任務
地球換算2035年5月23日 1500 本部泊地
八重島鷹が合流して早4か月が過ぎようとしていた。
現在、大陸において情報収集を行っている陸軍部隊からの報告によると、魔物の大量発生は近いとのことである。
発生源は北の大山脈に存在する大洞窟が有力と報告されていた。
そして、その掃討作戦が現在本部作戦室で協議中であることも分かっている。
「しかし艦長。俺たちはその作戦に参加する事に成るんでしょうか。」
不安そうになっているのは、井東三士である。
ここはくらま艦尾、現在は艦長である俺と井東三士が釣り糸を垂らしていた。
休暇中の日課と化したF捕獲作業、すなわち釣りに勤しんでいるのは俺たちだけではないが、他の人員は前甲板から糸を垂らしているようだった。
艦尾は殆ど俺たち以外は寄り付かないのだが、ここ最近は見張り員なども雑談の為に来るようになったらしい。
なるべくコミュニケーションをとるように心がけているが、まだ溝は深い。
数時間後、艦長室に戻って電子端末を確認する。
これは我々をこの世界に送り込んだ”神”からの知らせを表示するとともに、軍上層部との連絡用端末でもある。
海軍作戦本部から連絡が来ていた為確認すると、内容は大規模作戦についてである。
どうやら、魔物の本拠地を徹底的に叩くためらしい。
俺が座乗するくらまは先遣艦として、本隊の警戒任務にあたるようだ。
作戦第1段階は偵察機及び先遣艦による警戒、及び砲撃地点の安全確保。
第2段階として、航空隊による空爆及び艦艇部隊による艦砲射撃及び巡航ミサイル攻撃を行う。
第3段階は陸上の自走砲部隊による精密砲撃。
第4段階は歩兵部隊及び戦車部隊による掃討作戦だった。
2100
俺は食堂に戦術科を始めとした各部署の長を呼び出して作戦会議を行っていた。
「地球換算2035年5月29日。今から6日後、大規模な魔物の掃討作戦が行われる。本艦は、その先遣艦を任命された。」
その言葉に、各部長らは驚いて目を見開いていた。
「本艦が先遣艦、ですか。」
そう呟いたのは、戦術長だった。
年頃は二十歳ぐらいである為、同年代の人間という事なのだろう。
だが、彼はいつの間にかそこにいた存在であるため、本当に人間なのだろうかと疑ってしまう。
「そうだ。この為、戦術長は航空隊を始めとした各部署と協議を行ってほしい。」
「本官が、でありますか?」
「そうだ。貴官にすべて一任する。」
「はい、本作戦における本艦の戦術立案承知いたしました。
明日1500までに作戦計画書を艦長に提出します。」
「了解した。明日1500に作戦計画書を受理する。」
「各分隊長はそれぞれ準備に取り掛かってくれ。解散。」
それから数日後、各分隊長より報告書が提出された。
補給科からの報告書では補給物資の積み込みは完了。応急舵の装備も完了している。
戦術科からは無人機と無人艇による先行偵察と進路掃討作戦案の提出。
砲雷科からは各部の点検完了の報告。
機関科からは新型発電機及び電動機の最終調整の完了。
補給科は各補給物資の積載完了。
航海科は航路策定完了の報告書が上がっている。
いよいよ、作戦開始である。
♢
地球換算同年5月28日 1500 本部泊地
「出港よーい!」
艦橋からラッパの咆哮が艦内に響き渡る。
空軍の無人偵察機及び陸軍歩兵部隊による偵察の結果、東の大陸において魔物の大量発生が数日以内に発生するとの連絡が有った。
この為、本艦”くらま”は直ちに出港し先遣艦として航路上の魔物を掃討する為出撃する事に成った。
「サイドスラスター異常なし、之より離岸する。」
舫綱が解かれ、灰色に塗りこめられた船体が護岸より離れていく。
「機関両舷黒びそーく。」
「両舷黒微速ヨーソロー。」
「舵角面舵2。」
「舵角面舵2ヨーソロー。」
艦首がゆっくりと護岸とは反対に振られていく。
タグボートの助けを借りず、”くらま”は港外に進出した。
「よし、進路を方位011に変針。これより作戦行動を開始する。」
「了解。作戦行動開始。対水上、対潜、対空警戒を厳となせ。」
「無人艇、無人機発進させます。」
艦尾方向より、油圧式シリンダーの作動音が聞こえてきた。
恐らく、無人艇格納庫扉が開かれているのだろう。
艦載機格納庫シャッターが開かれる音も、艦内に響いている。
船体後部より電気式カタパルトの作動音が聞こえ始めたのは、その数秒後のことだった。
「無人機、発進完了です。」
「ご苦労。」
艦載機格納庫は、比較的手の加わった区画である。
船体の延長に伴い格納庫については、新設された区画は無人固定翼機用格納庫、及びVLS設置の為とされたためである。左舷側は有人ヘリ2機、右舷側は無人機格納区画として機能している。
右舷側には電磁カタパルト付き艦載機格納コンテナが収容されており、これを飛行甲板に展開し、無人機を発進させるという手順だ。
ちなみにだが、そのコンテナには無人機を4機から6機格納可能だった。
また、艦尾に存在する無人艇発進口及び格納庫には大型魚雷を改造した無人潜水艇6艇、水上艇6艇を格納している。
無人潜水艇との通信は音光複合型無線通信を用いて行っている。
水上艇は通常の電波式無線通信システムである。
ここにさらに無人機4機、有人機2機が加わる為、”くらま”は単艦での索敵能力は非常に高いのだ。
「艦長、戦術長です。」
「うむ。」
「索敵の無人機、無人艇、全て発進しました。」
「報告ご苦労。このまま、大陸東海岸を航行する。
戦術長は各所からの報告を待て。」
「はい。了解しました。」
「レーダー、見張り各員へ。対空、対潜警戒を厳となせ。」
「了解しました。対空、対潜警戒を厳となせ。」
数時間後、本艦左舷に見えていた陸地が途切れた。
どうやら、大陸の北端に到達したらしい。
「よし、機関停止。作戦開始まで本艦はこの場で待機する。錨降ろせ。」
遅れて出港する本隊が、本艦後方およそ5海里になった時点で発進。
そのまま本隊に先行して泊地に帰投する。
「旗艦に連絡。航路上に問題なし。」
「了解です。」
俺は鉄兜を被りなおし、腕時計を見た。
時刻は1800。本隊が抜錨するまで、後1時間。
♢
そのころ、本部泊地においてある問題が発生していた。
「おい、ほんとにあれを出すのか。」
「ああ、すでに燃料、弾薬、人員の手配及び乗り組みは完了している。」
「だが、まさかな。」
補給科の兵士たちが見つめる先には、船とは思えないほど巨大な何かが有った。
「秘匿兵器”K”…。まさかこいつを出すとは思わなかったぜ。」
数分後、高らかに汽笛を鳴らし出港する巨大な船。
同じような外観を持つ船は、その数3隻。護衛の艦艇数は6隻。
計9隻の艦隊は、”くらま”の航跡をたどる様に進み始めた。
♢
時刻は1830。
後方より遠雷のごとき音が聞こえてきた。
「艦長。」
「ああ、錨上げ。両舷黒微速。」
どうやら、本隊が後方に位置しているようだ。
しかし、大きな砲声である。戦艦か何かでも引っ張り出してきたのだろうか。
そう疑問に思いながらCICに降りる。
「データリンク上で、本隊の速力を特定することは。」
「艦長。はい、確かに可能です。」
データリンク上の地図に映し出された本隊の速力は僅か5ノットというごく低速であった。
構成艦種は戦艦3隻のフリゲート艦6隻である。
「戦艦か。」
「そうみたいですね。しかし、戦艦なんてうちの海軍にいましたか?」
俺は考えられる可能性をつぶやいた。
「モスボール。その可能性が高いだろう。」
「え。でも人はどうするんですか。」
「そのあたりは分からん。だが、モスボール状態で保管していた艦を現役に復帰させ、そのまま使用している。」
遠雷が如き砲声は、相変わらず同じ音量で響いている。
つまり、本艦はつかず離れずの速度で本隊を先行していることになる。
そして、艦内に響いている音は電子機器の作動音と、一定間隔で鳴る遠雷が如き砲声のみであった。
「すまん。少し通信を借りる。こちらCIC艦長。無人機管制室へ。」
「こちら管制室。戦術長です。」
「無人艦載機を進路上に先行させ、警戒を厳となせ。」
「了解しました。無人機第二陣発進始め!」
格納庫から無人機格納コンテナが展開。
カタパルトを展開し、無人機を次々に射出していく。
艦尾からも無人艇が次々と繰り出されている事だろう。
暫くして、後方より聞こえていた砲声はぴたりとやんだ。
どうやら艦砲射撃は打ち止めらしい。その代わり、空軍機のエンジン音が目立ち始めた。
「海からは艦砲射撃、空から航空爆撃、となると。」
「次は地上の自走砲部隊による面制圧射撃か。随分念入りだな。」
俺はそう言って、艦橋の天井を見る。
今頃、上空は空軍機の大編隊で埋め尽くされているのだろうか。
そうしている間にも、艦隊は南下を続け泊地に帰投するべく足を進める。
♢
翌朝0900。
入港作業が完了後、本隊に所属していた艦の艦長に会う事が出来た。
「君、少しいいかな。」
泊地を移動中、後ろからそう声を掛けられた。
振り返ってみると、其処には背の高いやせ型の男性がいた。
階級章は大佐のモノであった為、俺はすぐに敬礼した。
大佐はすぐに答礼を返した。
「大佐殿、ご用件はいかがですか。」
俺は緊張で上擦った声でそういったが、大佐はにこやかにほほ笑んでいる。
「楽にしてくれ、田中中佐。先の作戦は君たちの力がなければ成功しえないものだった。」
そう言って感謝の意を述べる大佐。差し出された右手を握り返す。
「君の乗っている船、見学しても大丈夫かい。」
「…、大佐。少し待っていただけませんか。他の乗員にも相談してきますので。」
♢
地球換算同年6月1日 0900 本部泊地
今日は朝から胃の痛みがひどく、随分不安である。
なぜなら、先日あった大佐が”くらま”を訪ねてくるからである。
案内は俺が直々に行う事に成った。
最上甲板には下士官たちが正装で待機している。
俺自身は、泊地のコンクリートで固められた地面に立ち、大佐の到着を待っている。
数分ほどすると、黒塗りの車両が一台、こちらに向かってくるのが見えた。
後部ドアが開かれ、降りてきたのは先日あった大佐である。
「今日はよろしく頼むよ。田中中佐。」
「承知しました。大佐殿。」
敬礼を交わして、共にタラップを上がる。
下士官のサイドパイプが響いた。
「ようこそ。くらまへ。」
先ず再上甲板の案内からである。
「本艦”くらま”は改装の結果、全長172m、全幅21m、基準排水量8300トン、満載排水量10400トンとなりました。」
「武装は。」
「艦首に127mm単装砲1基、57mm単装電磁加速砲1基となっています。アスロック装備位置にはVLSを装備しています。前甲板の兵装は以上です。」
二番砲塔付近でそう説明した。
「そうか。ところでだが、57㎜砲は俗にいうレールガン、という物になるのかね。」
「はい。有効射高は16000m、有効射程は約4.5kmですが、砲弾の初速は毎秒約1600mです。」
「ほう。」
大佐の顔は驚きの感情がわずかに表れていた。
「そのほかの兵装についてですが、移動しながらお話しします。」
後部飛行甲板に向かいながら、兵装の説明を続けえる。
「前部煙突と後部煙突の間に追加設置したのが、40mm連装機関砲2基4門です。これはそれぞれ右舷、左舷に指向しています。
飛行性の魔物相手には、ミサイルを温存する目的で使用します。
格納庫上部には、CWISを2基設置。これも40mm機関砲と同様右舷及び左舷に指向して設置しています。
空いているスペースにはVLSを追加で設置しています。
また、高出力レーザーシステムも搭載している為、継戦能力は通常火器を装備する艦艇よりも強化されています。」
船体舷側の通路を歩きながら説明をつづけた。
そして、艦内の機関室区画に入る。
まず見ていくのは発電機室だ。
「ここが発電機室です。ここで得られた電力で艦内の各設備を動かしています。本艦はいわゆる総合電機推進方式に切り替えている為、燃費等も向上しています。」
「そうか。燃料消費量は。」
「概ね、30%ほど燃料消費は抑えられています。」
大佐の視線が発電装置に向けられている。
「発電機の種類は。」
「近年採用例が急増している、新型ロータリーエンジンを採用しています。
1ユニット300馬力、之を20(10ユニット直列×2並列)ユニット1基とすることにより、1基あたり6000馬力を発揮します。これを2基装備している為、12000馬力を発揮します。主機は電動機であり、両軸合わせ75000馬力を発揮。
速力の低下は最低限にとどめています。
余剰電力は、安全性の高いナトリウムイオン電池に貯蔵し、いざと言う時に使います。」
大佐は頷きながら俺の話を聞いている。
その大佐が俺に質問した。
「いざと言う時とは、具体的にどのようなときなのかな。」
「例えばですが、前方から急速に接近する物体が有ったとしましょう。
その場合、大佐はどのように操艦されますか。」
その質問に、大佐は考え込んだ。顎に手を当てて、うつむいている。
暫くそうしていると、控えめがちな声が返ってきた。
「取り舵ないし面舵一杯で回避する。」
「はい。本艦はその際、艦首及び艦尾に増設されたスラスタを用い、更に回頭を早めています。」
そして、艦載機格納庫へ。
ひと際目に付くのは、其処に不釣り合いな小型コンテナだろう。
「中佐、このコンテナは。」
大佐の視線は、そのコンテナに固定されている。
「このコンテナは、無人機運用用コンテナです。
内部に複数の無人機を格納、カタパルトによって射出します。」
コンテナ下部に接続されたベアトラップが作動する。
格納庫シャッターは解放されている為、そのまま後部飛行甲板に引き出された。
「それでは、今から一連の動作試験を行います。」
コンテナ上部から電気式カタパルトがせり出し、其処に無人機が装着される。
実際に射出しないが、その後の流れも含めて口頭で説明した。
「射出した無人機は、回収用ワイヤーを用いて制動し、コンテナ内に人力で回収します。」
コンテナから出てきた2本の棒とその先端に渡されたワイヤーに、大佐の視線は釘付けにされていた。
「回収時の様子は?」
「録画してあります。確認されますか。」
大佐の返事は「確認する」だった。
食堂に向かう前、部下にスクリーンやパソコンの準備をするように指示する。
道中、各部署の下士官らと何度かすれ違った。
その表情は厳しく、かしこまった様子で敬礼していた。
食堂について、無人機運用時の動きを視聴する。
電気式カタパルトの甲高い作動音。
ロータリーエンジン搭載型のUAVによる事前偵察。
アスロックによる対潜攻撃。
無人機の帰投と格納。
一通りの映像を見終わった後、大佐は俺の方を見て言った。
「これを運用するためには、そのコンテナを装備する必要があるのか。」
「はい。このコンテナを装備すれば、小型の艦艇でも運用できます。」
「そうか。」
♢
その数日後、今度は大佐の方から見学の誘いが有った。
今度の訓練航海で一緒になるらしく、それに合わせての事らしい。
事前に学んでおこうと、艦長室にある端末から件の大佐が艦長を務める艦を確認する。
しかし、その艦種を目にしたとき驚いた。
2基4門の主砲に、大きな塔型艦橋。
そして両舷に並べられた両用砲とVLS。
その元となった戦艦は大和。戦艦大和だった。
相当な改良が施されているらしいが、間違いなく大和だった。
「超々ド級航空戦艦、か。随分とんでもない代物だな。」
数日後、俺は訓練航海のさなか、その間に乗り込んで見学する事に成る。