流れる日々
泊地到着後3日目。
この泊地には3つの乾ドックがあり、内二つは大型艦船の修繕のため使用中とのことだった。
そして現在、第三乾ドック近くのコンテナ小屋で、1,2、3分隊の報告を聞いていた。
「艦長、現在の修理状況の進捗です。」
現在、我々は停泊先の泊地にてマック等の修繕を行っている。
原因はさきの海洋生物の襲撃だった。
特に右舷側の損傷が激しく、艦橋右舷側の見張り台は圧壊。
艦首右舷の喫水線近くの一部区画は、外板にもへこみなどが生じており、つなぎ目は完全に外れている。また船体のビーム材などにも損傷がみられている。
この為、乾ドックにて修復を行っているのだが。
「現在の進捗状況ですと、やはり6か月以上はかかります。」
「判った。」
俺たちは6か月の間、陸で過ごすことが決定している。
理由は1分隊の報告の通りであった。その間、我々は先にこの世界で活動していた人々の情報を収集することにした。
船団指揮官である鋪野幸作からはある程度の情報を渡されているのだが、それらの情報だけでは不足しているところがある。
この為、内陸部の調査を鋪野指揮官に具申したのだが、即座に却下された。
その理由は目立ちすぎるためである。
艦載機はSH60を3機搭載しているが、全て陸揚げ済みであることに加え、周辺の断崖に掘られた横穴に収められている。
離陸は非常に難しく、周辺は常に強風が吹き荒れている為、離陸できるのは風が弱まるほんの数分間だった。
これでは内陸部の調査は不可能である。
鋪野指揮官や他の艦長らとも相談したのだが、そもそも地図等を入手できていない現状において、陸上における調査を行う事は自殺行為だった。
そうして、およそ1週間が過ぎたころである。
♢
「艦長、現在マック部分の修理は完了しました。あとは船体右舷艦首、艦橋右舷の修理のみです。」
「了解した。本日の1500より、通信関係の試験を行いたい。」
1週間後、各分隊長からそれぞれの修繕状況を聞いた。
マック部分のレーダーや通信アンテナは修繕完了。あとは船体の修復のみとなっていた。
「船体の修復についてですが、あと4か月程度で完了します。」
少し早くなった完了時期に、俺は質問した。
「1週間前は6か月と言っていたはずだが。」
「はい。ここの工員は、どうやら相当優秀なようで、夜を徹して作業を行っているようです。」
俺はその答えを聞き、そうか、とだけ返した。
その日の午後。1500に通信試験を実施。
しかし、想定外の状況が起こったのだった。
艦内の通信室にて、受信と発信の試験を行っていた時の事。
「こちら”くらま”、こちら”くらま”。応答願う。」
「こちら”しらね”、感度良好。通信は問題ありません。我々の声は聞こえていますか。」
「はい。」
艦内の無線室でのやり取り、受信電波を最低波長から最大波長までくまなく調整し、不具合がないかをしらみつぶしに調べる。
そんな中、試験において使用しない周波数からの受信が有った。
「こちら”くらま”、現在周波数120より受信。船団よりその周波数で発信している艦は存在するか?」
「こちら”しらね”、その周波数からの発信は本船団からではない。現在発信源を調査中。」
数分後、本艦入渠ドックより方位034から発信されていることが分かった。
「こちら”しらね”、航空隊を方位034に向かわせる。」
数分後、上空を2機のSH60がフライパスする。
俺たちはそれをただ見送ることしかできなかった。
そして数分後、しらね艦載機が発見したものは墜落した大型ヘリコプターだった。
周辺には丸太でSOSの字が組まれており、テントなどが周辺に存在しているという。これを受け陸揚げしていた”くらま”艦載機も派遣し、生存者の救出に向かわせた。
救出できた生存者は30名。これを受け鋪野司令官は泊地に緊急帰還。
泊地に連行したのち、簡単な質問と情報提供を鋪野司令官が行った。
その結果判明したことは以下のことである。
彼らはある作戦行動中にこの世界に迷い込み、山岳地帯にて燃料切れで墜落した。
しらね艦載機が救助するまでの期間は2日間。その間の犠牲者はなかった。
そして、彼らの指揮官の名前は”白波瀬忠一”といった。
俺はその人物名に聞き覚えが有った。
高校時代の同期生の中でも、ひと際奇を衒った男の名前である。
俺は実際に会ってみることにした。だが会うには今しばしの時間だった。
なんでも健康診断やら病原検査やらで2週間は隔離施設で生活するらしい。
会うまでの2週間、俺は鋪野指揮官や各艦の艦長たちと交流を深めた。
特に驚いたのは、殉職した五十嵐恵艦長と出会ったことだろう。
彼の座乗艦は駆逐艦蕨だった。つまり、彼が最後に艦長を務めた艦である。
他にも、篠原大志艦長(座乗艦”はるかぜ”)や畠山恵一艦長(座乗艦”わかば”)とも交流を行った。
♢
この世界の海洋は未開の領域だと、彼らは口をそろえていった。
全長30メートル程度の巨大生物が跋扈している領域であり、常に沈没との危険と隣り合わせである。
この世界にも人は住んでいるのだが、彼ら曰この海や大地を支配しているのは魔物という存在らしい。海棲の魔物は河川を遡上することもある為、水辺には基本的に住めないとのこと。
我々が活動の拠点としている場所は、周辺約50kmが山岳地帯であり遭難しやすい地形が広がっている。近付くためには洋上を移動する必要があるが、先に述べた通り海洋に出るのは自殺行為だった。
この為、我々が現地住民とコンタクトをとる為には、内陸部の町まで向かわなければならないのだった。
♢
そんな中現れた陸軍兵士約30名である。
2週間の健康調査期間の後、鋪野指揮官は彼らの中で最も階級の高い白波瀬忠一陸軍大尉と交渉を行った。
その結果、彼ら2個分隊は大陸内陸部における現地住民との接触と、それに伴う情報収集を請け負う事が決定された。
その折、俺は白波瀬と顔を合わせることにした。
鋪野指揮官に話を通し、”くらま”試験航海の2日前に会って話をすることにした。
試験航海2日前、港のボラードに腰かける忠一の姿を見つけた。
その背中に声をかける。「久しぶりだな。忠一。同窓会以来か。」
「修、お前だったのか。」忠一は振り返って、俺の顔を見て言った。
俺は忠一に聞いた。
「お前は、なぜここにいるんだ。確か今は黒岩技術研究会社の技術開発課に勤めていただろう。ついこの間届いた手紙では、赤坂主任から一大プロジェクトのチーフを任されたらしいじゃないか。」
その問いに、忠一は目を伏せ、しかし再び俺の目をまっすぐに見て答えた。
「それについては、お前も同じ体験をしたはずだ。」
その答えに、俺は言葉を失った。
それからしばらくは、お互いに知りえている情報の交換を行った。
この世界は仮想現実ではなく正真正銘の現実である事。
そして、この世界に転移するきっかけはゲーム内の特定のコマンドであることも。
忠一が転移した時のことも聞いた。
彼も俺と同じように、現実化コマンドを適応した後の出撃でこの世界に転移したらしい。そして、搭乗していたヘリコプターは燃料切れにより不時着。
救難を待つこと3日、ヘリコ搭乗員らの手によって救助されたというのが事の全容だった。
救出されて2週間たった今、俺はあることを忠一に聞いた。
「なあ、この世界に飛ばされた理由は何だと思う。」
その問いかけに、俺は明確な答えを持っていなかった。
だからこそ、忠一に問いかけたのである。
しかし、忠一は首を数回横に振った。
「それは分からないな。ただ、生き残ることしかできない。その先に答えはあるはずだ。」
二人そろって、南の方を見る。
視線の先では、何かが海面を群れで移動しているのが見えた。
この数日後、白波瀬率いる2個歩兵分隊は大陸における諸調査に入った。