機材の予備資材なども積載が始まっている。

 しかし、我々の船団には補給艦が存在しないため、長期間の航海は不可能なはずだった。

同月4日 0900 泊地講堂

 出港まで残り4日。唐突に艦長クラスが召集された。

「諸君、よく集まってくれた。これより、本船団に新たに所属する艦とその艦長を紹介する。加来艦長、前へ!」

その声で入って来た男性は、精悍な顔立ちで、紺色の詰め袖を纏っていた。

猛禽を想起させる鋭い眼光。険しい山々の様な顔立ちと雰囲気からは、死線をくぐってきた歴戦の猛者を思わせていた。

「本日より船団に所属する加来止男だ。飛龍艦長を拝命している。艦種は特殊輸送艦だ。よろしく頼む。」

「自己紹介にも有った通り、加来止男は飛龍艦長だ。

飛龍は補給艦としての能力も付与している。そのための改装作業で、6か月前からドックに入っていた。

次に霧島艦長である岩淵三治中佐、前へ!」

「紹介にも有った通り、私は岩淵三治だ。戦艦霧島の艦長を務めている。」

「霧島は損傷が激しかったため、長期にわたってドック入りしていた。本航海はその試験航海も兼ねている。今回の訓練航海では、海上における補給手順の確認を行う。以上だ。解散。」

同月8日 0900

 出港ラッパの音が泊地に響く。

今回の洋上補給訓練は、3グループに分かれて実施される。

第1グループには、”飛龍”、”しらね”、”はるかぜ”。

第2グループは本艦(くらま)、”わかば”。

第3グループは”蕨”、”霧島”の編成である。

第1グループは出港後、2日掛けて沖合に移動後、補給訓練を行う。

第2グループは1日遅れで出港。

沖合で待機している飛龍と合流、補給を開始する。

飛龍と合流後、しらね、はるかぜは先に泊地に帰投。

”しらね”らが帰投したのち、第3グループは出港し飛龍と合流する。

第3グループが飛龍と合流後、本艦及び”わかば”はそのまま随伴し、哨戒の為大陸周辺を航行。泊地に帰投する。

 泊地に帰投できるのは、おおよそ3週間程度後である。

”飛龍””しらね””はるかぜ”が泊地から沖合に出ていくのを見る。

甲板には乗組員らが帽振れを行っている。

48時間後、直に本艦は抜錨し、3船速で”わかば”と単縦陣を組んで”飛龍”の下に向かった。

 2つの鉄が白波を蹴立てゆく。先頭を往くは”くらま”。後ろをついてくるのは”わかば”だ。

 俺は”くらま”艦橋より指示を出す。

「わかばに連絡。進路を方位240にとると伝えろ、面舵10。」

「了解。面舵10。」

後方には追随する”わかば”の姿が有った。

数分間航行していると、対水上レーダーに反応を確認する。

数は3、IFFとC4Iデータリンクにより、”飛龍””しらね””はるかぜ”であることが確認できた。

「”しらね”より入電、”飛龍”護衛を”くらま””わかば”に引き継ぐ。」

「了解。こちらくらま、これより飛龍護衛に入る。

補給訓練としては、”わかば”が先に補給だったな。

艦橋より機関室、本艦はこれより増速し、先遣艦として警戒に当たる。

飛龍にそう伝えろ。」

「はい。」

「機関増速!両舷4戦速まで上げろ!」

ボイラーの火が轟轟と焚かれ、生み出された蒸気はタービンを回転させる。

 スクリューはより早く回転を始め、船速もそれに伴って早くなった。

艦首が波を突き破り、煙突より上る空気はより揺らいでいる。

およそ30分かけて飛龍に追いつき、そのまま速力を緩めず追い越した。

 前進することおよそ20分。

「速度を飛龍に合わせろ。飛龍に打電、”くらま”先遣艦の任につく。」

「打電、了解しました。」

1時間ほど航行していると、後方の飛龍より入電。

「艦長、飛龍より入電。これより補給訓練を行うため、飛龍と並走せよとのことです。」

「了解した。”わかば”が本艦と並走するまで位置を維持する。」

”わかば”が並走したのは、丁度1時間後のことである。

「よし、”わかば”と並走中だな。機関速力半速迄落とせ。」

「機関、半速まで落とします。」

 速力を落とす”くらま”。

2時間後には飛龍の姿が艦尾に見え始めていた。

「甲板要員は補給作業の準備に取り掛かれ。

通信、飛龍へ打電。飛龍、貴艦の速力はいかほどか。」

「判りました。…。飛龍より返信、本艦は18ノットで航行中である。」

俺は指示を飛ばす。

「よし、速力を落とせ。17ノットを維持し、並走したら18に上げろ。」

完全に飛龍と並走したのは、それから19分後のことである。

左舷側に大柄な船体が見えている。2つの開口部化からは、格納庫の中の様子が見えた。

「燃料補給に備えろ。」

「飛龍からワイヤー射出を確認。」

飛龍から飛んできたワイヤーを”くらま”に固定し燃料ホースがそれを伝ってこちらに来た。

燃料補給口に、燃料ホースが接続されると、燃料の補給が開始される。

給油終了後は食品などの搬入が開始された。

 それも完了すると、補給訓練は終わりである。

すぐさま面舵をとって飛龍と離れる。

「補給訓練終了、これよりは対空、対潜警戒を厳となせ。」

本艦は飛龍の右後方、距離10kmを18ノットで航行する。

 暫くは変化はなかったが、50時間後、第3グループの”蕨””霧島”がその姿を見せた。

くらまは今後”飛龍””霧島””蕨”の三艦と共に大陸を時計回りに周回し、泊地に帰投する。

 現在は西に向かって航行中だ。あと数時間もすれば、大陸の西端が見えてくる。北に進路を変更した後、そのまま沿岸沿いを進むことになるだろう。

 日が西に沈み始めたころ、次々と航海灯が付き始めた。

それは”くらま”も例外ではない。

「では、艦長は現在時刻をもって休憩に入ってください。6時間後に起こします。」

「判った、本艦の指揮は任せた。」

俺はそう言って艦長室に向かった。

 狭く硬いベッドで眠る事3時間30分。船体が大きく揺れる感覚で目を覚ました。船体のきしむ音が不自然に大きい。

俺はすぐに作業服に袖を通し、壁に掛けてある鉄帽と浮きを付け艦橋に上がった。

「副長、状況は。」

「艦長、まだ休んでおいてください!嵐が接近しているだけです。安全な航路をとっているから大丈夫なはずです。」

「艦長、副長。現在本艦は大陸沿岸部に接近して航行しています。

レーダーやソナーを用いて地面、海底地形を探知している為、座礁の危険性は少ないです。」

航海長のその発言は、俺たちを安心せしめるに至るものだった。

「副長、少し早いが交代しよう。」

「判りました。指揮権を艦長に戻します。」

「こちら艦長、現在時刻付で本艦の指揮を執る。」

 俺は黒々とした海を見た。艦内時計では1953。

夜はまだまだ始まったばかりである。

 横たわる陸地を右に見ながら、波を切り裂いて進む。

見張り台に立つ乗員も、海図室に詰める乗員も、皆沈黙していた。

もう少しで交代の時間である。艦橋内の雰囲気が。僅かに緩んでいる。

 そんな中、右舷見張り員の報告が入った。

「艦長、陸地に炎上中の物体を発見しました。本艦より方位110。」

「了解、双眼鏡で確認する。」

光源である為、減光レンズ越しに確認する。炎上している物体は、木造家屋らしいものだった。

「こちら見張り員、木造家屋が炎上中と思われます。」

 俺は旗艦である”飛龍”に無線電話を繋いだ。

「こちら”くらま”艦長、田中修です。山口司令官はいらっしゃいますか。」

「こちら司令官山口。田中艦長、陸地の日の件だな。君のくらまから艦載機の発進を許可する。」

俺はすぐに臨時の陸戦隊を編成させ、ヘリコプターを発進させた。

 数分ほど炎上家屋の上空に留まったのち、直に踵を返してヘリコプターが接近した。

 ヘリコの搭乗員に後から話を聞いたところ、木造家屋の周辺には死体がいくつかあり、何者かによる襲撃の後だったらしい。

 生存者は存在しなかったようだ。

 とはいっても、違和感はある。

なぜ人里離れたこのような場所に家屋が存在していたのか。

疑問は存在するが、陸軍の歩兵部隊による情報収集を待つしかないだろう。

 炎上地点の偵察を終えて5時間後、空がわずかに白みだした。

俺は、あくびを噛み殺しながら艦長席に座っている。

1時間前から副長と交代して艦の指揮を執っている。

副長からこの体制はやめた方がいいと言われ続けているが、それでも休養は必要だと思っている為、この体制を維持している。

 0344頃に発見した炎上家屋に関しては、後日陸軍の部隊を送り込むことに決定した。

 その流れはこうだ。ヘリと歩兵部隊を本艦に搭載し、目標地点まで接近。

調査が終わった歩兵部隊をヘリで回収後、海域より離脱。その後、泊地に帰投する。この世界には飛翔能力を有する魔物も存在するため、軽武装の汎用ヘリコプターが戦闘機の支援なしに飛行することは非常に危険だった。

 この為、必要最小限度の飛行とすることが求められた。

…欲を言ってしまえば、イージス艦が欲しい。そうすれば、艦隊の防空能力を大幅に向上できる。

「艦長、機関室より電話です。」

思考を打ち切って、艦内電話の対応をする。

「判った。こちら艦長。機関室、問題発生か。」

[艦長、一番ボイラーの火力が安定しません。]

 すぐに飛龍と電話を繋ぐ。

「こちらくらま。ボイラー出力が安定しません。機関室が対応中ですが、少し速度を落としてください。」

「こちら艦橋了解。通信員、飛龍に連絡を頼む。速力14ノットに落とす。」

[こちら機関室。第一ボイラーの緊急点検を具申します。]

「こちら艦橋了解。」

 ボイラー2基の内1基が沈黙した。

機関出力は既定以下となり、速力は見る見るうちに落ちていく。

巡航26ノットを発揮するはずだった心臓部は、巡航10ノットも怪しいものになった。それは則ち、魔物に襲われる危険性が上がるという事でもあった。

「こちら艦橋、CICへ。対空、対潜警戒を厳にせよ。右舷見張り員、左舷見張り員も同じく警戒を厳に!」

[こちらCIC了解。アクティブソナーを用いての索敵を行います。]

「艦長、飛龍乗艦の山口司令官より電話です。」

通信員が耳打ちしてきた。俺はそれにこたえて、電話を取った。

「こちらくらま艦長、田中です。本艦は機関に問題を抱えております。」

[こちら山口、了解した。そちらの巡航速力は。]

「機関長からの報告によると、巡航6ノット、最大10ノット程度です。」

[了解した。こちらも巡航6ノットで貴艦に合わせる。]

泊地への帰還時刻は相当遅れそうだなと俺は思った。

 泊地出発から約12時間が経過した。

第一ボイラーの不調については、泊地における大規模整備が必要となる問題がその原因だった。

缶内部における燃料噴射装置、及び復水器などの腐食。

これに起因する、ボルトの腐食やボルト穴の破損。

 この為、最悪は廃艦処分となる見通しであった。

 現在は、飛龍によって曳航されている。

大改装によって機関出力が向上した飛龍により、”くらま”は6ノットの速力で曳航されている。

泊地への帰投予定時刻はおおよそ30時間伸びる事に成った。

「艦長、ボイラー、及びタービンの緊急点検の報告書です。」

「わざわざ済まない。」

俺はそう言って、副長が差し出した機関科の報告書を見た。

 内容は想像を絶するものだった。

「第一、第二ボイラー共に腐食が激しく、機関再始動は不可能。

そして、タービンにおいても劣化が異常であり、運転は不可能。」

報告書を読み進めているうちに、俺は顔が引きつっていくのを感じた。

「スクリュー軸においても、一部防錆塗装がはがれており、そこから内部に向けて腐食が進展。最悪は破断し、艦尾に重大な損傷を与える可能性がある。

機関科の代表者をここに。帰投したらすぐにドッグ入りだ。」

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